第121話 試食会

 そして次の日、試食会の日を迎えた。まあだからって特にやることは無いんだけどな。

 さて、とりあえずもうすぐ美月たちが到着するって連絡が来たから軽く準備でもするかな。ほら、小森さんは初めて家に来るわけだし

 とりあえずスイーツに合うだろうしコーヒーでも淹れられる準備をしておくか。健一は飲んでたけど他の人たちが飲めるかはわからないが。

 エントランスのインターホンがなったので確認すると、そこには美月と小森さんがそこに映っていた。俺は二人のことをエントランスを通して、家の前に来るように言った。部屋番号は言わなかったけど、美月が知ってるし大丈夫だろう。

 美月と小森さんが家の前に着き、中に入ってきた。美月は俺の家に何度も来ているので慣れているのだが、その後ろにいる小森さんはなんだかソワソワしていた。


「ねえ悠真くん」

「なんだ?」

「なんでこんな立派なマンションに一人暮らししてるの?」


 どうやらこのマンションに来たこと自体が緊張する原因だったらしい。


「俺が一人暮らしするってなったときに防犯システムがちゃんとしてる家にって父さんが決めたからな」

「こんな立派な場所に一人暮らし、、」

「父さんたちは心配だったんだろうな。なにせ急に息子が一人暮らしして高校に行くってことになったんだからな」


 でも、父さんのことだから元々調べていてくれたんだろうな。どのマンションに一人暮らしさせるのがいいのか。寮生活をさせるのが親としては一番安心出来るのにそうしなかったのは、俺のことを心配してなんだろう。やっぱり父さんには頭が上がらないな。


「というか、大女優様はここより良いマンションとかにも足を運んだことがあるだろ?」

「大女優様はやめて。それは確かに行ったことはあるけど、あくまで仕事で行ってるわけだしプライベートとは違うから。慣れてるっていう部分では否定しないけれどね」

「じゃあなんでソワソワしてるんだよ」


 よく考えたら小森さんは人気女優の倉之内美咲なわけだし、ここより豪華なマンションにも行ったことがあるはずだ。確かにここは設備は充実しているが最上位でもないしな。

 しかし、そうなると目の前の小森さんがソワソワしている理由が分からない。


「それは、、その、、、」

「同い年の男子の家に行くのが緊張しているようでして」

「美月ちゃん!?なんでわ分かったの!?」

「だって、私が初めて悠真さんの家に来た時と同じでしたから」


 そうやら小森さんがソワソワしていたのは緊張していたからだったらしい。


「それに、その紙袋の中身を渡すのでは?」

「あ、そうだった。はいこれ」


 そう言って小森さんはずっと手に持っていた紙袋を俺に渡してきた。中には服が入っていた。それも男物で安くはなさそうなものだ。


「これは?」

「この前撮影してもらったところ覚えてる?そこの新作の秋服だよ。サイズはぴったりなはずだよ」

「なんでにこんな服が来たのってことと、どうしてサイズを知ってるのかという恐怖が同時に来てるんだけど」


 なんで手土産に服を持ってきてるのかも疑問だし、その服が俺のサイズぴったりなのも怖いし、分からないことだらけで怖すぎる。


「えーと、この服のサイズについてはこの前撮影したときに渡邊さんがサイズを知ってくれたのでそれでって感じだね」

「そういえばそうだったな。あの人に聞かれて色々答えた気がする」

「あと、服は向こうの企業さんからあの雑誌のお陰で売上が伸びたっていうことで事務所に届いたものなんだ。もちろん、うちとしても雑誌の売れ行きも良かったしその追加報酬って感じだね。あと、これは社長から頼まれたものだから私に返却しないでね」


 そう言い切ると、小森さんは美月の後ろに隠れた。


「あと、それには美月ちゃんとのペアルックの服も入ってるから今度のデートのときに着たら?」

「美咲さん!?それはさっき聞いてませんよ!?」

「いやー、言うの忘れてたんだよね」


 おそらく嘘だろう。おおかた美月の慌てる姿が見たかったとかそんな理由だろう。ん?俺がどう思ってるかって?そんなの可愛い美月の姿が見れてお得だな〜っと。


「あ、そういえば大女優様」

「大女優様はやめて」

「今日の出す料理なんだけど、砂糖とかも結構使ってるし撮影とかで糖質制限とかあったら先に言ってくれ」


 テレビに出てる俳優さんとかが体型を維持するために糖質を制限してるって話を聞いたことがある。もし小森さんもそう言った制限があったら俺せいでそれが守れないのは申し訳ないから。


「それは大丈夫。体型維持に食事は気を使ってるけど、一回の食事で崩れるようなやわな鍛え方してるつもりは無いし、あと甘いもの大好きだから食べれないほうが困る。どんどん出しちゃって構わないよ」


