迷宮探索の苦難 その8
レヴィンが攻撃に動いたというのに、鎧戦士は微動だにしなかった。
まるで置物同然で、バイザーの奥に光はなく、ともすれば敵ではないと思わせる程だった。
しかし、いざレヴィンの繰り出した一撃が頭上に命中すると、恐ろしい勢いで動き出し、腕のガントレットで受け止める。
「――そうこなくては!」
上段で止められた一撃から、そのままカタナを流して内側へ引き込む。
金属同士の耳障りな音が響いて、切っ先がガントレットから外れた。
そのまま着地と同時に屈み込み、地面を蹴って下から切っ先の突きを入れる。
頭を狙った一撃は、しかし首を倒す僅かな動きと共に躱された。
点の攻撃だと、即座に見切られたからこその、最小限の回避だった。
しかし、その間にも側面から接近していた、ヨエルとロヴィーサが攻撃を仕掛けた。
ヨエルが力任せの大上段の一撃を、ロヴィーサは鎧の隙間を狙って脇や膝裏を斬り付けようとする。
――これは躱せない。
三人同時の連携攻撃は、どれか一つ躱した時点で大きな隙を作る狙いがある。
どれかを避けても、どれかは受けねばならない。
――だというのに。
それは余りに一瞬の出来事だった。
これら全てが防ぎ切られ、ロヴィーサは腕を取られ投げ飛ばされた。
ヨエルの攻撃についても、やはりガントレットで防ぎ切られ、逆に押し出す動きを耐え切れず、ヨエルは後方に吹き飛ばされる。
その隙をついてレヴィンが更なる一撃を、と狙ったが、その前に蹴りが飛んで来て、レヴィンもまた大きく吹き飛んだ。
三者がほぼ同じ場所へ追いやられ、受け身を取りながら起き上がる。
そこへすかさずアイナの治癒術が飛んできて、少なからず入ったダメージもすぐに消えた。
「正直、嘘だろって言いたいぜ……。躱せない連携だったろ?」
「私も速さに自信はあったのですが、まさか腕を掴まれるとは……」
「あの鎧も、馬鹿みたいに硬い。俺達の攻撃でも、傷なんかろくに付いていない」
「精々、小さな掠り傷だけか……」
ヨエルが悔しげに顔を歪め、武器を構え直す。
「単に硬いだけならまだしも、あの技量はどうなってんだ……。全然、攻撃して来ねぇしよ……」
「余裕の表れか……? それとも、受け手の技量がとんでもないだけか?」
「だけ、とはいえ……。若様、既に攻めあぐねている時点で、相当に厄介な相手ですよ」
「まさしく、その通りだな。しかし、連携もあれ一つって訳じゃない。攻めて来ないなら好都合、受けきれなくなるまで攻め続けてやる」
レヴィンが一歩を踏み出すと同時に、アイナから支援が飛んで来る。
初速から突然、目に見えぬ速度へ増加し、支援を受けたレヴィンこそが驚く破目になった。
しかし、反射神経向上を受けた事もあり、これに耐えつつ集中して身体を制御する。
接近すると同時に繰り出された横薙ぎの一閃は、しかし、鎧戦士の手を横に流す動きだけでいなされた。
続いて絶妙な間を取って、ヨエルとロヴィーサも斬り掛かったが、やはりどちらも防がれ――そして躱される。
その時点でレヴィンは今一度地を蹴って、鎧戦士の背中へと打突を繰り出していた。
しかし、背中に目があるかの様に、瞬速の一刀すら肘の先だけでいなされてしまう。
外へと反れたせいでレヴィンの腹ががら空きになり、そこへ再び蹴りを入れられ、衝撃と共に吹き飛ぶ。
レヴィンはしばらく滞空した後、地面に落ちた。
受け身を取って即座に起き上がる時には、他の二人も投げるか蹴られるかしており、レヴィンの傍に砂埃を上げながら滑って来る。
「嘘だろ……。まったく……、参るな……」
「ボス部屋の主って、こんなに強いのか……? 他の奴らは、どうやって突破してたんだよ……」
「どうせこれも、レヴィンさん仕様に決まってますよ」
アイナが治癒術を飛ばしながら見解を述べる。
