第50話 呪縛、解除。告白そして花火

 煙でカッパが混乱している間に、何体かを討ち取り仕込んでおく。

 しかし、それは最初の20秒ほど。

 じきに煙は晴れて、落ち着きを取り戻していく。


「なーんだ、クソ忍者は逃げたのかよ。しゃーねー勝家ちゃんよー、おっぱいちゃん以外は片付けておけよ」


『はっ』


 髭のカッパが刀を抜いて、せせら笑っている。

 それを唯一武器を持っている心愛さんは、震えながらもみんなの前に立った。


『腰抜け忍者にはガッカリだったが、お前らは少しは抵抗してくれよ。それでなければやり甲斐がない』


「コ、コテツさんは逃げません。その間、私がみんなを守ります」


『おうおう、活きがいいねえ。じゃあ、その勢いで俺を倒してみろよ。ほら、心臓はここだぜ、こーこ』


 心愛さんを小馬鹿にし、無防備にも目をつむって胸をつきだしている。

 周りのカッパは笑いはやし立てている。


「私はコテツさんの弟子です。そんな安い挑発にはのりません」


『へっへー、ビビってやがる。おい、みんな見てや……うぐっ、ふ、ふ、不意打ちかよ』


 二段目の隙をつき、心愛さんが腹に短刀を突き立てた。

 卑怯ではない、みんなを守るため最善を選んだのだ。

 すこし心臓は外れたが、押し込めば命は狩れる位置だ。

 他のカッパも信じられないとザワついている。


「おい、勝家が刺されるなんておかしいだろ?」


 サブローのその問いがあっても、心愛さんの動きは止まらない。

 グイグイと刃を押し込んでくる。


「ちっとも変じゃありません。後ろに守るべき人達がいますもの」


「そうじゃねえ。クソ忍者を討てと術を掛けたんだぜ。それなのに俺の配下を襲うなんて、道理に合わねえよ」


「……えっ?」


 あと少しだったのにサブローめ、余計な事を言いやがる。

 力は緩まることはなかったが、心愛さんは俺の目をまじまじと見つめてきた。


「こ、この瞳はコテツさん!」


『い、いやそれがしは勝家。うん、立派なカッパでごさるよ』


「じゃあカッパさん、あなたの名字は?」


『えっとー、た、田中?』


 その瞬間、心愛さんの瞳が涙で揺らいだ。

 それを見せられたらもうダメだ。観念して自ら変装を解く。


「コテツさんどうして、防御膜は? ああ、血がこんなに。まさか死ぬ気だったの?」


 悲痛の叫びを上げながらも、刃先は中へ押し込んでくる。

 やはり目的を達せなければ止まらないか。


「そうするのが一番だからな」


「ばかーーーー!」


 俺は知っている。

 心愛さんに掛けられたのは、サブローを倒しても解けない呪縛だ。

 心愛さんが解放されるには俺を倒すか、聖女が会得する解呪の最高位呪文であるパーフェクト・ディスペルしかない。

 だけど心愛さんはその呪文をまだ使えない。

 そうなると自然と選択肢は決まってくるし、この判断に後悔はない。


 だが残念なのは変装がバレたこと。

 心愛さんの負担にならないよう素性を隠しておければ、トラウマにならなかったはずだ。俺もトコトン詰めが甘いよな。


「なんで、なんで貴方が傷つくの。私に構わず戦ってよ」


「無理だよ、あれには勝てない。だから、動けるようになったら迷わず逃げて。そして外にこの事を伝えるんだ」


「嘘よ、コテツさんなら一人で勝てるはず。それにアレが外に出たら世界は破滅よ。私なんかより、よっぽど掛ける価値があるじゃない!」


「心愛さんとなら、世界丸ごとでもぜんぜん釣り合わないよ。どちらを取るかときかれたら、俺は心愛さんを選ぶよ」


「えっ!」


 痛みで表情が歪まないよう堪えるが、脂汗は止まらなく朦朧としてきた。

 ただあと数分だ。それで心愛さんは助かるんだ。だから、さよならをちゃんと伝えよう。


「何回同じ事が起こってもそれは変わらないよ。こんなにも君の事が大好きなんだ。何度だって心愛さんを選ぶ。だから……」


「ええええええ!」


「は、はい?」


「……す、好き?」


 最初は心愛さんがナゼ呆気にとられているのかが分からなかった。

 しかし言った言葉を思い返してみると、大好きだと叫んでいた事に気づく。


 寒気と恥ずかしさが込み上げてくる。

 俺は確実に告白をしていたよ、ああああーーー。


 自分でもどうして言ったのかと、しどろもどろになってしまう。痛みと恥ずかしさで震えてくる。


「あ、いや、ちがう。その、そうじゃなくて、えっとですねえ。これは何かの間違いでして」


「ち、ちがう、の?」


 真っ直ぐな視線をむけられる。

 すると急に世界が静かになった。まるで時間が止まったようだ。

 さっきまでドクドクと流れていた血の音さえも、いまは全く聞こえない。


 残り短い人生の岐路に俺は立っている。そう最後になるチャンスだよ。ならばキチンと伝えるべきだ。

 

「……い、いえ、違いません。……俺は心愛さんの事が大好きです、愛しています。だからです、貴女を傷つけたくはないし、大事にしたい。だからお願いだ、このまま俺を刺して殺してくれ。そして俺と付き合ってほしい!」


