第117話 LHR《文化祭前》

 うちの学校は学校行事に力を入れている部分がある。夏休み前にあった運動会や林間学校なども他の学校に比べて気合いの入ったものになっていた。林間学校なんて自分たちで夕飯の食材を集めろって言われるんだよ?ちょっと過酷すぎない?

 そして、夏休み明け最初の行事も例外ではない。


「今日のLHRロングホームルームの話って聞いてるか?」

「何について話すのかってだけだけどな」


 朝学校に着くと、健一からそんな質問が投げかけられた。俺は学級委員である生徒かか何をするのか聞いていた。というか、今日朝一緒に来た美月から情報又聞きした。


「で、朝からそんなふうにごきげんだと」

「うるせえ」


 朝から美月と二人で登校できたから夏休み前より朝の機嫌がいいことは認めるが、人から言われるのは、それも健一から言われるのはなんか嫌なので悪態ついておく。


「まあ、今更だしお前らがイチャついてることには何も言わないけど程々にしとけよ」

「別にそんなことしていないけど一応聞いておこう。なぜだ?」


 俺はそんなことをしているつもりはない。だって外ではちゃんと家とは違って自粛してるし。


「今のお前の姿のやつが美月さんとイチャついてるのを見たらお前ならどう思う?」

「妬むな」

「そういうこった」


 なるほど、よく分かる説明だ。でもな〜、イチャついてはいないんだよなあ。

 そんなことを話している間に始業を告げるチャイムが鳴った。生徒たちは全員席について、担任の小林先生が教室に入ってくる。


「学級委員、号令」

「起立、礼、着席」


 学級委員の合図に合わせて全員が礼をする。


「あー、学校が再開して一週間が経った月曜日だが全員揃ってるな。ちなみに私は今すぐにでも家に帰って休んでいたい」


 そしていつものように小林先生の愚痴から朝のHRホームルームが始まる。なぜだろう、慣れてはいけないものに慣れてしまっている気がする。


「今日の7時間目のLHRロングホームルームだが、学級委員を中心として進行してもらう。私は今日6時間も授業が入っていて休みたいからな」


 相変わらずの小林先生だったが、どうやらこういう話し合いはどのクラスも同じらしく、他のクラスも生徒が主となって話し合いを進めていくらしい。うちのクラスが特別小林先生がサボっているから生徒がやっていたというわけでは無いらしい。


「じゃあ、今日も問題を起こさない程度に自由に過ごしてくれ。くれぐれも私の仕事を増やさないでくれ」


 そう言って朝のHRホームルームが終わった。


「なあ、小林先生ってなんで教師になったんだ?」

「まじで謎だよな」


 あの人の言動のすべてが教師に向いていないようにしか見えない。というか、あの人自体が教師としては反面教師すぎる。

 朝から色々時間が過ぎて昼休みになった。授業がつまらなくて外を眺めてたら授業が終わってたんだけどな。


「よし、飯食いに行くぞ」

「はいはい。お前は今日も学食か?」

「おう。今日は唐揚げ定食の気分」

「じゃあ早く行かないと売り切れるぞ」


 この学校の学食はカレーライス、唐揚げ定食、焼き肉定食の順に人気である。後は変わり種としてカレーラーメンと唐揚げラーメンがある。

 まだカレーラーメンはカレーうどんみたいな感じだと分かるが、唐揚げラーメンはラーメンのトッピングに唐揚げが乗っている。せっかくの唐揚げの衣がスープで濡れてしまってサクサクしなくなっているのだ。あと、スープに油がめっちゃ浮く。


「先に行っておくぜ」

「分かった。あと美由と一緒に美月と合流して向かうわ」


 俺は健一を送り出して美由のもとに向かった。


「健一は唐揚げ定食食べるから先に行くって」

「はーい。じゃあ美月ちゃんのところ行こっか」


 俺は美由とともに教室を出て美月のもとに向かった。教室を覗くと美月の机の周りに人が集まっていた。朝学校に来るときも言ってたけどまだ囲まれてるんだな。


「美月ちゃーん、お昼ご飯食べに行こー」

「美由さん。すみません、今から食堂に行きますのでお話はまた後で」

「はい。次はもっと根掘り葉掘り聞きますね」

「そのあたりはお手柔らかにお願いします」


 美月はその中の一人、確か西塔さいとう小夜さよとか言ってた気がする人に対してそう言っていた。

 美月は席を立ち、美由のもとに来てそのまま食堂に向かった。

 食堂に着くと、食事を受け取るための列に並んでいる健一のことを見つけた。どうやらまだ受け取れていないようなので三人で先に席を取っておくことにした。


「ねえ、二人に話したいことがあるんだけどさ」

「何だ?健一が来てからじゃなくていいのか?」

「うん、けんくんが居てもいいんだけど二人に関する話だから」

「私たちですか?」


 美由が健一を待っている間にそんなことを言ってきた。俺たち二人に関する話って一体なんなんだ?