「レヴィンさん達三人が揃って、これだけ簡単に転がされているのに、他の探索者が突破できるはずないじゃないですか」
「特別仕様も、ここまで来るとイジメだろ……。倒せるイメージが、全然浮かばないんだが……」
「レヴィンさん……」
アイナが目に力を込めながら、更に言い募る。
「力をセーブするのは止めましょう。私もありったけの支援を配ります。後の攻略は考えず……」
「しかし、それじゃ……。いや、分かった」
レヴィンは一度頭を振り、顎下の汗を拭って立ち上がった。
「そうだな、俺はどこか力を抑えていた。まだ先はある。これは単なる第一関門に過ぎないからって……。様子見に徹するとは言ったが、ここで躓いてたら話にならない、とも思ってたんだ」
「あぁ、俺もだぜ……。せめて前回と同じ階層まで行かないと、って思ってたな……」
「驕っているつもりはありませんでしたが、あったのだと改めて認めましょう。そして、まず目の前の相手だけを考えるべきです」
ロヴィーサからも言葉があって、レヴィンは頷く。
そうしている間も、やはり鎧戦士は攻撃を仕掛けて来なかった。
悠長に話している暇があったのだ。
あれだけの実力があれば、幾らでも攻撃チャンスはあったろう。
しかし、あれが余裕の表れではなく、そうした制限があるとしたら……。
「二人とも……、これはちょっとした賭けだが、少し乗ってくれ」
「勿論だ、若。何でも言ってくれ」
「はい、若様。仰る通りに致します」
立ち上がる二人の返事に頷き、レヴィンは鎧戦士を睨み付ける。
「相手の攻撃は、今までその全てがカウンターだった。だから、敢えてこっちから攻撃せず、むしろ攻撃させる。武器はないんだ。俺が刻印展開して、相手を誘う」
「危険ですが……」
「まぁ、聞け。そして、相手の攻撃に対して、俺は武器を使わず相手を掴む。行動不能にするから、その間に攻撃してくれ」
「囮、ですか……」
ロヴィーサの顔に渋面が浮かぶ。
作戦自体はともかく、その囮をレヴィンがするのは、我慢できないようだった。
しかし、レヴィンはその気持ちを理解しつつ、強く言い含める。
「正攻法じゃ無理だ。誰かが囮になる必要があって、その為には防御刻印を持つ俺が適任だ。流石に動きを止めた所に、攻撃されたらアイツでも利くだろ」
「そうかもしれませんが……!」
「いや、ロヴィーサ。それしかねぇだろう。選り好みして、勝てる相手じゃねぇぜ?」
「……かも、しれませんが……」
あくまで護衛としての立場を蔑ろに出来ないロヴィーサは、頑なに否定したが、最終的にはレヴィンの強い要請に根負けした。
「仕方ありませんね……」
「――よし、いいか。全員、全力だ。俺の掴む所が邪魔だったとしても、気にせず全力で振り下ろせ」
「気乗りはしねぇが、そういう命令なら。――片手が切り落とされないのを祈っててくれ」
「落ちてもアイナに任せよう。何とかくっ付けてくれ」
「――無理ですよ!」
涙まじりの悲鳴が上がり、レヴィンは笑う。
ヨエルも笑っている所かして、勿論冗談で言ったことだ。
今はまだ、命を捨ててまで勝ちを拾う状況ではない。
勝ちには貪欲だが、腕を捨ててまで、とはいかなかった。
「よし、行け! 全力だ!」
レヴィンの号令と共に、アイナから支援が飛ぶ。
更なる筋力向上と、速度、体力の上昇が与えられる。
時間がゆっくりと流れるようにも感じられ、レヴィンは攻撃する振りをしてカタナを振り上げ――、そこから手放す。
鎧戦士の振り上げた腕を取った所までは良いものの、空いたもう片方の手で拳打を喰らった。
腹部を狙った一撃は、それだけで合計十層もある『外皮』を突き破ったが、それも途中で止まる。
新たに刻印を展開し、新たな十層を獲得しただけでなく、その腕もレヴィンが掴み取ったからだ。
その時、左側面からロヴィーサの剣舞が舞った。
縦横無尽に、鎧の隙間を狙って斬撃が繰り出される。
