第9話 ポイントカード

 秋葉原で聞いた話である。

 場所は、ワインバルやウサギカフェなどが入っているビルの4階。そこには、英国風ロングスカートを身にまとった正統派のメイドがいるメイドカフェがある。


 話をしてくれたのは、前世持ちの落ち着いた栗色のポニーテールをしたメイド・真緒さんだ。小柄だけど歩くたびにポニーテールが跳ねる、活発な印象のメイドさんである。ちなみに前世での名前は「ゆかり」。今回の話は、その前世でお給仕していたメイド喫茶での出来事である。


 コンカフェには、ポイントカードシステムがある。多くの店で導入されていると思われる。会計金額に応じてポイントが付き、一定数が貯まると特典が受けられる仕組みだ。特典は、チェキ1枚無料やワンドリンクサービスなど。多くのポイントを貯めれば、キャストと一緒にお出かけしてプリクラを撮る、といったものもある。ポイントは、スタンプを押したり、ポイント欄にメッセージを書いたりして記録される。メッセージは「また愛に来てね!」「雨の日の救世主。ありがと~」など、親しみあるものが多い。


 その店によく通っていたのが、三十代半ばくらいの痩せた男性だった。いつも黒いパーカーにジーンズという、いかにも常連らしい出で立ちで、少し猫背気味。目立たないタイプではあったが、キャストには礼儀正しく、誠実そうで、特に問題を起こすようなことはなかったという。


 彼が「推し」としていたのが、ゆかりさんだった。楽しい会話と、共通する漫画やアニメの趣味、さらには仕事に悩み転職を考えていた時期に背中を押してもらったことが理由だという。ただ最近は、同棲し結婚も考えている彼女がいるとのことで、来店頻度は減っていた。ちなみに、その彼女と一緒に来店したこともあった。彼女の名前も偶然「ゆかり」。小柄でボブカット、控えめな印象の女性だったが、話が合い、楽しく過ごして帰っていったという。


 しかしある日、彼が会計時に出したチェキのメッセージに違和感を覚えた。「また来て」の後に「ほんとに!」「ゼッタイ!」などが追加されていたのだ。筆跡は似ていたが、ゆかりさんにはその覚えがなかった。


 文字数はわずかだが、ポイント欄が埋まることで、本来より少ない支払いで特典が得られてしまう。


 ゆかりさんは、最初はそのことを黙認していた。初めての「推し」だったし、指摘して来店しなくなってしまうのも嫌だったからだ。また、チェキの撮影やボトル注文などで、バックが給料にも反映されていたこともある。


 しかし、5~6回も続くと見逃せなくなった。会計金額とポイント蓄積に明らかな差が出始めていたからだ。また、金銭的に困っていそうでもなかったのに、そこまでするのかという気持ち悪さもあった。


 そこで、店長立会いのもと、閉店間際に彼が最後の客となったタイミングで話をすることにした。まずはポイントカードを見せてもらい、ゆかりさんの筆跡とは異なることを指摘した。


 彼は丁寧な口調で否定した。

「その指摘は受け入れられません。確かにゆかりさんが書きました。ひどいです」と。


 そこで、会計時の伝票と彼が持つポイントカードを照合することになった。伝票からポイントを算出し、改めてカードを確認すると、明らかな差異があった。


 そのことを指摘すると、彼はにやにやと嗤いながら「すいません」とだけ言った。


 店長が動機を尋ねても、「すいません」を繰り返すばかりで、終始にやにやしていた。


 店長は彼に出入り禁止、いわゆる「出禁」を言い渡した。その時も彼は変わらず、にやにやしながら「すいません」を繰り返すばかりだった。


 その後、同棲していた彼女が来店した。彼が出禁になったことは知っていたが、理由までは知らなかったという。そして、すでに彼とは別れていたとのことだった。


 別れた理由はいくつかあったが、同棲するうちに、彼の“誠実そうな”仮面が剥がれたことが一因だった。また、コンカフェに行くこと自体は構わなかったが、ある時期を境に、彼がゆかりさんのチェキを広げ、今まで見たこともないような傲慢な顔で「にやにや」するようになったことが決定打となったという。彼女は何度かやめてほしいと伝えたが、聞き入れてもらえなかった。

 彼女が来店した理由は、彼がゆかりさんに何か悪さをしないかと心配し、警告するためだそうだ。


 彼女の言っていることがどこまで本当かはわからないが――と真緒さんは神妙な面持ちで語った。


「その彼女さんと私、ちょっと雰囲気とか似てるのよ。だから、前の店も辞めて髪形とかも変えたわ。」

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