第9話 主人公に敗北する


「ただいま」

「おっ、お邪魔しまーす」


 コンビニで買い物を済ましてから十分後。

 東を連れて俺は家に帰宅した。

 靴を脱ぎ玄関を上がったところで、後ろを振り返ると東が立ち尽くしていた。

 

「そんな緊張するなよ。別にウチの両親は泊まりとか寛容なタイプだから。メッセでOKとか言っときながら、実は嫌がってみたいなことはねぇよ」


 帰る途中から薄々分かっていたが、異世界を救った英雄様はどうやら友人の家に泊まるのに大変緊張しているらしい。


「そう。それなら有難いけど。なんていうか友達の家でお泊まりするのって久々でさ」

「まぁ、あんま友達の家に泊まる機会とかねぇしな。ただ、俺達男同士なんだから気楽にやろうぜ」


 俺はそう言って東の背を安心させるように叩いてやると、ようやく東は「そ、そうだね」と靴を脱いで、玄関に上がった。

 リビングに入ってすぐ、俺はレジ袋を台所に置いて、蛇口から水を出す。


「とりま、飯あっためるから。東の分も出してくれ」

「ありがとう」

「おう。ちなみに洗面所はそっちな。で、トイレはその横にある」

「分かった。じゃあ、手を洗うのに洗面所を借りるね」

「うい」


 手を洗いながら軽く内装について説明をし終えたところで、東は幕の内お弁当を俺に渡してリビングから出て行った。

 聖達と買った紙袋はしっかりと抱えて。

 チッ、手を洗いに行った隙に覗いてやろうと思ったのに。無駄に警戒心が高い奴だ。


(マジで何が入ってんだろう?聖達と買ったってことは、エロい系ではなさそうなんだよな。もしかしたら、あっちで女の子趣味に目覚めて、その関連道具とか?あぁ、クソ気になる)


 俺は悶々と頭で紙袋の中身を想像しながら、電子レンジをセットし幕の内弁当をぶち込んだ。

 そのままグルグルと弁当が回っているのを眺めていると、東がリビングに戻ってきた。

 そして、ジーッと無言で辺りを見渡し出した。


「……………」

「ソファ使っていいぞ」

「えっ?ありがとう。僕が何考えてるかよく分かったね」

「別に、お前の反応が分かり易いんだよ」

「そうかな?あんまり言われた事ないけど」


 俺視点では完全に自分の居場所を求める迷子だったのだが、本人にはその自覚がないらしくコテンと首を傾げる東。

 異世界で言われた事ねぇのかよと思ったが、原作を見ていた範囲だとそういう描写は少なかったことを思い出した。

 いや、一応あるにはあったように思うが、それは戦闘中とか、恋愛的な感情の機微に限定した話。

 東の行動から何を考えているか察知している奴は殆ど居なかった。

 まぁ、俺が多少介入したとはいえ東は友達作りが下手なタイプだからな。

 そう考えると、こういう細かいところまで理解出来る奴が少ないのに納得が出来てしまう。

 悲しいな、おい。


「まぁ、伊達に二ヶ月も友人してねぇからな」

「あはははっ、たった二ヶ月でそこまで理解してるのが凄いよ。だから、クラスの皆んなに好かれてるんだろうな」

「えっ、まじ?ちなみに、誰が俺のこと好きって言ってた?」

「皆んなだけど?」

「そういう意味じゃねぇよ!?」


 主人公特有の鈍感さを発動させる東に俺は思わず、頭を抱えた。

 せっかく彼女が出来る可能性が見えたと思ったのによ。

 とんだ期待外れだったぜ。

 でも、よくよく考えると仮に誰か女子が言っていたとしても、異世界に行ってる間に別のやつを好きになってる可能性が高いから分からない方が幸せな気がする。間違いない。

 そんな風に自分を慰めていると、電子レンジがチーンと音を鳴らした。

 

「先に東の分が出来たぞ」

「ありがと」

「先食べてていいぞ」

「それは流石にちょっと心苦しいから待たせてもらうよ。物部君のが出来たら一緒に食べよう」

「別に気にしなくてもいいんだが……」


 真面目な東に呆れつつ、とりあえず俺は彼の弁当を取り出し手渡す。

 が、受け渡しの際にタイミングがズレてしまい、スルッと弁当が東の手の隙間に落ちてしまった。


「「あっ」」


 俺と東は揃って声を上げ、咄嗟に弁当をキャッチしようと身体を動かす。

 結果


「いったぁ!?」

「うわっ!?」

 