「今日というか先週からなんだけどさ、美月ちゃんの恋人について聞かれるんだよね」

「と言いますと?」

「ほら、噂になってるじゃん。美月ちゃんに彼氏がいることがさ」

「本当のことなんですがね」


 その噂自体は本当のことだし、誰かが悪意を持って広めたものではないのでその噂自体はスルーしていたのだがそのせいで美由に迷惑がかかっているというなら話は別だ。


「その中でも夏祭りのときに美月ちゃんのことを見かけたときに一緒にいた人が彼氏なのか、とか、この前雑誌に載ってたイケメンと似ていたとか言われてさー」

「あー、それはほんとにスマン」


 それも全部本当なんだけどね。


「そのあたりは肯定していただいて構いませんよ」


 俺としては俺の名前さえ出さなければどこまで話してもらっても構わない。まだ中学生のときのこともあり、視線が集まるということに対してまだ恐怖が抜けておらず、名前が出ると人から注目されてしまうので隠してもらうことにしていた。


「何話してたんだ?俺も入れてくれよ」


 そこにようやく唐揚げ定食を受け取った健一が席までやってきた。


「特に面白い話はしてねえよ。さっさと飯食っちゃおうぜ。お前が来るのが遅くて待ちくたびれたんだよ」

「それは食堂のおばちゃんに言ってくれ」


 健一は俺の隣に座り、うまそうな出来立ての唐揚げの匂いを漂わせた。うん、家に帰ったら唐揚げの下味をつけようかな。明日の夕飯は唐揚げにしよう。


「悠真さん、昨日連絡したものです」

「ありがとう。俺からも」


 美月はそう言って手に持っていた弁当を俺に差し出し、俺もお返しとして今日持ってきた弁当を渡した。


「わー、二人がお弁当交換してる」

「べ、別にいいだろ。彼女の手料理とか食べてみたかったんだよ」


 彼女の手作り弁当とか憧れるじゃん。男子高校生の夢なんだよ。もちろん俺だけがもらうのは申し訳なかったので交換というのを提案してみた。


「私も悠真さんの料理は美味しいので、悠真さんのお弁当を食べれるのは嬉しかったのですよ。でも、普段料理をしないので味は少し心配ですが」

「俺は美月が作ってくれたってだけで嬉しいし、この前食べた料理も美味しかったから信頼してるから大丈夫だよ」


 この夏休みの間に一緒に作った料理も美味しかったので、この弁当が美味しいものになっていると思うし、彼女に作ってもらえたってことが何よりうれしかった。


「なあなあけんくんさんや、お二人さんがまたイチャイチャしていますな」

「やあやあ美由さんや、この二人はどこでもイチャイチャしていますな」


 その様子を見ながらニヤニヤしてる二人を俺は無視して美月からもらった弁当を食べ始めた。

 美月の弁当は美味しかった。特に卵焼きが美味しかった。



 昼休みが終わり、午後の授業が始まった。進学校ということもあり、授業の進みも中々に早い。美由なんかは授業についていくのが精一杯なようだ。

 そんななか俺は、すでに予習もしていて授業が退屈だったので外を眺めていた。あ、あの雲アイスクリームみたい。

 午後の授業もほとんどが終わり、今日最後の授業のLHRロングホームルームが始まった。


「お前ら席につけ。私は今日はつかれたから休んでるから学級委員が進めていくように。頼んだぞ小栗、小森」

「分かりましたけど、先生、そこで寝始めるのだけやめてくださいね」

「極力努力する」


 小林先生に学級委員として呼ばれた小栗と小森さんが前に立ったのだが、明らかに椅子に座って小林先生は寝ようとしていた。小栗が寝ないでくださいと言ったのだが、気の抜けた返事しか返さなかった。あんたほんとに教師なのか?


「えーと、先生からあらかじめ聞いていたのですが、今日は文化祭の出し物について決めようと思います」

「とりあえずじゃんじゃん意見出しちゃって。出来るできないかは後日調べて話すから。正式決定は次のときかな」


 そう言って今回の話し合いが進んでいった。


「はいはい、お化け屋敷がやりたい」

「おっけーお化け屋敷ね。他には?」

「私は虹色の綿あめを作りたいな」

「綿あめね」


 そうやって小栗が意見を聞いて、でた意見を小森さんが黒板に書き出していた。上手く仕事を分けているし円滑に話し合いが進んでいてよく出来ていると思う。

 ああ、文化祭か。中学のときの文化祭はお遊びみたいなもので、ほとんど無かったようなものだったからよく分かんないんだよな。高校の文化祭に行くってことも無かったから検討もつかない。


「この学校の文化祭って凄いんだよね」


 そんなことを弁当を食べているときに美由が言っていたことだけしか情報がない。どのくらいの規模なのかはよく分からないがこの辺では一番の文化祭らしい。


「はい!私はカフェがやりたい!!」


 美由が元気よく手を挙げ、元気よく提案していた。さっきまでの授業で意気消沈していたやつの元気だとは全くもって思えないほどだ。それだけこの文化祭が楽しみってことだよな。


「他にはないかー」

「んー、じゃあ郷土発表会?」

「それ誰得?」

「誰も得しない」


 小栗からの提案に健一が答えていたが、郷土発表会とかいう意味の分からないものを提案していた。郷土発表会ってなに?

