第119話 唐揚げ

 文化祭でする出し物が決まった次の日の放課後、今度は俺の方から小栗に声をかけた。


「なあ、ちょっとだけ時間いいか?」

「ん?悠真からそんなことを言ってくるなんて珍しいな」


 俺が声をかけたとき、小栗は荷物を鞄のにしまっている最中だった。


「でも、俺はこの後部活だからそんなに長くは時間取れないけど大丈夫か?」

「何個か聞きたいことがあるだけだからそんなに時間はかからないから大丈夫だ」


 小栗は中学の頃と同じくサッカー部に入っているらしく、今日の放課後も練習があるらしい。放課後に予定があるのに呼び止めているのは少々申し訳ないが、これは必要なことなので許してもらいたい。


「それで聞きたいことってなんだ?勉強を教えてくれっていうわけでも無いんだろ?」

「まぁな。それに俺はこんなんだけどこの前のテストは学年一位なんでな」

「マジか。じゃあ俺のほうが教えてもらおっかな」


 そんなふうに小栗は軽口をたたいていたが、俺の記憶が正しければ小栗の成績は悪いものではなかったはず。

 そして、意外なのがこの前遊びに行った五人の中で俺の次に頭が良いのは長谷川である。本人曰く頭の良いやつはモテるからだそうだ。長谷川にはモテるって言えば何でも出来るようになるのかもしれない。


「っと、話が逸れたな。それで話ってなんだ?」

「ああ、文化祭の出し物についての話なんだが」


 俺は本題に切り込んだ。と言ってもさっきまでふざけていたわけでは...ない?し、そんな深刻な話でもない。


「そのことなら俺に聞いたほうがいいかもな。でもな、あ、じゃあちょっと待っててくれ」


 小栗は俺の前からいなくなった。ん?えーと、これは一体どういうことだ?あ、帰ってきた。


「えーと、小栗くん、急にどうしたの?」

「もしかしてなにも言わずに連れてきたのか?」


 戻ってきた小栗の隣には小森さんが居た。


「文化祭のことってことなら俺だけじゃなくて美咲さんも一緒のほうがいいだろ?」

「それはそうだろうけど、呼んでくるなら俺にも言ってほしいし小森さんにも事情を説明するべきじゃないか?」

「美咲さんが帰りそうだったから急いだら言うの忘れてた。それにまとめて話したほうが効率的だろ?」


 それでなにも聞かされないこっちにの身にもなってくれ。でも、確かに学級委員の二人からの意見を聞いておくべきかもな。


「で、文化祭の何について聞きたいんだ?」

「今回の出し物の方向性だな」

「というと?」

「一応メイド執事カフェだっけ?をやることになったわけだけど、どういうことをコンセプトにするのかっていうのと、どういうサービスをしていくつもりなのかってところだな」


 メイド喫茶を一つとっても様々な種類がある。それぞれに世界観があるのでそのあたりの方向性も決めなくてはいけない。現代チックなものにするのか、はたまたメルヘンなものにするのかなど。

 食事所としてやっていくのか、それとも休憩してもらうために飲み物と場所を提供するだけなのか。


「俺はこの前小栗にメニューを考えろって言われたけどさ、そのメニューも世界観に合わせて置かないといけないなって思ったからな」

「そういうこともあるんだな。うーん、わかんない」


 俺としては早めにメニューを考えておきたいので、簡単なイメージだけでも固めておきたい。


「具体的じゃなくてもいいんだが、こういうふうにしていきたいとかってあるか?」

「俺はみんなが楽しめればいいからなー」


 そんな事言わないで考えてくれや。


「俺としては悠真の料理を中心として作っていきたいんだけどな」

「んな無茶振りはやめてくれよ。出来なくは無いけどどうなるか分かんねえよ」


 それに、失敗することを想像するとまた怖くなってしまう。もし俺が失敗したら俺のことを信頼して任せてくれた小栗にまで泥を塗ることになる。そう考えるだけで呼吸が浅くなった。


「大丈夫だ。失敗なんてさせないし、お前が失敗するなんて思ってないからな」

「何処からそんなに俺に信頼を寄せてるんだよお前は」


 俺は少し言葉が強くなってしまった。何イラついてるんだ俺は。せっかく信じてくれてるんだし、その期待に答えればいいじゃないか。何をそんなに恐れてるんだ。


「え?そんなのねえよ。ただ失敗するって思うのは相手に失礼だろ?それだけだよ」


 でも、そんな俺に小栗が帰した言葉は全く予想していないものだった。


「俺は心配してないだけだ。お前のことだから自分が失敗しちゃダメだなんて考えてるんだろ?そうじゃないんだよ。全員でやるから楽しい。それで良いんだよ。それに誰かが失敗しても他で支えてやれば良いんだからな」


 そんなふうに小栗は俺に言った。お前が失敗したからといって全部が失敗したわけじゃない。何も一人で背負う必要はない。だから自由にやれば良い。そんなふうに訴えかけた。


「分かった。どうなっても知らないからな」

「楽しみにしてるよ」


 俺は自分に自分で巻き付けていた鎖が少し取れた気がした。


「ねえ、これ私いる?」


 そして俺たちのやり取りをすぐ側で見ていた小森さんが言ってきた。いや、ごめん。


「私は急に呼び出されたのに二人だけで盛り上がって私が来た意味がわかんないんだけど」

「それは悠真に言ってください」

「おい、お前が呼んできたんだろうが」


 俺に責任転換すんなや。


「それと、方向性としては軽食が食べれるような部分にしようかなって思ってるよ」

「だそうだ悠真。その方向でメニューを考えてくれ」


 なあ小栗、小森からのこの言葉があるならさっきまでの会話って全くいらなかったんじゃないか?



