第116話 カラオケ

 俺たちは昼食を食べ終わった後、ファミレスを出てカラオケ店に向かった。


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「五人です」

「みなさん学生様でよろしいでしょうか」

「はい」


 俺たちは店員から学生証の提示をお願いされたので、それぞれ学生証を提示した。ただ、俺の学生証は正直誰にも見られたくは無いものだった。


「では学生フリータイムのプランですね。お部屋は16番になります。ドリンクバーはご自由にお使いください」


 小栗が店員さんから会計用紙の挟んである板を受け取って、俺たちは小栗の後をついていきながら部屋の中に入っていった。


「カラオケとか久しぶりかもな」

「僕は陽人と大翔しか来たこと無いから」

「じゃあ、この前のカラオケが初めてだったんだな」


 健一は高校に入ってからカラオケに行っていないらしく、中学の時以来だって言っていた。九重の会話から小栗と長谷川も最近カラオケに来ていた事がわかる。

 俺はというと、三年前に一度だけ瑠偉るい勇琉たけると三人で行った時だけである。


「とりあえずフリータイムなんだし、それぞれいい感じに歌っていこうぜ」

「いいぜ。俺はとりあえず飲み物取ってくるから先に入れておいてくれ」

「了解。じゃあ、俺はメロンソーダで」

「ちゃっかりパシってるんじゃねえよ」


 俺は自分の飲み物を取りに行くためにも健一について行った。飲み物を取りにドリンクバーに向かったのは俺と健一、そして九重の三人だった。

 俺は白ぶどうをコップにいれて、健一はコーラをいれた。九重はぶどうジュースをいれていた。


「悪態つきながらもちゃんとやってやるんだもんな」


 健一の手にはコーラだけでなく、メロンソーダの入ったコップもあった。なんだかんだいって人のことを考えて行動するのが健一なんだよな。


「こっち来たやつの宿命ってだけだよ。なあ一希かずきは大翔がなに飲みたいか希望を聞いたか?」

「ううん、大翔は何も言っていなかったけど」


 九重がそう言った瞬間に健一の顔は豹変した。うん、あの顔は良くないことを考えているときの顔だな。これはそっとしておくのが正解だな。

 健一がコップをもう一度置いたタイミングで、小栗に用意されたメロンソーダを回収した。


「健一、先戻ってるよ」

「何だよつれないなー」

「九重、先行こうぜ」

「う、うん」


 九重は俺が急にメロンソーダの入ったコップを手に持ったり、急に部屋に戻ってるなんて言われてなんのことなのか分かっていないようだった。


「健一があの顔をした時はろくなことが起きないから先に戻って方が良い」

「そういうものなんだね」


 俺と九重は先に部屋に着き、ドアを開けると大翔がもう歌を歌っていた。俺は持っていたメロンソーダを小栗の前においた。

 長谷川は元吹奏楽部や小さい頃から音楽に関わっていたというだけあり、ものすごく聞きやすく上手い歌だった。正直あの身体からこんなに綺麗な歌声が聞けるとは思っていなかった。

