第32話 直訴は困る

 先日のサイン会があったから言うのではないが、俺の人気はうなぎ登りだ。


 各所からの扱いは格段にあがり、まるでトップアイドルか要人かの待遇だ。


 特に各国の大使や元首が、手土産つきで会いに来る。

 その国での土地や屋敷、中には島だなんて国もあった。目的はオリハルコンの道具と、俺とのつながり。とても分かりやすいヨイショである。


 そんな非日常的なことだけでなく、変化は普段生活にもあらわれている。


 まず普通に町を歩けない。すぐに俺だとバレて囲まれる。外食もしづらく、買い物も不可能。

 唯一ダンジョンだけは危険なため一般人はやって来ない。戦いの場が安らげる時間とは皮肉なものだ。


 とまあ、嬉しくも色々と不便な日常だ。以前とは比べ物にならない位にプライベートというものが失くなった。


 それにしばらくすると、ある変化がでてきた。


 それは俺に憧れる人達が俺の真似をし始めたのだ。


 衣装から仕草まで、忠実に再現するのが流行りらしい。おれ自身でも、見分けがつかないコスプレ技術には脱帽だ。


 前までは目立つ忍者衣装だとすぐにバレたが、今ではそのコスプレが功を奏し良い隠れ蓑となっている。


 ただ中にはコアなファンはいるもので、簡単に見破ってくるのだ。

 でもそう言った人達は基本やさしい。周囲に気づかれることなく接触してくれる。


「本物ですよね?」


 来た。ボソリと耳元でささやかれる。


「こ、光栄です、そんなに似てますか?」


「いえいえ、そのままで。偽者としていいのでサインをもらえれば満足でゴザルよ」


「か、かたじけない」


 誤魔化しても意味がない。彼らは確信をもっているのだから、無駄な足掻きでしかない。


 ほら、今もまた一人近づいてきた。これは逃げられそうにもないし、きちんと対応しておこう。


「愛染さま、どうかわが社を救ってくださいませーーーーー!」


「声が大きいって。もう、こっちに来て」


 有無もいわさず土下座ときた。やさしい人とは違うパターンで、大騒ぎをして注目を集めたがる人だな。


 本人は気持ち良いかもしれないが、こちらとしては勘弁してほしいよ。やめそうにないし、その人の腕を取りひと気のない路地へと入る。


 ここならと振りかえると、またもや大声で挨拶をしてきた。


「愛染さん、お久しぶりです。この大河内純々、ゼニゲバ商店の営業部長として一生のお願いにあがりました」


 うわ、いつぞやの職員だ。関わりたくない筆頭がやってきた。

 しかもゼニゲバ商店の役員だなんて。

 立場や地位を振りかざして、やりたい放題されるに決まっている。


 煙玉を取りだそうと懐に手をいれると、純々は慌てて意外にも半歩退いた。


「身構えないで下さい。私はあれから変わりました。父の元で修行をし、愛染さんに対していかに無礼であったかを痛感いたしました。今の私は貴方の下僕。身も心も捧げるつもりなのですーーーー!」


 何処かで同じ様なセリフを聞いたよな。熱量も一緒だし、絶対にハメられるパターンだよ。


「君は変わったんだよね?」


「はい、未熟者ではありますが腐った性根は断ち切りました」


「そう、ではそのまま頑張ってな。じゃあ」


「お、お待ちを。愛染さんは女優の広井夜ひろいやすずさんをご存知ですよね?」


 不意の言葉に振り返らず立ち止まる。あの人気女優が俺やこの人と接点が無さすぎるので、逆に興味がわいてきた。


「あの千年美少女と言われてる大人気のすずちゃんか?」


「はい、その広井夜さんは愛染さんの熱烈なファンでして、どうしても貴方と合コンをしたいとご所望なのですよ」


「なんですとーーーーーーーー!」


「しかもその合コンが出来るか否かで、広井夜さんとわが社の運命が決まるのです」


 おかしな事を言い出した。だがよくよく聞いてみると話の筋が通っており、いちいち納得する内容であった。


 つい最近、広井夜すずがゼニゲバ商店のイメージキャラクターになったのは知っている。

 冒険者の格好をした広告が可愛くて、かなり話題になっている。


 ゼニゲバもやるなと感心していたが、契約に至った経緯がよろしくない。

 どう聞き間違えたのか、俺と純々との関係が良好で、それならと結んだそうだ。


「そして合コンのオファーをうけた時に、あなた様への無礼を正直に話したところ、大変お怒りになられまして、契約破棄にまで発展してしまったのです。ですから、事を収めるには愛染さんに頼るしかないのです」


「ん? ヤバいのは会社だけだよな?」


「いえ、広井夜さんの方にも莫大な違約金と、イメージダウンが発生します。我々としてもそれは避けたいのです。なので、どうかどうか、架け橋となる合コンに参加して下さいませーーーーーー」


 すがってくる純々に、傲慢だった前の面影はない。従業員と相手の立場にたち、何が最善かを考えている。

 本当にギルドでからんできたあの職員なのかと疑ってしまう。


「でも結局さ、得するのはあんたでしょ。俺には関係ない話だよね?」


「はい、ですから、ケリがつきましたら今の地位を返納するつもりです」


「えっ、マジ? ……いや、そう言って部署を変えるだけってパターンじゃないの?」


「いえ、ケジメはつけます。本気で部長職を返えします」


 まっすぐな瞳で見てくる。そしてゆっくりと頭を深く下げてきた。


 すぐに信じられないにしても、判断するには色々と試してからでも遅くはないか。

 もし嘘ならすぐにボロが出るはずさ。


「ちなみにその合コンはどこでするつもりなの? 人目がある所じゃないよな?」


「はい、○✕ホテルの最上階スイートルームを、ずっと押さえてあります」


「ずっと?」


「もちろん私の自腹で。それと料理や飲み物もホテルに見合う物を用意しました。おくつろぎ頂けるとおもいます」


 本気度合いがみえるが、もう少し踏み込んで聞いてみる。ただし、興味があると気取けどられてはいけない。あくまでも自然な態度が重要だ。

 口を尖らせて目線をそらしておく。


「で、でもさ、彼女ってドラマの撮影中だろ。忙しい時期には来れないよな」


「いえいえ、広井夜さんの希望で、夜はあけているそうです。随分と期待しているご様子ですよ」


 広井夜すずも本気のようだ。

 彼女のインタビューを欠かさずチェックしているが、好みのタイプは『誠実で影のある人』ってあったよな。

 それって俺そのものじゃん。これはなんだか真実味を帯びてきたぞ。

 それにもし嘘なら帰ればいい。彼に俺を止めれるとは思えない。


「それで……いつなの? その合コンは」


「はい、広井夜さんも待ちきれないようで、今日にでも。めっちゃ目が潤んでいましたぞ!」


「い、行きますーーーーーーー!」


 そっぽを向いていたが、声をおもいっきり張り上げてしまった。

 顔が赤くなるが、咳払いで誤魔化しておく。だって一刻も早く夜の準備をしなくちゃいけないもんな。

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