第12話 巡礼
秋葉原で聞いた話である。
「聖地巡礼」という言葉がある。宗教や信仰において重要な場所を訪れる行為を指す。有名なものでは、イスラム教の「メッカ巡礼」や、四国八十八カ所の霊場を巡る「四国遍路」が挙げられる。
ただし、秋葉原における「聖地巡礼」といえば、アニメや漫画の舞台となった場所を訪ね歩くことを意味する。スクールアイドルグループを主人公としたアニメや、戦車同士の模擬戦が武道として競技となったアニメなどが有名だ。これらは地元にアニメファンを呼び寄せ、地域活性化にも一役買っている。
今回は、その「巡礼」にまつわる話である。
話してくれたのは、スズキさんである。
スズキさんは、60代ほどの白髪の短髪を几帳面に整えた物静かな人だ。前職は教師ではないが、カウンセラーや教育関係の仕事をしていたという。
出会ったのは、宮殿をイメージしたコンカフェだった。開店してまだ半年ほどの店で、メイド通りを松住町架道橋方面にある雑居ビルの1階である。宮殿というテーマだけあって、キャストの衣装も華やかなドレス風だ。私はカウンター席に座っており、偶然スズキさんが隣になった。店内にはキャストが一人、客は私とスズキさんだけだった。
キャストを交えて前職などの世間話をしているうちに、「この店にはよく来られるのですか」と尋ねてみた。ちなみに、私はこれが三回目の来店だが、スズキさんを見かけるのは初めてだった。
スズキさんによると、この店は初めてとのこと。1年前にこの近くへ来た際は、同じ場所にあった居酒屋に入ったそうだ。
ここに来た理由も話してくれた。
仕事を退職してからは、前職に関連する場所を「巡礼」と称して回っているらしい。
「あと五カ所ほど回らないといけないのですよ」
そう言って、少しほろ酔い気味でこの後「巡礼」する場所やビル名を教えてくれた。
念のため「営業のことを巡礼と言っているのですか」と聞き返したが、「巡礼です」との答えだった。
その時は「宗教的な、少し変わったことを言う人なのかな」と思いつつも、キャストと共に話を合わせ、その場を穏やかに終えた。
以後、スズキさんと会うことはなかった。
彼のことを思い出したのは、同じ店で怪談をしていた時だ。
ちなみに、怪談はコンカフェでの話題ランキング上位に入る定番ネタである。
別の客が事故物件の話をしていた際、このビルも事故物件ではないかという話になった。そこで、事故物件情報を掲載する某サイトで調べてみると、「平成〇〇年〇月〇日 東京都千代田区〇〇 飛び降り自殺」との記載があった。
ふと思い出し、スズキさんが巡礼先として挙げていた場所やビルを同じサイトで検索すると、「焼身自殺」や「4階 告知事項あり」といった記載が見つかった。もちろん、何も記載がない場所もあった。
スズキさんのいう「巡礼」とは何だったのだろうか。
本来の巡礼は、懺悔や贖罪、病気平癒を祈るために行われる。事件を起こした芸能人や政治家が四国遍路をする話もよく耳にする。ある霊場では「〇〇よ帰れ。事件は解決した。皆が待っている」という貼り紙も見かけたことがある。これは、巡礼者が懺悔や贖罪を目的としていることを示している。
病気平癒を目的とする場合、薬師如来への参拝や、倉稲魂命など三柱の御祭神を祀り、癌封じのお守りで有名な烏森神社へのお参りが挙げられる。
しかし、スズキさんが巡る場所はいずれも事故や自死の現場であり、病気平癒とは考えにくい。おそらく懺悔や贖罪の意味合いで「巡礼」という言葉を使っていたのだろう。
前職が教育関係であったことを踏まえると、亡くなった人々との間に何らかの関わりがあったのかもしれない。例えば、亡くなった人達にカウンセリングをした事があるとか、学校の同僚だったとか。そもそも亡くなった人達には関係なく、巡礼する場所には壊された祠や塚などの宗教施設があったとか。
ただ、それ以上のことは調べる手段もなく、真相は分からない。
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