その間に大きく跳躍したヨエルが、体重と剣の重量を合わせた重撃を振り下ろした。
鎧戦士は両腕を握られた状態のまま、レヴィンに頭突きをする。
それで新たに三層割れ、続く蹴りで残り全て失った。
蹴りの衝撃は凄まじく、余波だけで大ダメージを負ったレヴィンは、またも吹き飛ばされた。
ロヴィーサもまた同様、肘鉄で殴り飛ばされたが、ヨエルの一撃は間に合った。
頭上から――死角からの一撃は、その脳天を叩き割るかと思いきや、ロヴィーサを肘で殴った勢いで回転、攻撃を躱した代わりに肩で受ける。
衝撃が部屋を揺らした。
ヨエルの一撃は殊の外重く、鎧戦士の足が踝まで地面に埋まる。
しかし、攻撃はそこまでで、追撃するより早く、鎧戦士の右拳がヨエルの腹に突き刺さった。
そのまま、胃液を吐き出しながら吹き飛ばされた。
「ゴボハァァァ……ッ!」
空中に胃液を巻き散らしながら、ヨエルは地面に落ちて転がる。
受け身を取る余裕はなく、もみくちゃになりながら地を滑り……そしてまた、全員がほぼ同じ場所に集合した。
「へ、平気か、ヨエル……!?」
「お、お、……ぅ」
「すぐに治します!」
幸い、命に別状はなさそうだった。
アイナの治癒のお陰もあり、即座に回復する。
レヴィンも刻印効果を失ってからの一撃は重かったが、これも着地と同じにアイナが治癒術を飛ばしてくれたので、重傷には至らなかった。
「それにしても、強い……。強すぎる……」
「鍛える為の敵、ですか……。これが……? 道中の敵はおまけに過ぎなかった、と……」
そう言っている間にも、鎧戦士はこれまでと違った動きをした。
鎧の肩部分が歪み、罅が入っているのを見て、薄く笑う。
無論、表情は見えないから、実際の笑顔を見たわけではない。
しかし、発する雰囲気から笑っているのが、嫌でもよく分かった。
「おいおい、なんだよ、おっかねぇな……」
鎧戦士は壊れた肩部分を叩くと、壊して取り外してしまう。
中から出て来たのは革鎧らしきパーツで、やはり性別が分かるものではない。
しかし、鍛え抜かれた肉体が、そこに隠れているのは間違いなかった。
「眠れる獅子を起こしてしまったか……?」
レヴィンが零した言葉に、反応したかのようだった。
鎧戦士は左手を外に、そして右手を内側に入れる動きをする。
次の瞬間、鎧戦士の手には盾とメイスが握られていた。
「おい、嘘だろ……。武器使うのか……?」
「第二形態だ……」
アイナが落とした言葉に、レヴィンが機敏に反応する。
「それは何だ、どういう意味だ?」
「ゲームじゃよくある話ですよ。ボスの体力を半分に減らすとか、特定の行動が成功すると、パターンが変化したりするんです。そういうアレですよ!」
「いや、これはゲームとやらとは違う……」
「いえ、ゲームですよ! そういう前提で作られている迷宮なんですから!」
「どっちにしても、ここから本気モードだって事だな……。やってみるしかないが……」
レヴィンは鎧戦士を拘束する際、武器を手放してしまっている。
そして、そのカタナは相手の近くに突き刺さっていた。
臍を噛む思いで見つめていると、鎧戦士はカタナに近付き、律儀に投げ飛ばしてくれる。
綺麗な弧を描いてレヴィンの傍に突き刺さり、刃を揺らす乾いた音が流れた。
「ご丁寧にどうも……」
カタナを手に取ると、鎧戦士も重心を低く構える。
攻撃の先手は、相変わらず譲るようだ。
レヴィンは仲間たちに目配せすると、力強く地を踏み込む。
アイナから支援術が飛んできて、レヴィンも刻印を展開する。
カタナを両手で掴み、肩の高さで構えた。
「――ウォォォオオッ!」
レヴィンから裂帛の気合が声から響き、接敵と共に振り下ろされた。
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