 歌い終わったタイミングで健一が帰ってきた。


「おっ、やっぱり大翔の歌は点数高いんだよな」


 健一が入ってきたタイミングはちょうど採点しているタイミングで、画面には点数が映っていた。93点と。

 いや、カラオケにみんなで行ったときに一人目が出していい点数じゃないだろうが。一人目からこんなに高得点が出たら次に行きにくいでしょうが。


「そんな大翔に俺からドリンクのおすそ分けだ」

「お、気が利くじゃねえか」


 そう言って健一はコーラの入ったコップとは別のコップを長谷川に向かって差し出したのだが、俺にはそれが悪魔からの贈り物にしか見えなかった。


「サンキュー・・・マズっ」


 健一から受け取ったものを一気に飲んだ長谷川はしかめっ面をしていた。うん、やっぱりこうなるか。


「健一、これは何入れたんだ?」

「俺は白ぶどうをいれただけだよ。そこにガムシロップと砂糖をいれたのは悠真だけどね」

「高橋、お前も共犯なのか」

「は!?俺はやってないんだけど」


 案の定ろくなことをしていなかった健一だったが、その犯人を俺になすりつけてきた。やっぱりあの顔のときの健一からは逃げて正解だったな。


「僕も一緒にいたけど、高橋くんはやってないよ。先に僕と帰ってきたから」

「そうだ。俺は小栗のメロンソーダを持って先に戻ってきてるからやってないんだよ。残った健一がなにかやったんだろ」


 健一が何かしようとしたのを察したから、わざわざその場から離れて関わらないようにしたんだからな。


「チッ、あの時逃げたのはそういうことだったのか」

「自分でやったんだ。自分で責任取ってくれ」


 そして、健一は長谷川が飲みきれなかった分の飲み物を飲むことになっていた。

 一気に口の中にいれて飲み込み、コーラを使って一瞬で流し込むようにしていた。


「うげぇ、甘すぎだろこれ」

「お前がやったんだ。自業自得だろ」


 健一に対して割と辛辣な言葉を小栗が送っていた。でもそのとおりだと思った。

 その後もそれぞれが歌を歌って盛り上がってカラオケは進んでいった。俺も何曲かは歌ったが、高得点を取る、とまではいかなかった。

 何曲か進んだあたりで、一度みんな曲を入れるのを止めていた。


「なあ、せっかく集まったんだし何か面白そうなものやろうぜ」

「というと?」


 小栗がそんなことを言い出した。何か面白そうなものってなんだよ。


「王様ゲームとかもいいけど、せっかくカラオケに来てるんだし採点勝負しようぜ。負けたやつが罰ゲームな」

「いいじゃねえか。その罰ゲームってどこまでいいんだ?」

「常識の範囲内だったら何でもいいよ」


 健一が罰ゲームの範囲について聞いたところ、そこら辺はその人の良心次第らしい。個人的には健一の内容は相当だから健一には負けてほしい。

 そうして、急にカラオケ採点バトルが始まった。提案者の小栗はもちろん、いつもろくでもないことをさせようとしてくる健一も乗り気だし、長谷川も勝負事が好きなのかめちゃくちゃやる気に満ち溢れている。

 本人曰く、


「勝負に勝つ男はかっこいいだろ?かっこいい男は女の子にモテるんだよ」


 とのことだった。うん、まったくわからん。俺がモテの極意について理解出来るのは先になりそうだな。


「なあ、急に勝負することになったけど九重もそれでいいのか?」

「うん。こうなったら勝負するまで終わらないだろうけどね」

「なんかそんな気がするな」


 どうやら九重はこういった場面に何度遭っているらしい。

 なんだか長谷川が勝負って単語につられて小栗に惨敗している景色が目に浮かぶな。でも、さっき歌を聞いた感じだと長谷川にも結構分がありそうな感じがするんだけどな。


「よーし、まずは俺からだな」


 そう言って健一がマイクを握った。俺は健一がちゃんと歌っているのを聞いたことはない。さっきまでも、ふざける部分も交えながら歌っていたからな。でも、家でたまに聞こえてくる鼻歌を聞く限りだと、下手ってことはなさそうだ。


「〜♪」


 やっぱり健一は何でも卒なくこなすんだな。なんだか健一の困り顔ってほとんど見たことがない気がしてきた。

 健一が歌い終わり、採点も終わった。結果は91点とさっきの長谷川まではいかないものの高得点だった。いい加減健一の弱点とかも見つけていきたいよな。何個かは知ってるけど。


「次は俺の番だな。要するに誰よりも高い点を取ればいいんだろ?」


 長谷川は自信満々にマイクを手に取った。さっきの歌を聞いていたのでその自信にも納得がいく。

 長谷川が歌っていたのは、今流行りのロックバンドの激しい曲だ。さっきの曲とはまったく違うがこの曲も聞き入ってしまうものだった。さっきみたいな優しい曲だけじゃなくてこんなふうに激しい曲もいけるんだな。


「なんか違和感あるな。あんなにガッチリとした身体からこんなに美味い歌が聞こえてくるとな」

「そうか?あいつは案外器用なんだよ。ただ、ちょっとモテたいって想いが強いだけなんだよな」


 なんだか健一の言っていることが長谷川の言動の端々から感じられた。器用だけど不器用ってことなのか。俺は最初見た時は脳筋だと思ったんだけどな。

 長谷川の歌が終わり採点が終了した。結果は95点。さっき歌っていた曲よりも高い点数を叩き出していた。うん、これは俺が勝つのは無理そうだな。


「よっしゃー、自己ベスト更新だぜ」

「あれ?この前もっと高い点数取ってなかったっけ?」

「それは別の曲だろ?この曲はでは最高記録なんだよ」


 九重からそんな言葉を聞いて驚いた。どうやら長谷川は95点よりも高い点数を取ったこともあるらしく、今回は最近の曲だからあまり歌っていないので点数が伸びなかったと言っていた。十八番だったらと考えると末恐ろしい。


