第49話 最終決戦③ー暗闇と拳銃ー

「ナベシマのやつ焦っているな。」とイイダさんは言った。


 私はイイダさんの家に案内されてココアを出してもらった。


「どうしてナベシマ君…あ、ナベシマは焦っているんですか?」


「私の弟がナベシマの指示に従わなかったんだろう。そこで少し計算が狂ったんじゃないかな」


「計算?」


「まぁ優秀な弁護士さんをあの手この手で脅したのに、自分の手元から離れて行ったってことだね。」


「弁護士さんって、まさか黒瀬さん?」


 イイダさんは何も言わず紅茶を一口飲んだ。肯定と捉えて良いだろう。黒瀬さんの顔を思い出してみたが、目の前にいるイイダさんとは全く似ていない。義理の兄弟かな。


「さぁ優秀な弁護士さんが居なくなったらどうなる?」


「柊木の裁判が不利になる…」


「そうだ。そうなるとナベシマが取る手は一つ。冬梅を処分することだ。」


「処分…」


「冬梅を法廷で証言させないように、殺そうとしているんだろうな」


「え…でも。それって。」


「そうだ。冬梅が法廷で証言出来なくても、もうこの裁判の勝ちはこちらで確定しているんだ。腰抜け柊木は自白事件として受け入れたからな」


「じゃあ冬梅は何のためにナベシマの所に…」


「それは私達の…いや藤田のためだな。大好きな女が傷つけられたら殺しに行くだろ」


「あ、その藤田って」


「ただのどこにでもいる元気で頭の悪い女だな」


「何で冬梅はそんな子を?」


「知らないねぇ。まぁそんなもんだろ。人って。」と言ってイイダさんはニヤリと笑った。


「でも別にナベシマも、たかだか柊木を無罪にするために冬梅を殺そうとしますか?」


「するさ。アイツは自分の洗脳の力を証明したくてたまらないからな」


ーーーーーーーーーーーーーーー

 最近読んだ本、村上春樹と白石かおるの作品。


 どちらもラストは、暗闇の中で犯人…いや事の原点となる人物と戦っていた。


 読んでて何でわざわざ暗闇で戦闘シーンを描くんだろうって思った。


 緊迫感がでるから…。

 心理描写が描きやすいから。


 ぼんやりそんなことを考えていたけど違った。


 自分が今その状況にいるからよく分かる。


 暗闇だと五感が研ぎ澄まされるんだ。いつもより身体がよく動くし、耳と鼻もよく効く。


 まぁ私が暗闇にしたのは藤田に自分の姿を見られたくなかったからだけど。


 良い。最高に良い。楽しい。

 ボルテージは最高潮だよ。


 はぁ…はぁ…と私は息を整えた。

 ナベシマからゴソっという音が聞こえた。何かを取り出した。


 次に床からぽとっと音が鳴った。


 その音の元が自分のヨダレだと認識した瞬間


 ドンっと金属によって空間が一直線に切られた。頬が熱い。血だ。


この音は…銃だな。


「ははは冬梅!!良いのかよ!大事な藤田を捨てることになるぞ!!」


「別に捨ててない。あれは私の知っている藤田じゃないし。」


ドンっと再び音が鳴ったのと同時にガシャンとガラスが割れる音がした。今度は花瓶が割れたようだ。


「良いのか!?本当に!?おいお前ら再開だ!殺しても構わない!!」とナベシマが叫んだ。


私は傘の柄でナベシマの顔面を殴った。出来るだけ目の方を狙ったけど当たったか?


まぁとりあえずクリーンヒット…と思った瞬間、傘を掴まれて私は壁に叩きつけられた。


「うっ…」


 この蹴り…分かってたけど、コイツ…武道の心得があるな。


「ホストするには勿体無い身体だね。ナベシマさん」


「はは!どうもありがとう。結局人間のたどり着く先は暴力だからね」


「さっきと言ってること違うじゃん。何でホストやってたのさ」


「そりゃあ洗脳はトレーニングだからね。ホストは日々の練習に適していたよ。」


「そう。」


「無償の愛を与えられずに育った女と性被害に遭ってオモチャのように扱われた女は絶好のカモ。金っていう対価を払って愛を貰えることに安心感を抱くからね」


「よう喋ること」


「そりゃあそうさ。本当はもっと君と話していたかったもん。」


「他に話すことある?」


 時間を稼ごうとしてるな。良かったさっきの打撃は有効だった。


 そして、再びパソコンから悲鳴が聞こえてきた。どうやら再開したようだ。


パソコンから「いやぁああああああ!!!やだ!やだ!もうやだ!!」

バチンバチンと肌が叩かれる音が聞こえてくる。


「お前のせいだ!お前のせいで藤田は死ぬんだ!!」とナベシマは大きな声で叫んだ。


「…」

私は机の下に身を隠した。



カシャンカシャンと音が聞こえる。さっき破壊されて割れた花瓶の破片が砕かれる音。

一歩一歩とこちらに近づいてくる。


「ここで僕を殺しても藤田は助からない!!君が選択を間違えたからだ!!」


「そんなこと言うくせに銃使っているじゃない?」


「あはは!そうだね!僕はまだ死ねないんだ!!この物語の大切なフィナーレが残っている!!僕が成し遂げるんだ!!」


 ドンと音が鳴った。右半身に大きな衝撃が走った。どうやら傘に当たったようだ。綺麗に真っ二つに割れた。もう使えない。傘を捨てた。


 あ、やばい。小指持ってかれたな。


「ちっ」と思わず舌打ちしてしまった。


「おっとぉ。もしかして良いとこ当たったかな」


 私は急いで、地面に這いつくばってベットの下に潜り込んだ。


「時間はたっぷりある。自慢させてくれよ。僕の壮大な心理ゲームを」


 ドカっという音がした。ナベシマはソファに座ったようだ。私の両手を使用不能にしたと思って油断しているのだろう。


 「聞いてあげるからパソコンの音を消して…」


「ふん…確かにこれからする話に、このメスの叫び声はBGMとして相応しくないな」

と言って、ナベシマはパソコンの音量を下げた。


 私はベットのシーツを落ちていたガラスの破片で裂き、失った小指の付け根に巻いた。


 止血だ。効くか微妙だけど痛み止めのロキソニンも3錠飲んだ。効くとしても30分。それまではナベシマの話に付き合おう。


「安心してよ。君も興味のある話だ。僕とイイダさんと黒瀬さんが初めて会った8年前の話をしよう。」

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