第8話 夜中に遭遇した主人公を家に招く


「飯がねぇ」


 心姉ちゃんのお陰で家に帰ってきた俺は、空の冷蔵庫を見て絶望した。 

 そういえば、今日は両親共に帰りが遅くなると言っていた気がする。

 何かしら作ってあると期待していた俺の腹がぐぅ〜と悲しげに音を鳴らす。

 誰もいないせいか、妙に反響して空腹感が倍増。

 今から作るのは無理だと判断した俺は、財布を持って家を出た。

 向かう先は、近くのコンビニ。

 もう少し歩けば、ラーメン屋があるのだが、一刻も早く何かを食べたいので今回は見送ることに。

 気持ち早めで歩くこと五分。

 大きな7のマークが目印のコンビニに到着した。

 自動ドアを通り、入店した俺は先ず真っ先に弁当コーナーへ。


(牛カルビもいいが、豚丼も捨てがたい。が、背脂ニンニクマシマシラーメンもいい。二つの具が入っているのも気になるが、一つ三百円代はちょっと高すぎるよな)


 それから色々吟味することしばらく。

 最終的に、肉の魔力に負けて俺は豚丼と唐揚げ棒を夕食に決定した。

 最後の豚丼を手に取り、一度ドリンクコーナーで安めのお茶を追加してからレジへ。


「853円です」

「1000円で。あれ?なんか千円札がねぇ。すいません、ペイペでもいいっすか?」

「はい、大丈夫ですよ。これで、よし。ありがとうございました!」

「ありがとうございました」


 会計を済ませ、元気の良い店員に店を出た。

 それから唐揚げ棒を片手に帰路を歩いていると、公園のベンチに座る意外な人物を発見した。

 名前は東大地。

 クリクリとした大きい瞳の童顔で、中世的な顔をしている黒髪の少年(前世基準だと美少年)。

 彼こそがこの世界の主人公であり、メインヒロインハーレムを築いている生粋のモテ男。

 自己主張が苦手だが、気配り上手で、責任感が強く、仲間のためならば引っ込み思案が嘘のように積極的に動き、身を挺してでも救う最高にカッコいい主人公ヒーローだ。

 正直、小説を読んでいたのは東が悩みながらも確実に一歩ずつ進んでいく努力系主人公だったところが結構占めているので、かなり気に入っている。

 異世界転移する前までは、普通にクラスメイトとして仲良くしており、何度か一緒に遊んだりもしていた。

 しかし、だからこそ分かるのだが、アイツがこの時間にここにいるのはおかしい。

 何故なら、東の家は俺の住んでいる場所から二駅離れた場所にあるから。

 この時間帯に、こんな場所にいるのはどう考えてもあり得ない。異常事態だ。

 まぁ、東ならそんな異常事態も自力で何とかできるような気がするが、ここで通り過ぎたら多分俺は寝るまでずっと気にし続ける。


「まぁ、弁当が無くなるまで付き合ってやりますかね」


 そんなわけで、俺は身体の向きをくるりと右に変え、公園に足を踏み入れた。

 すると、すぐに人の気配を感じ取ったのか顔を上げる東と目が合った。


「よっ、こんなところで何してるんだ?」

「いぶ──物部君!?何でここに!?」


 軽く手を挙げる俺を見て、ベンチから滑り落ちる東。

 いや、驚きすぎだろ。

 こいつ俺の家がこの辺なの知ってるよな?

 あまりにもオーバーなリアクションを取る友人に呆れつつ、俺は手を差し出した。


「そこのコンビニで夕飯を買いに行ってたら、たまたまお前を見つけてな。なんかあったのか?」

「いや、えぇっと、いや、そのちょっとね」


 俺の手を遠慮がちに掴みながら、分かりやすく目を泳がせる東。

 そんな友人に違和感を覚えつつ、とりあえず引っ張り上げた。


(なんか軽い気がするな?)