 俺と東は衝突。

 異世界で鍛えられた肉体に現代のもやしが勝てるはずもなく、俺は一方的に敗北。

 鋼鉄にぶつかったような衝撃を受けた俺はその場に転がった。

 その際に、俺の手が弁当に当たり、それを落とさないよう東が動いた結果、男に床ドンされるという何とも言えない状況になってしまった。


「テテテッ。悪い。あの、早く退いてくれねぇか?」

「……うっ、うん!ごめん、すぐ退くね!?」


 俺がペシペシと床ドンしている手を叩くと、東は顔を真っ赤にさせその場から物凄い勢いで飛び退く。

 普通男に赤面されても嬉しくないのだが、東が少し女の子っぽい顔をしているのと女の子っぽい匂いがしたせいで少しドキドキしてしまった。

 思わず、新しい扉を開けかけている自分に自己嫌悪しつつ、俺はその場から立ち上がった。


「とりあえず俺の分もすぐあっためるから、そっちのテーブルで待ってろよ」

「は、はい。了解であります!」

「おい、なんかおかしくなってんぞ?」


 ギコギコとまた緊張モードに戻った東に俺は首を傾げつつ、自分の弁当を電子レンジにぶち込むのだった。


 それから、俺の分が温まったところでテーブルを挟んで遅い遅い夕飯が始まった。

 この頃には、東も立ち直ったようで普通にゲームや漫画、YouTub○のバズっている動画について会話を弾ませた。

 何だかんだコイツと趣味が合うんだよな。

 そんなわけで、飯を食った後も一緒に格闘ゲームをしたり、昔買ったカードゲームで遊んでいたら日付を跨ぐ時間に。


「アンタら寝る前にちゃんとお風呂入りなさいよ」

「ういーす」

「はい、分かりました」


 少し前に帰ってきた母親に有難いお小言を頂戴した俺達は、ノソノソとカードを片付けを開始。

 その合間に「どっちが先入る?」、「じゃん負け」、「それならカードで決めない?」、「あり」と風呂の順番について話しをしていたはずが再びカードで遊び出したのは、あるあるだろう。

 数分後、主人公特有の引きの強さに負けた俺は東の後に、風呂に入ることになった。


「絶対に覗かないでよ。絶対だからね」


 ベッドの上に寝っ転がっていると先に風呂場へ向かう東が、ドアの隙間から顔を覗かせて彼女みたいなことを言ってきた。


「そんな念押ししてこなくても別に野郎の裸になんか興味ねぇよ。お前がおっぱいバインバインな美少女ならやるかもしれんが」

「……とりあえず駄目だからね」


 マジで興味がない俺はシッシッと手で追い払うと、東はどこか不安そうな顔をして部屋を出て行った。


「ふっ、馬鹿め。本命はこっちだ」


 完全に足音が聞こえなくなったところで、俺は東がモールで買った紙袋の元へ駆け寄った。

 実は風呂の話になったところで、密かにずっと狙っていたのである。

 一体どんなものが入っているのかと期待を膨らませつつ、ご開帳。

 すると、そこには『見ると思ってたよ。馬鹿伊吹』というメモ用紙が入っていた。


「ちくしょぉぉーー!」


 完全敗北を喫した俺は紙袋を思わず投げ捨て、ベッドへダイブ。

 あまりの苛立ちから不貞寝を決め込むのだった。




「お風呂上がったよ。あれ?」

「……くかぁ〜〜」


 色々悪戦苦闘しながらお風呂場を出た僕は、伊吹君のいる部屋に戻ると彼は小さく寝息を立てていた。

 どうやら僕を待っている間に限界を迎えて眠ってしまったらしい。

 いや、紙袋が部屋の端で潰れてるところを見るに、不貞寝かもしれない。


「……移動させておいて良かった」


 僕は抱えている学生鞄を見下ろしながら、安堵の息を吐く。

 本当に彼にだけはあの荷物の中身を知られるのは不味かった。

 色々と勘違いを生みそうだし、それを正そうとすると色んなことを打ち明けなければいけなくなる。

 それは絶対駄目だ。

 だって、また

 きっと秘密を知った彼はまた色々と無茶をする。

 物部伊吹という人間が、そういう男なことを僕はよく知っている。

 だって、誰よりも間近でそれを見てきたから。

 

「……


 僕は静かに彼に向けて宣言すると、窓の外へ視線を向ける。


「……


 魔力を込めて、僕は夜の空を睨むと鈍い光を放っていた星が一つ消滅した。


「これでよし。後は、このをバレないように隠さないと。はぁ、。あれ?、これってもしかしてエロほ──」


 その後、僕はぶつくさ文句を言いながらベッドの下に荷物を隠し、代わりに出てきた男の必需品たしなみを見つけてしまい、しばらく寝付けなかったのは言うまでもないだろう。





 おまけ

「『憧れの爆乳聖女様が○女だった』、『巨乳賢者ちゃんは俺のあそこについて興味津々』、『爆乳ギャルの恩返しがヤバすぎる』、『久々に会った親戚の姉ちゃんがエロ過ぎる』、『男の友情は成立する?女体化したら無理に決まってんだろ!』あわわ、伊吹君守備範囲が広過ぎるよ」

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