 それから時間が少し過ぎて小栗は部活に向かっていった。ちなみにその間も小森さんが色々仕切ってくれていた。


「小栗くんって不思議だよね」

「そうか?普段もっと突拍子もない奴を見てるからなんとも思わないな」


 普段の健一を見ていると可愛らしいものにしか思わない。頭の中で今もニヤニヤしてる顔が浮かぶ。


「悠真くんってもう少し時間がある?」

「今日は用事がないから大丈夫だけど、、」

「じゃあさ、もう少しだけ話を詰めておきたいんだけど」

「分かった。ちょっと待ってくれ」


 俺は健一に連絡をする。今日の帰りが遅くなるから先に課題を一人でやっておけって。


「ふふ、美月ちゃんですか?仲睦まじいですね」

「違うよ。美月じゃなくて健一に送ったの」

「あれ?昨日の放課後は昇降口で美月ちゃんが悠真くんのこと待っていたんだと思ったんだけど」


 そういう小森さんは不思議そうな顔をしていた。あー、美月が待っていたのが昇降口だったからその姿を見られていたのか。

 でも、小森さんは俺と美月が付き合ってることを知っているからそこまで繋がったんだろうから他の人にはバレてはいないだろう。


「もともと今日の放課後は予定があるって伝えてあるから今日は別々なんだよ」

「ふーん。あ、今度美月ちゃんと遊んできてもいい?」

「俺に聞かないで直接美月に言ってやってくれ」

「ずっと側にいる彼氏くんに許可を取らないとな〜って思って」

「別にずっと一緒にいるわけじゃないから」


 べ、別にずっと一緒に居たいとか思ってないんだからね。それに、それぞれの予定とかもあるからそうはならないんだけどね。


「あ、そうだ。今度の週末に試食会をしようと思ってて美月も健一も、あと美由のことも呼ぶんだけど小森さんも来る?」

「え、なにそれ。行きたい!」


 小森さんに対しても声をかけてみたらめちゃくちゃ乗り気だった。美月も小森さんと一緒に遊びたいって言っていたからな。


「その時ってどっちの体でいるんだ?」

「あー、健一くんもいるんだっけ。うーん、一応社長からもあんまりバラしても良いこと無いよって言われてるからなー」

「じゃあ学級委員で来たってことにしとくか。あと美月の友だちってことで」


 健一には小森さんが倉之内美咲と同一人物だってことを言うわけにはいかないからな。


「じゃあ週末に俺の家に来てくれ。美月と連絡先って交換してたよね」

「うん」

「それじゃあ美月から詳しい時間とかは連絡してもらうことになると思うから。あ、俺の家って知ってる?」

「美月ちゃんの家は知ってるから美月ちゃんと一緒に行くね」


 どうやら小森さんは美月の家を知っているらしく、その日は美月の家に行って一緒に来ることにするらしい。


 俺たちはその後少しだけ文化祭について話して解散した。ほとんど関係ない話だったけどまあいっか。放課後に教室で二人きりだったけど変なことは起きなかった。少し変な影があったけど。


「ただいま」

「おかえり」


 俺が帰宅して玄関を開けると挨拶が帰ってきた。中には椅子に座って課題をしている健一がいた。


「悪いな俺が呼び出したのに待たせてしまって」

「気にすんなって。唐揚げが食えるんだからそんなのどうってことねえぜ」


 そう、俺は昨日唐揚げを作ろうと下味をつけるところまでやったのはいいものの、作りすぎてしまったので消費するために健一を呼んでいた。


「それにしても揚げ物は面倒くさいって言ってなかったか?」

「食べたくなったからやるんだよ。お前もいるから食器洗いは任せられるからな」

「げっ、まあ唐揚げの代金って思えば安いもんか」


 俺は後片付けが面倒くさいと言って健一からのリクエストの揚げ物を断っていたが、この前唐揚げが食べたい気分になってしまったので揚げることにした。

 ちなみに、健一にはちょっとずつ揚げれば一人でも食い切れるんじゃないかって言われたけど、そうすると片付けの量が増えるので嫌なのだ。


「じゃあ俺は唐揚げを揚げるから、お前は課題終わらせておけよ。どうせまだ終わってないんだろうし」

「そういうお前はこれからやる羽目になるんだろうから頑張れよ。まあ、頼み込まれたら見せてやらんでもないけどな」


 健一はいつも俺に課題を見せてもらっている立場なのだが、今日は自分が優位に立っているからかいやらしい笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。