「じゃあ次は俺ってことか」


 そう言って小栗がデンモクをいじって曲をいれた。

 小栗がいれた曲はこの夏に流行っていたドラマのOPの恋愛ソングだった。男の子が好きな女の子に夏祭りで告白するという歌詞だったはず。

 なんだか既視感を感じる歌詞だな。なんでだろう。でも、歌の方は付き合い始めるのではなく、男の子の勇気が足りず友だちからというところに落ち着いた気がする。そこが違いだな。うん。

 そして、この曲を歌っている原曲は女性シンガーの人のはずなのに小栗は歌いこなしていた。

 小栗の歌が終わり採点が終了した。結果は92点。なんなの?こんなに周りが歌上手いと負ける気しかしないんだけど。


「なあ、小栗ってもしかしなくても中学の時にモテてただろ」

「そうなんだよ。陽人はモテるのに俺と健一はモテなくてズルいと思うんだよな」

「俺は告白されたことあるけどな」

「だから俺のことを置いていくなって」


 こんなに色々出来て余裕もある小栗がモテないわけがないよな。多分周りが思う美月の理想の彼氏像って小栗みたいなやつのことなんだろうな。なんだか自分で言ってて悲しくなってきた。

 そして、長谷川お前はモテなかったんだな。こうやって話すといい奴だっていうのはすぐに分かるんだけどな。モテたいって願望が全面に出てるのが原因なんじゃないかと思った。


「僕がこの後に歌うのか」

「じゃあ俺が歌おうか?」

「ううん、最後に歌うほうがい嫌だし歌うよ」


 九重がそう言いたくなるのも分かる。ここまで90点超えが三人続くという高得点祭りがあって、その後に歌うっていうのはプレッシャーが凄いからな。負けられないっていうのもあるだろうし、この連続記録を途切れさせたくないっていうのもあるだろうし。

 そんな九重が選んだ曲は少し前に大流行した失恋ソングだった。うん、な小栗が恋愛ソングを歌った後の九重の失恋ソングだから、なんだかいつも以上に心に来る物があるように聞こえた。

 今までも何回か聞いているんだけど、九重の優しい声も相まってこの失恋ソングが心に刺さった。

 九重の歌が終わり採点が終了した。結果は91点。うん、聞いてる限りもっと高くていいと思うけどちゃんと91点を取ってるあたり凄いと思う。

 あれ?これって俺が勝つには少なくとも91点は必要ってことだよね。無理じゃね?さっきまで俺は一回も90超えてないんだよ?これ勝てなくね?


「じゃあ最後は悠真だな」

「うん、まじでお前らの点数高すぎて困るんだけど」

「勝負事は勝つとモテる。だから俺は勝つんだよ」


 長谷川の謎理論は置いておいて、俺は最近良く聞いているグループの新曲を入力した。この歌は少し難しいけれど、最近聞いているので大きく外すことはないし高得点も狙いにいけると思う。

 そして、その結果は90点で高得点は取れたし、五人全員が90点以上を取るという記録を途切れさせないようには出来たが、勝負には負けた。

 おかしいだろ!普通90点も取ればこういった勝負は勝てるって相場が決まってるだろうが!


「よっしゃー、俺が一番だぜ」

「いやー、惜しかったね悠真。90点も十分高いんだけどね」


 長谷川は自分が勝ったことに喜んでいたし、小栗は俺に対してそう言っきた。そうだよな。90点は十分高いよな。なんでこれで負けてるのかが分からないんだが。


「僕は初めてこんな点数取ったから危なかったよ。90点以上なんて今日が初めてだったからね」

「じゃあ悠真には何してもらおっかなー」


 九重は少し申し訳無さそうにそんなことを言っていた。健一に至ってはまた良からぬ笑みを浮かべていた。その奥で小栗も笑みを浮かべていた。あー、絶対に負けちゃいけない勝負に負けたわ。