 そしてお前らは漫才をしないで。


「それじゃあ、これ以上意見が出なそうだからとりあえずこの中から決めるってことで問題ないか?」


 そう小栗がクラス全体に問いかけると多くの人が頷いた。出た案は


 ・お化け屋敷

 ・綿あめ

 ・縁日

 ・カフェ


「カフェって言っても色々あるしな。ちょっとコンセプトというかどういったものを題材にするかの方向性だけは決めておきたいな」


 確かにカフェだけではどういったものをするのか想像できそうで想像できない。それぞれの思い違いがありそうで怖いしな。


「コスプレとかでもいいし、なんかこうしていっていう意見あるか?」

「やっぱり王道だけどメイド執事カフェは良いよね」

「男子は俺が説得するから良いけど、女子はそれでも大丈夫なのか?」


 美由の提案に対して小栗は賛成とも反対とも取れる反応を示した。確かに女子がメイド服を着るのは問題が生じる事がある。

 例えば客からのセクハラなど、立ち直れないほどのトラウマを抱えてしまう可能性がある。俺にとっても他人事では無いのでそのあたりはちゃんとしてあげてほしい。

 あと、男子のことを説得できるって言い切る小栗がほんとに出来そうで怖かった。


「うーん、女子はメイド服を着たい人が来て接客をするって感じでいいかな。私はやるし、他にも何人かやりたいって話は聞いてるよ」

「じゃあカフェはメイド執事カフェってことでいいか?」


 他の生徒からも異論は上がらなかった。というか好評だった。それもそうだろう、男子高校生が自分の欲望に抗えるはずがないんだから。可愛い女の子が可愛い服を着てる姿をみたいって。

 うちの高校の制服は女子はブレザーで男子はスーツタイプであるので、男子としては普段とは大きく変わらないのに女子は普段は着ていない服が見られる、その点が男子を刺激したらしい。


「じゃあとりあえず今の段階で多数決を取っておきたいんだけど良いかい?まずお化け屋敷がいい人挙手して」


 俺は正直なことを言うと、どの出し物になってもいい。何をするとしても俺は裏方だろうし仕事の内容自体は変わんないからな。


「次、綿あめがいい人、というか綿あめと縁日はまとめちゃうか。縁日みたいな感じの出し物がいい人挙手して」


 表立って俺が仕事をすることはない。多少の力仕事でも鍛えてはいるのでどうにかなるだろう。


「最後に、メイド執事カフェがいい人挙手して」


 みんなが楽しめるように裏から支えてあげれるようにはしたいな。人も多く集まる注目イベントらしいしからな。


「うん、分かってはいたけどメイド執事カフェが断トツで一番人気だな」


 ほとんどの男子が、というかクラスのほとんどがメイド執事カフェに手を挙げていた。やっぱり文化祭の花形(?)のような出し物だし、人気が出るのも分かる。


「ってことでこのクラスからはメイド執事カフェで学校に提出しようと思う」


 小栗がそう言うとクラス全体が盛り上がった。こんなふうに盛り上がってるのを見ると、ここの文化祭がどれほどのものなのか想像できるだろう。それに、この盛り上がりのおかげなのか文化祭が始まったと感じられる。


「じゃあ、高橋、文化祭で出せるようなメニューを考えてくれ」


 ほら、こんなふうに仕事が割り振られ始め・・・は?????


「ちょ、ちょっと待ってくれ」

「なんだ?なんか問題があったか?多数決で決まったことだから極力これで決定って感じで行こうと思ってるんだけど」

「決まったことには問題はない。俺も賛成してる。でも、俺がメニューを考えるという点について異議を唱えたい」


 なんで俺がそんな重要なことをやるんだよ。もし失敗したらとか思わないのか。それもこのクラスにあまり溶け込んでいない俺に頼んで良いのかよ。


「大丈夫だ。お前の料理の腕は健一からも聞いてるし、この前の林間学校のときに食べたのも美味しかったしな」

「お前の料理の味は俺が保証するしやってみろ。案外お前に向いてることが見つかるかもしれないぞ」


 そんなふうに小栗と健一が俺の背中を押した。友人二人からそんなことを言われて断れるほど俺は廃れた人間では無かったらしい。


「分かった。出来る限りのことはやってみるよ」


 俺はそう返事をした。

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