 その際に、ほんの少し違和感を覚えたが、ベンチに置かれている紙袋を見つけてしまい、そっちの方に興味が移った。


「お前もモール行ってたんだな」

「あぁ、うん。そうだね。のどか──聖さん達と一緒に色々と」

「おいおい、東。いつの間に聖さんと一緒に買い物に行く仲になったんだ?この間までは、『僕なんかが聖さんと一緒に出掛けるとか無理だよ』とか言ってたのによ」

「あっ」


 自分が墓穴を掘ったことを自覚したのか、やってしまったと間抜けな顔を浮かべる東。

 まぁ、他の奴らは異世界で仲良くなったのを知っているが、俺は知らないからな。

 そのことをスッポリ忘れていたのだろう。

 分かりやすくアタフタし出している。

 その姿は、異世界で何度も修羅場を潜り抜けた歴戦の英雄とは思えないほど、情けなかった。


「それは……そう!お母さんに買う誕生日プレゼントを相談されて、何かその流れで一緒になったんだ」

「えぇ〜、嘘くせぇな。どれどれ、とりあえず一体何を買ったのか見てから判断させてもらおうか」


 そんな友人を弄るのが面白くて、俺は紙袋の一つに手を掛けると、「ダメ!?」と甲高い声が響く。

 そして、次の瞬間には目の前から紙袋が消えていて、横を見ると東がそれを両手で守るように抱えていた。


「おいおい、そんな見られて困るものなのかよ?」

「困るよ!特に男の君に見られたら凄い困る!」

「えぇ〜、一体何買ったんだよ、お前。気になるな。絶対に引かないからちょこっとだけ見してくんね?」

「駄目!!」


 主人公君が必死になって隠そうとするものに大変興味がそそられるが、これ以上しつこくすると嫌われそうだったので渋々引き下がることにした。

 東を敵に回すと、俺の周りにいる美少女達に殺されかねんしな。

 ……まぁ、朝の一件で既に損ねてる可能性はあるが、この感じ的に大丈夫だよな?うん。

 とりあえず東から距離を取った俺は、ベンチに座って袋から唐揚げ棒を取り出した。


「うまっ」

「物部君って本当切り替え早いよね」


 パクパクと唐揚げ棒に齧り付く俺を見て、東は呆れ顔を浮かべながら隣に座ってきた。


「そうか?」

「そうだよ。いつも温度差でこっちが風邪引きそうになるくらい」

「それは不味い。風邪はマジで辛いからな。引く前に早めに薬飲んどけよ」

「一週間休んでた君が言うと説得力が凄いね。出来れば、そうしたいんだけど……。はぁ〜」


 そう言って、急に肩を落とす東。

 先程までの明るかった空気から一転。

 どんよりとしたオーラが立ち込めてきて、何となく東が相当な悩みを抱えているのを察した。


「……家帰りたくねぇのか?」

「っ!?よくわかったね、なんで?」

「そりゃあ、こんな時間にお前がこんな公園にいるからだろ?なに?親と喧嘩でもしたのか?」

「別にそういうわけじゃないんだけど……。ちょっと、帰り辛いのは確かだね」

「なら、ウチに来るか?一泊くらいならウチの親も許してくれるだろうし」

「えっ?」


 俺の提案を聞いて目を丸める東。

 正直、何か急に現代バトルに巻き込まれてるんだ的な感じだったら速攻見捨てるつもりだった。

 だが、東の話す空気から単純に家に帰りたくないだけなことが分かったので、友人として力を貸すことにしたのだ。

 まぁ、ここで貸しを作っておいたら、ピンチの時に最強の英雄が助けてくれるかもしれないし、彼女とハグをした罪を許してくれるかもしれないという打算は少しだけあるが。

 人間だもの。これくらいは良いだろう。

 

「いいの?」

「いいぞ。あっ、でも飯はねぇから。コンビニで買ってくれよ。……それくらいの金はあるよな?」

「あっ、うん。大丈夫。じゃあ、そのお願いしても良いかな?」


 おずおずと上目遣いで尋ねてくる東に、『男の癖にあざと可愛いな』と思いながら、俺は「おう」と頷いた。

 すると、彼は安堵したように胸を撫で下ろした。

 俺はそれを見届けたところで立ち上がり、公園の出口へ向かう。

 そして、出たところで東が横にいないことに気が付く。

 視線を公園の方に戻ると、先程の位置で東は胸を触ったまま固まっていた。


「どうした?行くぞ?」

「あっ、う、うん!今行く!」


 俺が声を掛けたところでようやく動き出し、バタバタと荷物を抱えながら追いかけてくる東。

 そのスピードは半端ではなく、『全然異世界帰りなこと隠せてねぇぞ、おい』と俺は心の中でツッコミを入れるのだった。

 

 

 





 あとがき

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