第35話 さよなら純々

 明るく接してきたとしても、まずはきちんと謝ろう。それが加害者としての責任だ。


広井夜ひろいやさん、昨晩は誠に申し訳ございませんでした」


「えっ、急になんの事?」


「いや、その、無理やり、怖い思いを、えっと」


「話が見えないんだけど。順番に話してくれるかな?」


「は、はい」


 直接的な表現をさけ、しどろもどろで話していく。酔ったとかの言い訳はせずに、聞かされた事実のみを。

 自分でしでかした事だが、話していて反吐がでる。

 そして、すずちゃんも同じく感情を爆発させてきた。


「はーーーーなにそれ? コテツくん、きみ騙されているわよ!」


「えっ?」


「だから、コテツくんに私はそんな事をされてません。それにアイテムの独占契約だなんて、復讐にもならないじゃないの。ゼニゲバ商店が儲けるだけよ」


「あっ、本当だ」


 言われて初めて気づく、完全にハメられてました。

 よく考えれば所属事務所でもないのに、ゼニゲバを頼る理由がない。それほど信頼関係があるならば、そもそも契約破棄の騒ぎも起きないよな。


 それに純々の態度でおかしいなと感じる所も多々あった。

 始終ニヤついていたし、小馬鹿な態度もあった。舌を出した後あわてて隠した所は決定的だ。笑いをこらえる下手な演技でしかない。


「はーっ、やられたぜ」


「コテツくんを騙すだなんて許せない。それこそ復讐するべきよ」


「おいおい、暴力はダメだぞ」


「そうね、相手に一番のダメージを与えてこそ復讐よね。うん、私に任せてよ」


「お、おう」


 何をするのか知らないが、スマホ越しでもすずちゃんの悪巧み顔が伝わってくる。さすがは人気女優さんだ。表現力がハンパない。


「じゃあコテツくん、また後でね」


 準備があるからと通話が終わった。スッキリとしたような、しないような時間ではあった。


 ◇◇◇◇◇


 翌日、ギルドでの打ち合わせ。

 S級ダンジョン攻略についてだが、俺と心愛さんは黙って小さくなっている。

 メンバーがいつもと違うというのもあり、なんだか落ち着かないでいるのだ。


「議題は攻略ダンジョンの確定と、その後の採掘計画についてです。丸山さん、説明をお願いしますね」


 ギルマスの仕切りで会議はすすみ途切れない。


 アタック先は、バンパイアが出るS級ダンジョンだ。

 高難易度と言われているが、今の俺たちにはうってつけの場所である。

 おれ自身はもちろんのこと、レベルの低い心愛さんでも、聖魔法という強みがある。

 攻守ともに不安はない。


 そんな風に会議は粛々と進んでいるのだが、何やら廊下が騒がしくなっている。


『ちょっと、困ります。あなたは既に部外者、これは不法侵入ですよ』


『バカめ、俺はきのう関係者になっておる。この俺の機嫌をそこねると、あとで後悔する事になるぞ』


 段々と声が近づいてきて、部屋の前でとまった。

 そしてドアがひらくと、職員を何人も引きずった大河内おおこうち純々じゅんじゅんが入ってきた。


「副社長に昇進した大河内純々、くそ忍者を成敗しにただいま参上!」


 なんとも元気な挨拶だ。

 自分の正義に、ひとつの疑念をも抱いていないのが表れている。


「あのな、純々……」


「約束したのに会議に呼ばないとは、くそ忍者め覚悟しろ。お前の悪行を洗いざらい暴露してやる!」


 的外れな口上に、全員が豆鉄砲をくらった鳩のように固まっている。

 色んな意味であり得ないから、この反応は当然だ。


 まず部外者が何故この会議を特定できたのか。

 警備をくぐり抜けるのも不思議である。

 そんな犯罪めいた行動をしているのに、今から俺の暴露をするという。


 まあ、他にも色々とあるが、常識ではない事ばかりをこの男は一人でやってのけているのだ。


「あのな、純々……」


「黙れけがれし者よ、分をわきまえろ! おっとみなさん失礼、広井夜女史の泣いている姿を思い出したら、つい感情的になってしまいました。まあ皆さんは何の事か分からないようなので、この資料を参考にしてください」


 つらつら~と喋りながら、各人に資料を配布する。

 そこには俺の悪行が隠すことなく書かれており、A子の証言までも載っていた。

 内容は目を背けたくなるもので、当事者である俺ですら気分が悪くなるほどだ。


 でもゴメンな純々、ここにいる全員は昨日のいきさつを知っているんだよ。

 みんなに説明したら、まさかそんな幼稚ですぐバレる嘘をつくなんてと信じて貰えなかった。


 しかし、いざ張本人が現れてイキりまくっているのを見たら『あ~』なんて顔になっている。


 そんな冷ややかな視線を浴びながらも、純々の演説は止まらない。


「忍者、よく見ろ。これが世間の反応だ。お前は悪でクズであり女性の敵でしかない。S級アイテムを安価で売るだけでいいと恩情を与えたが、ぬるかったようだな。貴様にはもっと重いペナルティをくれてやる」


 芝居がかった責めの言葉も、事情を知っている俺たちにしたらコントにしか見えない。

 逆にこちらが恥ずかしくなり、胸がキューッとなる。ほら、みんなも同じ顔でこらえているよ。


 誰もが純々にそうじゃないよと教えてやりたいのに、まったく耳を貸そうとしない。


「そうだな、買い取り価格の10%を5%に。いや、この際だ代金ゼロでいくか、うん。それとうちの専属冒険者も決定な。だとするとランクとかも要らなくなるな。よし、SSSランクを俺に譲れ。まあ少し軽い気もするが、いまはこれ位にしておいてやる」


