第47話 大異変

 ◇◇◇◇◇


 今日は恒例となった定期依頼であるダンジョン潰しに心愛さんと二人でやってきた。


 ここは誰も来たがらない僻地のダンジョンだ。

 本来なら低級ダンジョンなんて、俺一人で十分だ。でも心愛さんを誘ったのは訳がある。


 S級攻略の影響で忙しく、二人でゆっくりと話ができていない。

 だから初心にもどり、この低級ダンジョンで心愛さんへ告白をするつもりでいるのだ。


 入念なリハーサルと、心愛さんの受け入れ体制を見極める努力。

 忙しい合間をぬって散歩をしながら、そのタイミングを伺っていたのに、これはない。


「コ、コテツさん。もしかして、私に、お話とかって、あったり、します?」


 いきなり、心愛さんから芯をくう質問が飛んできた。


「ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、ど、どーして?」


「あっ、いえ、えっと、な、なんとなく?」


「な、なんとなく、でしたか。あは、あは、あはははは……はーぁ」


 なんだろう。いつもと違う微妙なテンポだ。

 間合いも半歩近いし、ぎこちない。

 俺の計画情報が漏れたのか。それとも何かしでかしたかな。


 動揺する俺を、心愛さんはチラチラと見てくるし、なんだか早く言ってよと促されているようだ。

 これはいったい何なんだ?


 計画では、道中でこれまでの思い出を語り合い、互いの必要性を再確認する。

 そしていかに心愛さんを大事に想うかを伝え、最後はボスを倒して『愛しています』と言う。


 完ぺきなシナリオなだけに、アドリブは無理だ。


 おぼつかない足取りでダンジョンに近づいていくと、第一村人を発見した。

 ちょうどダンジョンから出てきた所で、物珍しいのか入り口付近を見回している。


 ちょっと挙動不審で、中と外を行ったり来たり。変な感じのおじさんだ。


「んん? 裸かよ」


 その人はパンツ一丁で、その田舎パワーには度肝をぬかれる。告白を前にして、変な雰囲気は欲しくない。

 えらく迷惑な人だけど、たぶん普段からその格好なのだろう。全身がしっかりと緑色に日焼けをしている。


「ち、ちがう、ゴブリンだ!」


 あり得ない光景だ。俺ら2人とも、それが何を意味するかがすぐには理解できなかった。

 だから無防備に突っ立ってしまう。


 ダンジョンが出現して以来、モンスターが外に出てきた事など一度もない。

 その理由などは分からないが、それが常識である。


 なのに、その前提が崩れているのだ。

 この目で見た。ゴブリンがゲートを越えるところを。

 それはコスプレではない本物のゴブリン。不快な声と匂いをさせて、俺らを見るなり襲ってきた。


「な、殴られた?」


 頭や急所を狙ってくる。傷つきはしないが思考が止まり動けない。


「うぎゃぎゃ?」


 もう一匹でてきた。これは現実で呆けている場合じゃない。

 手早く討ち取る。念のため体をバラすと魔石までちゃんとあった。

 やはり夢などではなかったのだ。


「コ、コテツさん、これは何が起こっているのですか?」


「分からない。でも覚悟もつ必要はあるよ。中をちゃんと調べよう」


「は、はい」


 出来れば原因を突き止めたい。無理ならダンジョンを潰す。いま考えられるのはこれ位だ。


 中の異変はすぐに分かった。

 出口が解放されているんだよ。


 いつも出口の扉は人間にしか反応せず、閉ざされたいる。

 それが通れと言わんばかり空いているんだ。


 ただモンスターもこの状況に戸惑っている様子だ。


 出口付近だけにみられるが、皆おっかなびっくり。『えっ、これって出れそう?』『えっ、マジで?』って感じだ。


 他は変化にすら気づいていない。その後は特に得るものがないので、ボスを倒して残りの雑魚も全滅をさせておく。これで脅威は失くなった。


 ダンジョンから出ても、モンスターの氾濫はみられなくてひと安心だ。


 そう心愛さんとほっとした時、ギルドから連絡が入った。


「愛染さま、緊急事態です。至急ギルドにお越しください!」


 いつになく慌てているギルマスだが、それどころじゃあない。ダンジョンのことわりが崩れたのだ。一刻も早く伝えなくてはと、話を取る。


「聞いてくれ、ギルマス。こっちの方が大変なんだ。実はな、モンスターがダンジョンの外へと出てきたんだよ!」


「えっ、そちらもですか?」


「そちらって、うそだろ?」


 会話が聞こえていた心愛さんも顔面蒼白だ。

 嘘であってくれと検索をかける。


 だがその淡い期待は裏切られた。

 次々と関連記事や動画がヒットする。しかも世界各地での話だ。

 ほぼ同時刻でおこり、止まることはなかったのだ。


 ただ幸いなのはF級ダンジョンだけでしか起こっておらず、それより上では皆無だそうだ。


 念のためギルドに向かおうとしたら、心愛さんが何かを見つけた。


「あら、そこにあるのは何かしら?」


 道の中央に二通の手紙が落ちている。

 その手紙は不自然なほど、こちらへ向かってキレイに並べられている。


 罠の気配はなさそうなので手にとってみる。

 宛名はそれぞれ俺と心愛さんへのもの。中身は勇者サブローからの招待状だった。


【今夜、原初の大穴にて楽しい合コンを開くから必ず来るように。ただし他言無用、報せたら今いる女共の命はない。会費は食料。カッコいい勇者の小田三郎より】


「「はあーー、なんて迷惑な人間なんだ」」


 完全なシンクロでハモったよ。

 サブローが逃げたのは知っていた。合コン好きなのも。


 でもだ、いまこのタイミングじゃないだろ。

 こっちにだって都合がある。

 アレは無視するべき相手だし、見なかったことにすればいい。


 そうだよと口に出しかけたのだが、いかんせ人質がいる。

 ため息を大きくついて、救出のため原初の大穴へ向かうことにした。


 とはいえ事件としては悪質だけど、実に簡単な案件だ。

 あの狭いダンジョンならば、サブローなんてすぐに捕まえられる。そう気楽に考えていた。


 でも実際に訪ねてみると、超簡単なダンジョンは何処へやら。その全てがまるで別物になっていたんだ。

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