 そんな健一を見ながらここだと思い言ってやった。


「あ、悪いな。俺はその課題終わってるからそんなのいらないんだわ」

「お願いします。写させてください」


 俺がカウンターを繰り出すと、すぐさま健一は俺に頭を下げた。いや、掌返すの早すぎだろ。もうちょっとプライドとかないんかこいつには。

 俺の終わった課題を見せても健一のためにはならないので、俺はそのお願いを断り、健一は渋々自分の力で課題を進めていた。

 俺は昨日のうちに下味を付けていた鶏肉に片栗粉と薄力粉を混ぜて作った衣にくぐらせて、温めておいた油の中に入れる。

 いい感じの色に揚がったら、一度油の中から取り出して少し冷ます。

 ある程度冷めたらもう一度油の中に入れて揚げ直す。

 そうすることでいい感じに揚がるって母さんから教わった。うん、こんな手順が大変なものを俺は母さんに頼んでいたのか。自分で料理をするようになってから母さんに感謝することが多くなった。

 二度揚げをしたら、皿の上にレタスを敷いてその上に揚げた唐揚げを並べていく。


「できたぞー」

「さっきからいい匂い漂わせまくりやがって。こっちは腹が減って課題が進まなくなったての」

「終わったのか?」

「なんとかな」


 健一は終わらせた課題をしまってテーブルを拭いてくれた。こういう部分をちゃんとしてくれるから助かるんだよな。

 俺はその上に揚げたての唐揚げと簡単なサラダを並べた。


「「いただきます」」


 俺と健一は向かい合う位置に座って夕飯を食べ始めた。うん、昨日から下味をつけるために漬けていたからちゃんと味も染みてるし、衣もサクッとしていい感じに揚がっている。我ながらいい出来では無いだろうか。


「しっかし、お前の料理は何やっても美味いな」

「それはどうも。そんなこと言ってもデザートのパウンドケーキしか出ないぞ」

「十分出てくるのがおかしいんだよな」


 仕方ないだろ、作ってみたわ良いもののそういうものは1人分で作るほうが難しいんだから。


「ってことは文化祭の試作品か?」

「うん、とりあえず作ってみたって感じだ。まだ試作段階だし、味も見た目も満足してないんだけどな」


 スイーツは分量と手順が決まっているものが多いので失敗することは少ないものの、思い通りの見た目にならない時がある。もっと口当たりを良くしたいとか。


「まあ俺はデザートが食べれるってだけで十分だけどな」

「そら良かった」


 健一が食べないって言ったらいつもよりトレーニングの量を増やさなきゃ行けなかったけど、その心配は無いようだ。

 うーん、これから色々試作品を作っていくわけだけど、食べるってことは太るよな。ってことはいつもよりもトレーニングの量が増えるのは変わらないらしい。

 ちなみに健一からの評価は唐揚げもパウンドケーキ好評だった。


「一個だけ良いか?」

「なんだ?」


 一通り片付けが終わってゆっくりしてるときに健一が真剣な表情をしてこっちを見てくる。こいつがこんな真剣な顔をするってのは久々だな。


「今度の試食会のときに、プリンを作ってくれ」

「・・・は?」


 ん?今なんて言った?


「卵たっぷり使ったプリンが食べたい。ほら、冷蔵庫の中に卵一パック入れておいただろ?あれ使って作ってくれよ」

「ったく、真剣な表情するから一体何事かと思ったよ」


 少し拍子抜けだった。いつも健一が真剣な表情をするときはちゃんと真面目な話をするから、こんなプリンのためだけに真剣になったのは正直的外れだった。

 そんくらいプリンが食べたいってことなんだろ。プリンは作るのが大変って聞くけど材料まで渡されてるし作ってやるか。


「分かったよ。作ってやる。その代わりと言っては何だが、今度の試食会のときにもう一人呼ぶことにしたんだが良いか?」

「お前が家主なんだし否定はしねえよ。女を連れ込むのか?美月さん悲しむぞ」

「確かに呼ぶのは女子だがそんなんじゃない」


 確かに小森さんは女子であるし、モデルもやっていて俺目線から見ても綺麗だとは思う。でも、美月のほうが可愛いし、他の女子をそんなふうに色目で見るつもりはない。


「それにその女子は美月とも仲が良いし、俺と美月が付き合ってることを知ってるからな」

「まあお前にはそんな度胸は無いだろうけどな」

「うるせえ」


 美月とのときもなかなか進めなかった意気地なしで悪かったな。


「恋人がいるからって大丈夫ってことは無いんだけどな」

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもねえよ」


 健一の声は小さすぎて聞こえなかった。

 その後、健一は荷物をまとめて自分の家に帰り、俺はソファーに座りながら文化祭で出すメニューについて考えていた。

 その時の俺は全く知らなかった。真剣な顔して健一が言おうとしたについてを。

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