 そんなふうに目を輝かせて言う小森さんが頼もしく見えた。もしかしたらみんなが家に持ち帰る分は無くなってるかもしれないな。


「それで、健一くんは?」

「多分もうすぐ来ると思うぞ」

「そうですね。先程美由さんから連絡もあったのでそろそろ」


 そう言うとタイミングよく玄関が開いた音がした。こんなにタイミングがいいとこの前の盗聴器の件が本当のような気がしなくもない。うん、やっぱりちゃんと調べよう。


「お前以外の靴もあったし美月さんもいるんだろ?」

「とりあえず人の家に入っての一言目は常識的に考えてそれではない」

「じゃあ、ただいま」

「ここはお前の家じゃないんだよ」


 お前はなんでこんなにアクセル全開なんだよ。こっちが疲れるわ。それに小森さんもいるんだから助走つけて会話するのやめろや。


「はい、お先に来ていましたよ」

「お、美月さんもお邪魔します」

「なんで美月にはちゃんと挨拶できるんだよ」

「っと、隣りにいるのは美咲さんだよね。同じクラスの。美月さんの知り合いが来るって言ってたけど二人って仲良かったんだ」

「俺を無視すんなや」


 健一は俺のことを無視して小森さんに話しかけていた。家主のことを無視するんじゃないよ。


「はい、この前色々あって、その時から連絡も取るようになったんですよね」

「なるほどねー。ちなみに悠真のことも?」

「その時は悠真くんも一緒だったし、二人がお付き合いしてるってことも知っていますよ」


 小森さんはもちろん俺と美月が付き合っていることを知っている。美月から聞いたんだが夏祭りのときに来ていた浴衣は小森さんから受け取ったものだと言っていた。


「もう一人来るのって美咲ちゃんだったんだ」

「お前ら二人して俺のことを無視するのをやめろや」


 美由はいつの間にか美月と小森さんの隣に行っていた。本当にあのお転婆娘は。


「ゆ・う・ま?なんか言った?」

「いや?なんでも?」

「ふーん、気のせいか」


 あと、まじでなんでそんなに勘が鋭いの?俺の脳内が見られてるみたいで怖いんだけど。


「なあ悠真、プリンって出来たのか?」

「ああ。ちゃんと出来たよ。ただ、カラメルは後からかけることになるから食べるのはもう少し後かな」


 健一は自分がリクエストしたプリンがちゃんと出来上がっているのか気になっていたらしく、俺に耳打ちしてきた。

 俺は四人にゆっくりしてるように言ってホットプレートを取り出した。


「あれ?今から作るの?」

「これだけは時間が勝負だからな。あともう一つもできたての方が美味しいから作ることにはなるけどな」


 美由からの質問に対して俺はそう答えた。スフレパンケーキは時間が経つとしぼんでしまうし、フレンチトーストもできたてのほうが美味しい。だからこの二つはできたてを食べてもらうことにしていた。

