第7話 剣聖教師とドライブ


「んっ……ここは?」


 身体を揺さぶられる感覚によって、意識を取り戻した俺は目の前にあった青い光に思わず目を閉じた。

 それから、少しだけ瞼を上げて目を慣らしていると「あら、目が覚めたのね。おはよう、物部君」と隣から声が上がった。

 横に視線を向けると、凛とした空気を纏うスーツ黒髪ポニテ美女がハンドルを握っていた。


「美剣先生?」


 反射的に名前を呼ぶと、彼女の顔がぷくっとフグのように膨らんだ。


「不正解よ。二人の時はなんて呼ぶんだったかしら?」

「……心姉ちゃん」

「はい、よろしい」


 しかし、俺が別の呼び方をすると、心姉ちゃん頬に溜めていた空気を吐き出し、嬉しそうに顔を破顔させた。


(何で俺はメインヒロインの一人と姉弟プレイをしてるんだ!?)


 それとは対照に、脳が段々と動き出してきた俺は羞恥心から頭を抱えた。

 何故、こんな事になっているかというと時は二年そど前まで遡る。

 高校受験を控えた三年生の頃、両親が塾に行くことを勧めてきた。

 けれど、俺は既に高校受験の対策は済んでおり、必要を感じなかったため断ったのだ。

 しかし、どうしても息子の言葉が信じられなかったのか、母さんは知り合いのつてを使って、家庭教師を我が家に招いた。


『これから家庭教師をする事になった心よ。よろしくね』


 それが、当時大学四回生だった心姉ちゃん。

 教員試験を受ける前だったためか、髪色は金と赤のメッシュとかなり派手で、服装も派手だったので全くメインヒロインだとは気が付かなかった。

 ただ、『とんでもないエロギャルを呼んでくれたもんだぜ』と、両親へ本当に勉強させるつもりがあるのかと疑念を持っただけ。

 それでも別にいらないと判断した俺は追い返そうとしたが、『お金を貰ってるため何もせずに帰るわけにはいかないのよ。とりあえず合格できる実力があれば何もしないから』と押し切られ、一度だけ受ける事に。

 で、ここからが人生最大の汚点なのだが、部屋にとびきりの爆乳美女がいるというシチュに緊張してしまった俺はミスを連発。

 見るも無惨な結果を出してしまい、以降も心先生が家庭教師としてくる事になった。

 で、勉強を教えてもらって数ヶ月。

 一緒にゲームをしたり、夕食を食べるくらい仲良くなってきたある日のこと。


『ああっ、緊張してきた。伊吹大丈夫?受験票ちゃんと持ってる?』

『ちゃんとあるって。心先生は心配性だな』

『仕方ないじゃない。大事な大事な弟分の高校受験なのよ。どうしても緊張しちゃうわよ』

『はぁ。それより、俺はその頭で教員試験を受けようとしてる先生の方が心配だけど』

『うるさいわね。大丈夫よ、私優秀だから。絶対受かるわ。あぁ、本当お姉ちゃん心配だわ』

『誰がお姉ちゃんだよ。血が繋がってるとか、幼馴染とかなら分かるけど。ていうか、そもそもその前に生徒と教師の関係だろ?』

『違うわ。教師と生徒という関係にしては殆ど教えてないからそんな気分じゃないのよ。だから、幼馴染とか親戚の子供みたいな方がしっくり来るの。てわけで、これからは私のことを心姉ちゃんと呼びなさい、伊吹』

『えぇ〜』

『えぇ〜じゃない。これは先生からの命令です』

『……こんな時だけ都合よく教師振るなよ』


 と、よく分からない流れで呼ばされる事になったのだ。

 本当、今思い返しても謎過ぎるな。

 当時は、後数ヶ月の関係だし別に良いかと思って付き合っていたのだが、まさか彼女が俺の担任になって、しかもメインヒロインの一人とかマジで世の中何が起こるか分からん。

 ていうか、世間って狭い。


 昔のことを思い出した俺は遠い目で、景色が流れていくのを眺めていると、ふと何故自分が車に乗っているのかと今更ながらに疑問を持った。


「なぁ、何で俺、美つる──心姉ちゃんの車に乗ってんの?」

「それはたまたま、仕事帰りに伊吹がモールで寝てるところを見つけたのよ。そろそろ閉店時間だったから、仕方なく運んできたってわけ。感謝しなさい」

「……どっかで横になった記憶無いんだけど。とりあえず、ありがとう。助かったよ、心姉ちゃん」

「ふふんっ、そうでしょうそうでしょう。ちなみに私は気の利くお姉ちゃんだから自転車も乗せて上げてるんだから」

「マジか!それは流石に神すぎるわ、心姉ちゃん」

「でしょでしょ!別に惚れてもいいのよ」

「あっ、それはちょっと」

「何でよ!?」


 どうやら俺はモール内で爆睡していたらしい。

 人の多い場所で自分が爆睡したという事実に違和感を覚えたが、実際に先ほどまで寝ていたのは確かで。


(まぁ、病み上がりだし、色々あって疲れていたから仕方ないか)


 俺は内心でそう自分に言い聞かせ、隣でブゥブゥと文句を垂れる心姉ちゃんに「ありがとな」と改めてお礼を言った。

 すると、おちゃらけた空気を切り裂くストレートな感謝の言葉に面食らったのか、彼女は恥ずかしそうにそっぽを向き「どういたしまして」と呟いた。

 

(くっそ、可愛いな、おい。まぁ、でもこの人も東のハーレムメンバーなんだよな、ちくしょう)


 俺はそんな彼女の姿に窓ガラス越しに見惚れつつ、メインヒロインハーレムを築いているクラスメイトを心底羨むのだった。

 


 


 

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