第45話 追い詰められし者たち

〈二度のS級ダンジョン攻略よりも少し前〉


 薄暗い時間帯、土のついた野菜を抱えて走る3つの人影。今どき珍しい野菜どろぼうだ。

 空が白みはじめると、次第にその姿が見えてくる。


 心愛を襲ったあの勇者サブローと、元ギルド職員の大河内純々とその妹のA子である。


 サブローには聖女への暴行罪で重い禁固刑が確定していて、純々に関しては30を超える罪状で起訴されていた。


 だがA子の手助けがあり、二人とも上告という選択肢ではなく逃走を選んだのだ。


 ただし追手の届く場所にはいられない。

 監視カメラをさけてたどり着いたのは、原初の大穴である。ここなら滅多に人は来ないからだ。


「邪魔だ、死ね!」


 ダンジョンに入るなりカッパを倒し、その横で盗った物を頬張りはじめる。日用品などを手に入ることが出来ず、そのまま食べるしかない。


「くそ、たかが忍者と女をからかっただけで終身刑はねえだろが。なんでこんな目に合うんだよ!」


「そうよ、兄々だってみんなのために頑張ってたのに、国際裁判だなんて非道すぎるわよ!」


「ああ、まったくだ。世の中は間違った方向へと進んでいやがるぜ。それもこれも全部あのクソ忍者のせいだ」


 三人とも順調な人生であった。

 生まれ持った容姿で小さい頃からモテていて、お金で苦労した事がない。

 サブローにいたっては勇者のジョブが発現し、成功を約束された未来が見えていた。


 なのに、愛染虎徹と出会いで全てが狂った。


 人々が離れていき、全てを取り上げられ、自由も奪われた。三人には到底受け入れられない事態である。

 虎徹に復讐という共通の企みを成すため、三人は手を組んだのだ。


 ただし計画があるのではない。

 数日間はもつ食料だけは集めたし、その間に考えるつもりなのだ。


 とはいえ考えれば考えるほど、怨みだけが積もっていく。

 繰り返す愚痴は虎徹への呪いばかりで、陰うつな想いに支配されていく。


「くそ忍者、くそ忍者、くそ忍者、くそ忍者、くそ忍者、くそ忍者。絶対にぶっ殺してやる」


「殺すだけじゃ足りないわ。ヤツの持っている物をすべて奪い取ってやる」


「うむ、それが妥当だな。我ら上級国民にはその権利がある」


 そうして数日が経ち呪う気持ちが濃くなる頃、ダンジョンにも異変がおきていた。

 放置されていたカッパが消え、そこへ魔素が集まってくる。


 最初はゆっくりとだが次第に加速し、魔素は凝縮されていく。

 目視できるほどのレベルで渦巻いている。素人目でも危険な状態だ。


 それを口をポカンとあけて眺めるサブローとA子。純々にいたっては、理解すらできていない。


 人型に形成されていく間、立ち尽くすのみだ。


 その人型が誰もが知る人物であり、恐怖よりも好奇心が勝り、逃げ出すのも忘れている。


 そして、その人型は語りかけてきた。


『乱心せし者共よ。困っておるようだのう。どれ、ワシと一つ取り引きをせぬか?』


 暗く芯に響く声だ。怖くもあるがサブローは聞き入ってしまう。


「あ、あんたと?」


『難しいことではない。ワシのために働け。そうすればお主の秘めた力を解放し、その怨みを晴らさせてやる』


 サブローは相手が誰なのかは分かっている。

 だけど現代には存在しない者からの取り引きだ。

 いくら愚かな勇者サブローであっても、二の足を踏んでしまう。


「あんたの見た目、もしかして織田信長か? 黄泉の世界から舞い戻ったのかよ」


『よくぞ見抜いたな、ワシこそが織田おだ上総介かずさのすけ三郎信長さぶろうのぶなが、六天魔王である。で、そちの名は?』


 現世に甦った戦国の亡霊。

 魔王として異世界へと転生していたのだ。


 それが今、サブロー達の前に現れて取り引きをさせようと企んでいる。


「お、俺は小田三郎、だ」


『なんと、やはりそうか。これは運命といえる出会いだな』


「はあ、運命だと?」


 信長は鋭い眼光を向けているが、口元は微かにほころんでいる。

 サブローは信長のペースにのせられて、つい聞いてしまう。


『うむ、ワシと同じ名前、そのままではないか。道理ですんなりと会話が出来たわけだ。むむ、もしやお主は我が子孫か? いや、あの時生まれるはずの子かも知れぬ。うむ、間違いない。お主は我が息子であるぞ!』