 い、言ってしまった。

 でも早くも後悔の念が押し寄せてきた。


 告白するなら雰囲気が大事だと分かっている。セリフや場所だって大切だ。


 だから、オーダーメイドのテーブルや料理の他に、ダンジョンの殺風景さを隠すための天蓋やシャンデリアまでも用意した。

 そうさ、全ては心愛さんに受け入れてもらうため、素敵な思い出になるようにと願ってだ。


 なのにそれが戦闘の合間だなんて、デリカシーの欠片もない。

 こんなの馬鹿丸出しで、あきれられてもしょうがない。

 その証拠に、心愛さんは無言で俺を見つめてくるよ。


 終わったなと呟くと、不意に短刀に込められていた力が弱まった。


 そしてカランと乾いた音。短刀が投げ捨てられ転がっていく。

 それを目で追っていると、ふわりと心愛さんに抱きしめられていた。


 動けないはずの心愛さんからの包容に、その意味を理解する。

 心愛さんはレベルを無視をして、強い気持ちだけでパーフェクト・ディスペルを会得をしたのだ。


 その上、サブローの呪縛に打ち勝って発動させた。まさに奇跡の人、聖女の名に相応しい。


「はい、喜んで。やっと願いが叶って嬉しいです」


 胸元から素敵な返事が返ってくると、音が元に戻っていた。

 そして回復魔法をかけられる。


 いつもの心愛さんからの温かいヒールだ。慣れているものなのに、なぜか新鮮に感じてしまう。

 いつもの笑顔、いつもの香り、いつもの愛くるしい声。

 なんだか、全てに興奮をする。


 密着した甘い香りと湿った吐息に誘われて、心愛さんの頬に触れてしまう。


「あ……」


 悶える声に釘づけになり、赤らむ頬に引き寄せられる。そして自然と唇を重ねた。

 かぐわしく、とろける、吸いつくしたい。くい込んでくる爪が愛おしい。


 とても長く、初めて味わう幸せな時間である。


「やめろやめろやめろーー。おっぱいちゃんとイチャつくな。おい、聞いているのかーーーーーーーーーー!」


 微かに聞こえてくる雑音も、俺たち二人を祝福しているよ。


「クソー、魔装鉄砲隊五千まえへ出ろ。やつに喰らわしてやれ!』


 サブローは俺をすり潰したいらしい。


 大勢の兵士は座敷や廊下では収まりきらず、庭や塀の屋根の上へと陣取っていく。

 向けられる銃口は上下左右と隙間がない。


「龍をも滅する我が鉄砲隊だ。その威力をとくと味わいやがれ!」


 サブローはうるさいが、それはさておきキスがこれほど心地良いなんて知らなかった。

 押したり回したり絡めたりと、色んな動きがあるようだ。

 くすぐったく引っ込めると押されるし、それが可笑しくなり押し返すとなぞられる。

 もう最高だ。愛を感じられずにはいられない。


「おっと、ウチの本体が楽しんでるんだ。無粋な真似はよしてくれ」


「だな、こんな禍々しい弾を撃ちやがってよ。全部返してやるぜ。うりゃりゃりゃーー!」


「同僚もやりますねえ、では私も」


 潜んでいた影の三人が壁になり、俺たちを守ってくれる。

 放たれる無数の弾を跳ね返すものだから、向こうは撃つほど数が減っていく。


「へへん、俺がやっぱ一番だな。お前ら、やる気あんのかよ?」


「んん、同僚さん。あなたは一匹ずつですが、私は二匹同時に倒していますよ? サボっているのはどちらですかねえ?」


「しゃらくせー、だったらいっぺんに五匹やってやるよ!」


 火薬のぜる音と光が花火のようで美しい。

 幾千もの光が生まれ消えていく。

 俺たちはとても幻想的な光景に包まれている。


「とても綺麗ね」


「ああ、俺たちを祝福してくれているんだよ。いつまでも続くといいね」


「うん」


 二人のためだけの花火大会を並んで楽しむ。

 肩に頭をあずけてくる重さが嬉しい。


 花火は止まり、すこしの静寂があたりを包む。


「ノーダメって嘘だろ。こうなったら魔装大筒の用意をしろ!」


『三郎さま、それは対魔王用の究極兵器です。それだと城に被害が……』


「殿様は俺だ。ごちゃごちゃ言わずに早くやれ!」


『はっ、ははーー』


 並べられた十門の大砲と鉄砲が火を吹く。

 影たちはこれを嬉々として迎える。


「大物か、お前らタイミングを合わせろよ」


「承知」


「撃ち洩らすヘマをしないで下さいよ?」


「しゃらくせー」


 飛んでくる砲弾を砲口へと打ち返す。

 着弾と同時に他の弾と誘発し、盛大に弾けとんだ。


「わー、しだれ柳だわ」


「ああ、三尺玉は迫力あるね」


「コテツさんと見れて幸せだわ」


「俺もだよ」


 腹に響く轟音のあと、バラバラバラーと小粒の余韻。

 不等間隔で続いていき、最後の一発が間をおいて咲いた。ひときわ大きな柳が空一面を彩っている。


 夏が始まる、そんな言葉がぴったりだ。

 汗ばむ空気と煙だけが漂って、動く者はいなくなった。


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