「さて、負けた悠真には俺たち四人から何か命令をこなしてもらおうかな」

「常識の範囲内だったら・・・」


 約一名何をしでかすか分からない狂人がいるからそいつがラインを超えていたら断らせていただきます。


「じゃあ俺は飲み物を持ってきてくれ。健一みたいに変なやつじゃなくてちゃんとしたやつで頼む」

「じゃ、じゃあ僕もそれにしようかな」

「分かった。中身は?」

「高橋のおすすめ」

「カルピスでお願い」


 俺は長谷川と九重からの罰ゲームというなのパシリをしにコップを受け取ってドリンクバーに向かった。正直このくらいのものだったら全然苦じゃないし、何回やられても大丈夫だ。

 ただ、この後に爆弾が2つ待ってるんだよな。どっちも不発弾だと助かるんだよな。

 九重のコップにはカルピスを、長谷川のコップには白ぶどうスカッシュを入れて部屋に戻った。


「これが九重ので、これが長谷川のやつな」

「ありがとう」

「さんきゅーな。あ、もう一つあるんだけどよ」

「なんだ?」


 俺はそんな長谷川の言葉に強い疑問符を浮かべずに聞き返していた。


「その長谷川っていうのは距離感あるように感じるから大翔って呼んでくれや」

「じゃ、じゃあ僕も一希って」

「俺も陽人って呼んでくれ。無理にとは言わないけどね」

「わかったよ。大翔。一希。陽人」


 俺は三人のことを下の名前で呼ぶことになった。俺が高校入って下の名前で呼んでる相手は少ないし、少し違和感はあるけど、三人ともいいやつだと思うし今後も仲良く出来たらいいと思っているので下の名前で呼ぶことには抵抗がなかった。


「じゃあそんな悠真に一つ聞いてもいいかな?」

「なんだ?」


 きた、爆弾二号。正直陽人からのが一番予想できなくて怖い。一体何を言われることになるのだか。


「悠真には彼女さんがいるじゃないか。その彼女さんの好きなところとか馴れ初めとかが聞きたいなって」

「・・・はぁ!?」


 正直想像の斜め上のものが飛んできた。


「もちろん相手のこともあるし言える範囲でいいよ」


 陽人は俺と一緒にいたのが美月だって気づいてるし、俺が美月と付き合っていることを知っているし、それを俺が隠していることも知っている。

 それでも気になるし、さっきの会話で俺が彼女が居るってことを隠さなかったことでそのあたりについて聞こうと思ったんだろう。


「正直に言わなきゃダメか?」

「うん、じゃないと罰ゲームにはならないからね」


 俺はここで覚悟を決めるしかなさそうだ。正直に言うと美月のことを名前を出さないとしても他人に言うのが恥ずかしすぎる。でもやるしか無い。えーい、こうなったらヤケクソだ!


「馴れ初めは個人情報に関わるから言えないけど、可愛いところとか優しいところ、寄り添ってくれるところとか、少し甘えたがりなところとか、困ったいる人のことを放っておけないところとか、あとは笑顔が綺麗。あとは」

「もういいよ悠真。周りが大変なことになるから」


 俺はありのままの想いを言葉にしていたのだが、途中で陽人に止められた。まだまだ言えるのに。

 でも、陽人に言われて周りに目を向けてみると、健一は腹抱えてケラケラ笑ってるし、大翔はテーブルに頭突っ伏してるし、一希は顔を両手で覆っていた。


「なあ健一、悠真っていつもこうやって惚気てるのか?」

「惚気てるっていうか人目を気にしないでイチャついてるぞ」

「そんなことしてるつもりはないんだけどな」


 俺は健一のその言葉には異議申し立てたい。俺はそんなに人の前でイチャついた覚えはない。


「とりあえず悠真が彼女さんのことが好きなのは伝わってきた」

「その通りなんだけどなんだか少し不服な自分がいる」


 そしてそこ、いつまで笑ってるんだ。いい加減笑うのやめろ。


「じゃあこの流れで俺も悠真に命令すっかな」

「甘めので頼むな」

「糖分的な話?」

「難易度的な話!」


 なんでこの流れで糖分だと思ったんだよ。


「じゃあ、今日は解散するまで語尾に『ニャン』ってつけるってことで」

「・・・は?」


 まったく意味がわからなかったし恥ずかしいけど、これを断ったらエグいものが来そうなので了承することにした・・・ニャン。

 俺たちはその後は歌より雑談がメインになっていたニャン

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