「た、確かに。おだ、さぶろう。き、気づかなかった。すげえ、俺はやっぱ特別なんだ!」


 はしゃぐサブローではあるが、A子は納得していない。魔物相手であっても、いつもの高飛車な態度を崩さない。


「ちょっとおかしいんじゃないの、このどん底を運命と呼ぶなんて。それに今のアンタは魔物でしょ、ずいぶんと落ちぶれたものね」


『むむむ、その口調。そちの名は?』


「え、A子よ。まさか私まで……」


『おおお、永姫か。子がふたりも揃うとは運命だ』


「えっ、姫?」


『そうだ、ワシが最も愛した娘。美貌と知性を兼ね揃えた麗しき姫だ』


「わ、分かるのね~」


 二人とも自分は他の者とは違うと自負している。

 容姿、才能、そして運命も。

 目の前に現れた人型により、それが真実だと証明されたのだ。猛る想いが押さえきれない。


「待て待て待てー、俺の名前は大河内純々だ。俺にもなんかあるだろうな、無いとは言わせんぞ」


『うーーーーーーーん、純々、純々とな。えっとー、ちゃ、茶々と字が同じかな?』


「やっぱりそうかーーーーーー。お茶々といったら主役級じゃねえかーーーー!」


「あー、兄々ズルーい。私もそっちがいい」


「可愛い妹のためか、しょうがない。ダブル茶々でいくか」


「ありがとうーーーー」


 歴史に詳しくない三人にしたら、未来が約束されたと舞い上がってしまう。

 特にサブローは顕著で、遠慮という概念がふっ飛んでいる。

 信長の肩に手をおき早く話せと急かす。


「で、信長ちゃんよー、俺らはどうすりゃいいんだよ? ちゃんと教えてくれないと困るんだよなあ」


『我ら魔物がダンジョンから出れないのは知っておるな。あれは世界の魔素が薄いからなのだ』


「……なんか難しいな。もっと簡単に言えよ」


『ふむ、簡単か。だはモンスターでも人でも良い、殺しまくって魔素を高めろ。濃くなればよりランクの高いモンスターが外へと出れる。そしてワシが外へ出れば、世界を蹂躙してくれようぞ』


「おいおい、蹂躙っていくら魔王でもたった一人では無理だろ? この俺ですら数の暴力に戦略的撤退をしたんだぞ。無謀なカケを持ちかけるな」


「そうよ、そうよ。貧乏人の奴らは虫と同じよ。遠慮なしにまとわりついてくるのよ」


「風雲児とは名ばかりだな。とんだ期待はずれだぜ」


 三人は自分の立場を忘れ態度がデカくなる。

 学生時代と同じで、いかにマウントを取るかに全てをかけている。


 こんな無礼な振る舞いであっても、信長は余裕の笑みを崩さない。

 そして右手を開き、横へとはらった。


『ふん、無策こそ罪ぞ。ワシを舐めるでないわ!』


 すると暗闇の中から、ザッザッザッと音と共に多くのカッパが現れた。

 みな揃いの装備で身を固めた軍隊で、列を保って行進してくる。


 狭いダンジョンに入りきるだけでも百匹を超えるが、それだけでは終わらない。

 カッパで埋め尽くされる度にダンジョンが拡張されて、カッパの数も増えていく。

 それは尽きる事がないのではと思わせる程の勢いであった。


 信長の命令に忠実に従うモンスター軍隊。

 魔装鉄砲隊五千を主軸にし、魔装騎馬隊に魔装大筒隊と殲滅力に特化している。


 そしてそれらの隊を率いるのは、勝家や光秀などの名を持ったS級ランクのカッパである。

 個体でも隙の無い軍隊だ。


「なんだこりゃーー!」


「いけるわ。こ、これなら連中にひと泡くらわせてやれるよ」


「ああ、完ぺきなシナリオだ。まさに勇者の俺に相応しいな」


『ふっ、これぞ魔王軍精鋭10万の全貌よ。いかなる敵も一捻りよ』


 欲と欲が混ざりあい、結合する瞬間である。

 四者がそれぞれの思惑をいだき、高笑いをするのであった。

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