 悦に入ったようで、机を強く叩き弾みをつけた。彼の気分は上がりっぱなしだ。


「いいか、お前に選択権はない。何せ俺は広井夜すずに全件を任された代理人。お前が苦しむ姿を彼女にとどける義務があるのだ。だが勘違いするな、これで罪が消えるのではない。彼女の心の傷は一生のこる。それを償いつづけるのだ」


 俺と他の人に向ける表情を使い分け、ついには廊下にいる女性陣をターゲットにし始めた。


「どうですか、この男の暴挙は? 到底許せませんよね。みなさんも声を大にして叫びましょう。ノーモア女性蔑視、ノーモア愛染。これこそが貴女を救う一歩なのですーーーー!」


 あああ、もう手の施しようがない。誰も純々を止められないんだ。


「ねっ、貴女も同じ女性として共感しますよね?」


 と同意を求め、大河内純々はの肩にポンと手をおいた。


 二人の目と目が合い純々は凍りつく。


「こんにちは、ゼニゲバさん。よく舌がまわりますね」


「ひ、ひ、広井夜すず。い、い、い、いつのまにーー!」


「私ですか? 始めから居ましたけど?」


「うそーーーーーーーーーーーーーん!」


 その通りである。すずちゃんはずーっと冷ややかな視線を浴びせていたのに、純々は気づかずペラペラと楽しそうに喋りまくっていたのだ。


 その時の俺らの気持ちといったら、もういたたまれないの一言である。

 恥ずかしくて可哀想で、何度も止めたが純々は受け付けようとしなかった。


 その代償がこれだ。


「ねえ、ゼニゲバさん。私が何時いつコテツくんにいつレイプされたのですか?」


 資料を振りちらつかせるが、純々はうつむき視線を外す。


「い、いや。……それは、その」


「答えられないわよね。だって私は何もされていないもの」


「は、その、えっと、ねー」


 歯切れの悪い回答に、すずちゃんの髪の毛が逆立つ。


「もういいです。ゼニゲバさんの所とは契約を破棄させてもらいます。縁が切れば名を騙られることもないでしょうからね」


 すずちゃんから責められていた間は逃げていたくせに、契約の話になった途端、威圧的な顔になる。

 非常識な小娘として、逆にすずちゃんを責め立てようとする。


「ま、ま、まて、先月に結んだばかりだろ。そんなわがままは通じんぞ! 契約を守るのは世界の常識だ。それこそ、お前の芸能人生の終わりだぞ!」


「詐欺、恐喝、偽証、独占禁止法に労働法。違反している物を挙げたらキリがない。そんな会社とだなんて無理ですよ。でも良かったですね、着任早々として責任をとる大役が果たせますよ。出世した甲斐がありますね」


 ゼニゲバ商会が訴えられる相手は、すずちゃんや俺だけではない。

 なにせ、世界の富を独り占めしようとしたのだ。

 ギルドや経済連、下手をしたら国まで動くかもしれない。

 とうぜん世論も動く。

 親族経営の会社だと、経営陣に矛先が向きやすいからな。解体はなくても、役員の入れ換えはおこるだろう。


「ふ、ふざけるなーーー!」


「いかん、ゼニゲバを確保しろ」


 怒声をあげ襲いかかろうとしたが、駆けつけていた警備員に取り押さえれた。

 警備員さんも二度目ということもあり手慣れたものだ。猿ぐつわをかけ四方から押さえ込む。文字通り手も足も出ず連れ去られていく。


「むぐぐっぐぐうーーー!(ふざけるなあああーーー)」


「後は弁護士を通しますので会う事もないでしょう。では、さようなら」


「むぎぎ、むぎぎ、むぎぎーー(おのれ、おのれ、おのれーー)」


 なんとも呆気ない幕引きであった。

 でもこれ位が丁度いい。純々に付き合っていたら振り回されるだけだ。


「ありがとう、すずちゃん。お陰で助かったよ」


「ううん、コテツくんがアドバイスをくれたからだよ。こちらこそ、ありがとう」


 すずちゃんが証言してくれて良かった。

 純々がついた嘘は雑だけど、風評被害をバカにはできない。冒険者活動の自粛や廃業だってあり得る。

 実際に俺も覚悟をしていたほどだ。


 彼女には本当にお世話になった。礼をいうと気にしないでと笑ってくれる。


 偶然にも知り合うことが出来た芸能人の広井夜すず。短い間にとても濃い関わりを持てたよ。


 でも彼女とは住む世界がちがう。夢のような時間はここまでだ。


「じゃあな、またどこかで会おうな」


「え? は、はい」


 名残惜しそうなのは嬉しいが、少し気の抜けた返事だ。


 送ろうと出口へとエスコートしたが、彼女はなぜか再び席についたのだ。


「あれ?」


 もう用事はないのに動く気配がない。

 意味がわからず、心愛さんと二人で首を傾げる。

 なのにギルマスは『え、当然ですよ?』みたいにうなずいている。


「えっと、どういうこと?」


「はい、実はそれが今日の本題でして。お二人のパーティに、この広井夜すずさんの加入をお勧めしたいと思います」


「はーーー、なんだってーーーーーー!」


 すずちゃんって女優さんだよな。それなのにニコニコと笑っているよ。

 また何か騙される件なのかな?

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