第48話 弁護士と刑事と検事と。誰が冬梅を産んだのか。
私の見たいように藤田を見る。
藤田も見たいように私を見る。
お互い好きなようにお互いのことを見ているの。
それなのに過去を詮索して、無理矢理見せたくない私たちを見せてくる。
無粋で邪魔くさい男。
私たちの世界に入ってくるな。
そんな男、殺しちまおうか。藤田。
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「黒瀬君。あまりにも突然よ。柊木と示談するなんて」
「ですが冬梅さんはそれを希望していますし、なにより柊木も快諾しました」
日高検察官、苛立っているな。まぁ公判が始まる直前に示談なんて予定外だろう。何度も机の天板を爪でコツコツ叩いている。
「でも、何故示談をすることにしたの?」
「冬梅さんを法廷に出さないためです。」
「まぁ、そういうことよね」と言って日高検察官はコーヒーを啜った。
「否認事件になると、冬梅さんには法廷で証言してもらわなきゃいけない。そうなると世間が本格的に被害者を特定しようとしてしまう。それに何より冬梅さんの負担が大きい」
「今はビデオリンクだってあるじゃない」
ビデオリンク、法廷とは別室でカメラを繋ぎ、被害者が当時の事件の様子を証言することだ。
「そんなの気休めだって貴方自身が1番分かっているでしょう」
日高検事は口をつぐんだ。そう。俺も痛いほど分かっている。
日高検事はコーヒーを、俺はインドティーを啜って黙り込んだ。あぁ、今日のこの店のBGMはジムノペティか。悪くない。
そして、ようやく沈黙が保たれた空間にぽつんと手が上がった。
「あ、あの…どうして私がそこにお呼ばれしているのでしょうか?」
佐々木刑事だ。
柊木の事件を担当している刑事だ。彼女とは何度か他の事件で会ったことがある。
昔、俺が性犯罪の事件で加害者を弁護して無罪を勝ち取った時、泣きながら俺の胸ぐらを掴んできた。
「知らないわよ。呼んだのは黒瀬君よ」
「非番なのにすみません。佐々木刑事。」
「いえ、全く話をつかめていないので、とりあえず…この会の目的を教えてください。」
「目的…っていってもなぁ」
俺は頭を抱えた。
「今から俺が話すことは、検事でもなく、刑事でもなく、そして弁護士でもなく、の日本の法律の基で生きる1人の日本人として聞いていただきたいです。」
2人とも神妙な顔つきになった。良かった。
俺は今回の柊木による連続レイプ事件の全貌。ナベシマという男が行った、風俗斡旋、脅迫、殺人未遂、全ての悪事を話した。
そして冬梅さんが柊木に対してハニートラップを仕掛けたこと。意図的に柊木に近づき、睡眠薬を飲んだことも話した。
こんなことを刑事や検事に話すのは間違っている。悪手なのは分かっている。それでも信じたいんだ。この2人を。
昼過ぎに入った店はもうラストオーダーを回る時間になっていた。
「はぁ…馬鹿らしい。そうだろうと思った」と日高検事はつぶやいた。
「すみません。」
「貴方はいつから、冬梅さんのこと気づいていたの?」
「示談の話を持ちかけた時ですね。被害者としては出来すぎているなって」
「そうね。だからって、何で貴方があの小娘の肩を持つのか全く分からないんだけど」
「今までの償い。」と俺はポツリと言った。
「償い」と今まで黙っていた佐々木刑事がやっと声を発した。
「俺たち法曹や警察は今まで何人の性犯罪被害者を地獄に落としてきましたか?」
この一言に佐々木刑事も日高検事も苦虫を噛み潰したような表情になった。
「証拠が無い。相手に社会的地位があるから。君にも落ち度がある。同意があった。もっと具体的に被害の様子を話せ。被害に遭った時の服は。今までの性交の回数は。裁判で人前で証言してもらうことになる…。何度も何度もこの言葉を被害者に繰り返し言って被害者達を地獄に落としてきた」
俺は目に涙が浮かんだ。それは佐々木刑事も同じだった。今まで事件で関わった被害者達の顔が自然と浮かんだ。
「そんな俺たちの被害者に対する間違った言動が、世論になって、それが積もりに積もって、冬梅桜という1人の怪物を産んだんですよ」
「だから今回は見逃せと…」
「そうです。これは俺たちへの罰です。はっきり言って、柊木を冬梅さんの事件以外で裁く方法はありません。このままだと柊木は無罪になります。」
「でもそれが法なら…。」と言って日高検事は黙り込んだ。
「すみません。黒瀬さん。この話を黙って聞いて、はいそうですかで終わらせることは出来ません。」と佐々木刑事は言った。
「冬梅桜は今どこにいるのでしょう?」
「おそらく、学生寮かと」
「そうですか。このことは秋口刑事にも連絡します。」と言って佐々木刑事がスマホを取り出した。
しまった。佐々木刑事に話すのは時期尚早だったかと、思った瞬間、佐々木刑事のスマホから着信音が鳴った。
自分が電話をしようと思っていたのに逆に電話がかかってきたことに佐々木刑事は動転した。 相手は秋口刑事のようだった。
「あ、秋口さん。え、えとえと、えっはい。はい?。…え、それって。いや、はい。今すぐ行きます」と言って佐々木刑事は反射的に立ち上がった。秋口刑事が何を言っているのかさっぱり分からないが事態は急を要している様だ。
電話を切った佐々木刑事に「どうしたの?」と日高検事は声をかけた。
「冬梅さんから、USBが署に送られてきたそうで。その、それと、私宛てに手紙も送られてきたみたいで。内容がこれからナベシマ…という男を殺す…そうで。」
「はぁっ!?」と日高検事は声を上げた。
俺はため息をついた。警察に手紙?USB?。
やれやれ彼女は何を考えているんだ。確かにナベシマが敷いたレールから外れろって言ったけど。そう来たかぁ。
冬梅さんのことを考えていると「何、あんたニヤついてるのよ」と日高検事に頭をはったかれた。
「あぁすみません。その冬梅さんの場所に心当たりあるんで、今から行きますか?」
「「え」」
2人が声を合わせて言った。
「見届けましょうよ。俺たち法の落とし穴から産まれた冬梅桜の結末を」
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