第41話 VS 真祖

 西洋のお城をモチーフにしたダンジョンだ。

 舞踏会を催せるほどの大広間の中央に、心愛さんは一人で立っている。


 周りには俺らだけでなく影分身もおらず、安全地帯である聖域サンクチュアリサークルすら作っていない。


 俺とすずちゃんは心愛さんから離れていて、遠くに設置した聖域サークルで待機をしている。


 真祖にしたら襲うには絶好のシチュエーション。罠だと気づいてもこのチャンスを見過ごさないだろう。


 単純だけど今回の作戦は、囮を使っての釣りだ。そしてこれが一番の肝である。


 3人とも各々が緊張して待っている。

 だがその時間はそう長くはなかった。


 すぐに真祖の化身けしんである赤い霧が流れてきた。

 ゆっくりと静かだが、その動きには意志のあるのが見てとれる。


 何度も打ち合わせをしておいたが、すずちゃんにとっては初めてのボス戦だ。そんなのを見せられるので気もそぞろだ。


「コテツくん、来たよ。早くやっつけて!」


「いや、まだだよ」


 心愛さんとの距離をおいているのは、真祖に警戒心を解かせるためだ。

 実体化していない今では逃げられてしまう。

 これは真祖との我慢くらべである。


「それよりもポーションの準備はオッケー?」


「えっと、うん、それはバッチリよ」


 作戦上、万が一に心愛さんが傷を負ったとしても、その時点で俺は近くにいない。

 救おうとしたら、討伐を諦めなくてはならないので、その役目をすずちゃんにやってもらうのだ。


 重要な役割だけど難しくはない。


 傷を負ったとしても回復魔法があるので、意識を取り戻すだけで十分だ。ポーション2~3本もあれば事が済む。

 でも初心者のすずちゃんにとったら不安だろう。余分と思いつつも、全回復アイテムを渡しておいた。


 だからその責任感からか、早くやってとかしてくるのだ。


「心愛ちゃん、なんであんなに堂々としていられるのよ。ねえコテツくん、もういいんじゃない?」


「まだだよ。焦らないで」


 心愛さんの緊張が遠目からでも伝わってくる。

 なのに、心配させまいと口元は笑っているよ。


 真祖との距離は数m、真祖は徐々に実体化をし始めた。手を伸ばし、心愛さんの首にかけようとしている。


「ヤバいよ、早く早くー!」


「いや、実体化をした瞬間が勝負だよ。その時は近い、だから少しだけ静かにしてくれるかい?」


「う、うん」


 すずちゃんの心愛さんを想う優しさがよく分かる。でも焦っては心愛さんの覚悟を無駄にしてしまう。


 心愛さんは逃げ出さず、あの場で踏ん張っている。俺がオタつく訳にはいかない。


 全神経を研ぎ澄まし集中する。


 と、真祖の色がグッと濃くなった。

 次の瞬間に鋭い爪を肌に食い込ませようと力が入った、いまだ。


「忍法、変わり身の術!」


 瞬時に心愛さんと場所を入れ替わる。

 真祖には驚く間も与えない。


「忍法、口寄せの術。こい、嵐山の老狸!」


 カーーーンと、いっぱつ拍子木が鳴り、周りの景色が一変した。

 ひんやりとした空気が流れ、和風の柵が現れる。白木と垂れ幕で周りを囲まれていき、さっきまでの風景は存在しない。


「グギギギギッ?」


 真祖は逃げようとするが、時すでに遅しだ。

 この場は召還した幻獣によって、閉ざされた空間となっているのだ。


 不測の事態にあせる真祖だが、その間も拍子木を打つ音は重ねられていく。


 心地よいリズムと白木の香り。


 垂れ幕があがり入ってくる者がいる。

 それはきらびやかな着物に烏帽子えぼしをかぶり、手には軍配をもつ老タヌキであった。


 年相応のおぼつかない足取りでこちらへとやってくる。そして俺に頭を下げた。


主殿あるじどの~、ようやくお呼びくだされましたのう。まっこと有り難き~幸せにごさいます~」


 ヨボヨボの見た目とおりに震えた声だ。

 一見頼りない風貌ではあるが、限られた条件下であれば、絶対的な力を発揮する幻獣なのだ。


「このご恩に報いるため~、しかとこの取り組みを~仕切らせてもらいます~」


「ああ、じぃ頼んだぞ」


「はは~、ではさっそく。東~愛染虎徹~、愛染虎徹~」


「おう!」


 爺が相撲と同じ、取り組みの呼び出しをし始めた。


 真祖にしたら老タヌキであっても、新手の敵である。

 しかし、いっさいの見向きをしない。

 それがこの嵐山狸の特性だからだ。


 爺の役目は行司であり、勝負の行方を見守るだけだ。なのでその風貌とおりに、戦闘とは無縁である。


 しかしその強制力はすさまじく、途中退場や欠場はできない。勝負がつくまで、この結界からは双方出ることは出来ないのだ。

 そして行司に手出しは出来ない。


 まあ、そんな限定的な能力で使い勝手が悪いので、呼び出すのがはじめてだ。


「西~アルノルト・パウル~、アルノルト・パウル~」