 俺はフライパンを2つ並べて火を付ける。そして昨日から浸けていた食パンを取り出してフライパンの上に並べていく。

 食パンに火が入るのを待っている間に、ホットプレートにも生地を敷いてパンケーキを焼いておく。

 ちなみに、女子トークが続いていて気まずくなったのか、健一が俺のもとにやってきてその作ってる過程を見ていた。


「それってホットケーキか?」

「ああ。それもふわふわの分厚いやつな」


 これは花音が好きで良く父さんが作っていたな。今度花音が来たときにこれを作ってやるのもいいかもな。


「やっぱすげえなお前。楽しいか?料理」

「なんでだ?楽しいは楽しいけど急にどうしたんだよ」

「いや、お前の眼が輝いてたし、めっちゃ笑顔だったからな」


 健一にそんなことを言われて俺は自分が笑っている事に気づいた。自分でも無意識だった。でも、こうやって何かを作ってるのは楽しいと思っていた。


「・・・暇ならクッキーでもやるから食べててくれ」

「照れてやんの」

「うるせえ」


 ただ恥ずかしいだけだ。子供みたいにはしゃいでる自分のことを見られたようで。

 自分でも顔が熱くなるのが分かる。これはフライパンやホットプレートから来てる熱のせいだけじゃないだろう


「ほら、悠真をからかったらクッキー出てきたからおすそ分け」

「ありがとうございます」

「やったー、悠真ありがとね」

「いただきます」


 三人はクッキーを食べ始めた。そのクッキーは俺がチーズタルトを作ったときの生地の余りをクッキーにしたものなんだけどな。

 あれ?そういえばチーズタルトを作ろうと思ったほうがクッキーの生地を作るより後だったしチーズタルトのほうがおまけなのか?まっ、いっか。


「サクサクだね」

「そうですね。甘さもちょうどいいです」

「ねえ悠真、これ持ち帰る用もないの?」

「クッキーはそこに出てるので終わるだな。他のは余った分は持って帰ってもらって構わないぞ。プラのパックも用意してあるから」


 持ち帰ることが出来るようにプラスチックのパック、お祭りで焼きそばとかが入ってるパックを昨日買ってきたので持ち帰ることは出来る。

 チーズタルトもガトーショコラも普通に一個作っちゃったし、他にも色々あるから持ち帰ってもことになると思う。


「やったー。悠真のデザートが家でも食べれるってことなんだ」

「悠真くんの作るデザートってそんなに美味しいの?このクッキーは美味しいと思うけど」

「悠真はあの感じでめっちゃ家庭的なんだよな。家事全般出来るし、料理は大体何でも作れるしよ。それにそれが美味いんだからズルいんだよな」

「じゃあ楽しみにしておく」

「そんな立派なもんじゃねえよ。時間があったから出来るようになったんだ」


 俺は中学生の後半は学校に行っていなかったので、その時間は家の家事をしていた。もちろん母さんとかに教わってやっていたし、最初は何も出来なかった。

 でも、このくらい出来ないと一人暮らしをして高校に行くのに、父さんや母さんに負担をかけてまで遠くの高校に一人暮らしをして通うのに心配かけてしまう。

 だから俺は家事だけでも出来るようになろうとした。自分の過去を知らない場所でだったら外に出れるのでは無いかとおもったから。


「それに、家事をしてるあいだは他のこと考えないからな」


 家事をしてるあいだはほかのことを考えないから好きなんだ。ただ、そのせいで時間まで忘れることだけは良くないとは思っているが。


「だから悠真くんの家はこんなに綺麗なんだね」

「そうなんだよな〜。俺の家も掃除してくんないかな」

「お前はちゃんと自分で掃除しろ。この前掃除してやったばかりじゃねえかよ」


 こいつは甘やかしすぎるとダメになってしまうので適度にアメとムチを使い分けなきゃいけない。ちゃんとすればスペックは高いんだけどな。


「悠真くんと健一くんって中学のときも一緒だったの?」

「違うけど。なんで?」

「いや、家に上がって掃除までする仲だから付き合いも長いのかなって思って。ほら、学校でもいつも二人が一緒にいるし」

「ああ、そういうことか」


 そういえば小森さんには言ってなかったっけ。


「こいつの家はここの隣なんだ。だからこいつの家に行って掃除してやったってわけ」

「お隣さんだからそんなに仲良かったんだね。でも、悠真くんがこんなふうに活き活きしてるのは意外だったな」

「そうか?まあ、こいつは美月さんの前だと活き活きってよりデレデレするからな」

「そんなつもりは無い」


 そんな顔に出るほどデレデレしてるつもりはない。可愛いなとか一緒にいれて嬉しいとかは常に思ってるけど、人前では顔に出していない。はず。多分。


「美月ちゃんの前でデレデレしてるのは、うん、私から見ても分かるな〜」

「ほら悠真、美咲ちゃんもそう言ってるし隠せて無いんだよ」


 残念ながら俺のそんな思いは儚く散った。小森さんにも美由にも指摘されてしまった。

 いや、好きなんだからしょうがなくない?こんなに可愛い恋人が隣にいるんだから幸せだなって思うのはしょうがないだろ。


「悠真よ、声に出てるぞ」

「・・・え?」

「だから『好きだから』とか声に出てたって」

「・・・えーっと」


 健一の言葉に脳の処理が追いつかなかった。

 つまり、『好きなんだからしょうがなくない?こんなに可愛い恋人が隣にいるんだから幸せだなって思うのはしょうがないだろ』っていうが声に出てたってことなのか?

 えーと、逃げ出してもいいですか?


「悠真さん」

「はい」

「そう思ってもらえるのは嬉しいですが、そういうのは二人きりのときだけにしてください」

「はい」


 しっかり美月からお叱り(?)を受けた。でも、今のは二人のときだったらいいってことだよね。


「そう言いながら美月ちゃんは顔が赤くなってるんだよね」

「そうそう。悠真がそう言ってるあいだも口角が上がってたし」

「美咲さん!?美由さん!?なんで言うんですか」


 二人が言うことを信じるなら、美月としても嫌なことでは無かったということだ。ソファーでは自分のことを言われると思ってなかった美月が二人相手にあたふたしていた。可愛い。

 そんなことをしているあいだにスフレパンケーキとフレンチトーストが出来上がった。

 まだ試食会は始まったばかりなんだけど消費カロリーが大きいな。でも、これなら運動する量が少なくても済むかもな。


「出来たぞ」

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