 強い言霊ことだまを感じる名前だ。

 すべての韻に不吉さが含まれている。

 それなのに真祖の姿は洗練されている。

 まるでどこかの貴公子の如く、パリッとしたシャツに赤いスカーフと、伊達な衣装でとてもモンスターとは思えない。


 対峙を覚悟したのか、その振る舞いには優雅が感じられる。かの者のプライドがそうさせるのだろう。


 呼び上げがおわり、開始の合図はなく始まった。


 真祖は戸惑いもせず前傾姿勢だ。

 こちらも刀へ魔力を帯びさせると、真祖は警戒して後ろに飛び退いた。

 だがそれは悪手だ。間合いをつめて、渾身の力をこめて振り下ろす。


「グギギ!」


 ハイクラスでの戦いは、簡単に勝負はつかない。

 例え一振りで討ち取ったとしても、そこには何十何百という攻防がある。


 その根底には、魔力による防御膜の存在があるからだ。

 幾重にも重ねられた防御膜を突き破り、相手の核や魂を滅しなくてはならない。


「うおおおおおおおおおお!」


「ぐぎぎぎぎーっ」


 口で言うのは簡単だが相手も必死、もちろん抵抗をしてくる。

 壊された防御膜を再構築させ防御を固める。すると、こちらも負けじとまた破壊する。


 特にバンパイアの頂点にたつ真祖だ。

 その再生能力は桁外れで、破壊した先から直していく。だから、素人目だとあたかも傷つくことさえ無いと錯覚される程だ。

 それこそ不死と誤認される所以ゆえんなのだ。


「だが、それでも遅い!」


「ぐぎっ?」


 真祖はこう思っているはずだ。


『なぜこうも容易く結界が破られる?』『再構築がいつもと違う』『このままでは負けてしまう』と。


 それはなんの不思議でもない、ごく当たり前のことだ。

 圧倒的な魔力の差があれば、種族的優位は問題ではない。絶対的な力の差ですりつぶすのだ。


 単純だが複雑な攻撃。

 何十何百とある防御膜をぶち破り、再生するのを阻止していく。

 破り、進み、侵食させるのを刹那的に行う。

 でなければ魂までには届かない。


「うおおおおおおおおおおおーーーー!」


「グギギーーーーーー!」


 捉えた。


 最後の膜を破ると、あとは楽々と刃は入る。剥き出しの魂は弱々しく、とても脅威的なバケモノとは思えない。


 弱まった真祖へ最後のひと太刀。

 魂は粉々になり、真祖はこと切れた。


「勝者、愛染虎徹~」


「おう!」


 勝負は一瞬。今回もその内容は濃かった。何百回というフェイントを織り交ぜてきた真祖は、さすがと言うべきだった。

 確実に先の貴族デーモンに匹敵する実力だ。


 爺が勝ち名乗りをあげ、軍配を差し出してくる。

 刀を左手に持ち後ろへさげて、手刀で切る。


 すると軍配の上にアイテムが現れた。

 S級ボスの証である虹色の魔石と、赤い薄手のスカーフだ。


「ごっつぁんです」


「それでは主殿~この場を閉めさせてもらいます~」


「おう、爺ありがとうな」


「いえいえ~、またお呼びくだされ~」


 腰をたたき爺がそう言うと、子狸たちがワラワラと現れ爺の手をとり引いていく。同時に舞台となった白木をかたづけている。もうここは閉ざされた空間ではなくなった。


 かわいらしいその作業の中、心愛さんたち二人が驚きながら寄ってくる。


「ふわー、コテツくんって、こんな事もできるんだね。おっと、子狸ちゃんごめんね」


 ワラワラした動きに笑い楽しんでいる。


「まあな、それより二人とも怪我はない?」


「はい、コテツさんのお陰で無事です」


 心愛さんの笑顔にほっとする。

 周りに影分身を配置してあったけど、気が気ではなかったからな。

 ボスを討伐した喜びよりも勝る。


「でもなあ、ボスを討伐しちゃったな」


「ええ、残念ですね」


 心愛さんとのこの会話に、すずちゃんだけがキョトンとし何だか要領を得ていない。


「めでたい事じゃないの?」


「そうなんだけどさ、100日間のカウントダウンが始まったんだよねぇ」


「ふえ?」


 ここ数日間、真祖に邪魔をされて伝令を飛ばせていなかった。

 今頃地上では、事態を把握できずに狼狽えているはずだ。


 出発まえに散々と連絡を絶やさないよう言われたからな、ギルマスの反応が想像できるよ。


 それにマッピングだって終わっていないし、雑魚モンスターも健在だ。

 フルに100日間を活用するって計画が崩れているのだ。


 これらの情報を伝えるにも、ここはボス部屋でもないし転移装置だって使えない。にっちもさっちもいかない状況である。


「は、早めに地上へ戻ろうか?」


「大丈夫ですよ、ちゃんと説明すれば分かってもらえますよ」


「だと良いんだけどね」


 後の事を考えると胃が痛くなる。

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