第30話 オリハルコン ②

「心愛さん、実はお話したい事があります」


「は、はい」


「えっと、俺、あのですね」


「は、はい」


「その……つまり」


 勢いだけでは言えません。自分の小心さにほとほと嫌になる。

 大きく息を吸い込むと、心愛さんも同じように息をとめた。俺の緊張が伝わり構えられてしまっている。


 うまく言葉が出てこないし、少しのがとてつもなく長く感じてしまう。


 そんなもどかしい時間が過ぎていき、焦って目が泳がせていると、その視線の中に何やら人の気配を感じたのだ。


「おおおおお、愛染さま、よくぞご無事で。肝を冷やしましたよ」


「えええっ、ギルマス?」


 心愛さんに集中していたせいで、近くにいたことに気づかなかった。それはギルマスだけでなく、鉱夫やギルド職員など多くの人達がいた。


「どうしたの、みんな揃って?」


「どうしたのじゃないですよ。いつまで経っても出てこないから、皆で心配したいたのですよ」


 顔が赤くなるが悟られる訳にはいかない。澄まして何食わぬ顔で話をする。


「あ、ああ、オリハルコンが欲しくてな、つい欲張ってたんだよ」


「ははは、我々としても残念でしたが、仕方ありませんよ」


「いや、採れたんだよ。ほら」


「へっ……な、なんですとーーーーーー!」


 オリハルコンの鉱石を取り出すと、この場にいた全員が詰めかけてくる。押し合いへし合いで動けない。


「いてててっ、あああ、ほ、本物だ!」

「どうやったんだよ、ダンナ。教えてくれよ」

「他には? うわっ、まだあるのかよ!」

「すげえー、やっぱSSSは別格だわ」

「道具は? 何を使ったんだ?」


「ま、まあな~」


 言えやしない。

 普段から使っているミスリル刀だなんて、何十日も苦労した鉱夫の前では言えるはずがない。


 尋常ではない膨大な魔力を込めろだなんて怒られる。だから、忍術の秘技とだけ言っておく。


「そっかー、秘めたるパワーかよ。そりゃ盗めるわざじゃねえか」


「いや、親方には次で活躍してもらうよ」


「ってことは?」


「ああ、道具を作るのにこのオリハルコンを回すぜ」


「おっしゃーーーーーーーーーー!」


 リベンジができると、肩を抱き合い喜ぶ鉱夫たちを見て、ギルマスだけが浮かない顔をしている。

 ちょっとした挙動不審、腰をかがめて聞いてくる。


「愛染さま、念のためお聞きしますが回す量はすべてではないですよね?」


「いや、そのまさかだよ?」


「ま、ま、まって。それだと他が黙っていませんよ!」


「でもさ、道具がなくて困ったんだぜ。それを差し置くのは無理だろ」


「そうですよ。でも、そうじゃないからー!」


 経済連やらがうるさいから、お願いだからオリハルコンを売ってくれと泣きつかれた。いつになく激しい抗議で、なかなか退いてくれそうにない。


「わかったよ。じゃあ次は必ず優遇するからさ。それで勘弁してくれよぅ」


「ううう、プラス人材育成もして下さいよ」


「ギルマス……退く気はない?」


「ありません!」


 その気迫はすさまじく、無理やり言質げんちを取られてしまった。普段は下手したてにくるクセに、こういった所が狡猾だ。


 新素材の普及で、これから時代は変わっていくだろう。ダンジョン装備だけでなく、日常や人も成長していく。


 ただしそれは急激にではあるが、もう少し後の事だ。それまでは俺が世界を引っ張っていく事になる。

 その為にも準備だと納得し、言われるがままに受け入れた。




 そして明後日、山ちゃんのラボへとやって来た。

 目的はオリハルコンの精製だ。

 以前に打診した時は断られたが、それから山ちゃんは頑張ったらしい。

 自力で学び、向こうから任せろとの連絡が入ったんだ。


「ういー、山ちゃんやってる?」


「遅せーよ、もう。で、持ってきた?」


「ういー、これの事か?」


「おおおお、それそれ~」


 いつものワチャワチャした挨拶をすませ、本題に入る。ありっ丈の鉱石をテーブルの上に広げた。


「おおお、いいねえ。これだけあればやり甲斐があるよ」


「でさ、これでどれ位の量が取れそうなの?」


「う~ん、1/10なるか1/20か。すげえ少ないってのだけは確かだよ」


「そっかー、装備一式は無理か。じゃあさ、お願いをしてた採掘用の道具を優先してよ」


「オッケー、でもまずは試しながらだな。まあ、半分もダメにすればコツは掴めるよ」


「山ちゃん、その一欠片で人や国が殺し合いを始めるんだぜ。ちょっと軽くない?」


「いいの、いいの。そんなの気にしてたら傑作品は生まれないんだぜ。コテツはそこら辺を分かっていないよなあ」


 それに沈黙で返すも、興味は既に鉱石へと向いている。怪しげな道具やらを取り出してきて、ニヘラと薄笑いを浮かべているよ。


「まったくよ。それはそうと、新しい刀を作ってくれないか。オリハルコンを採るのに曲げちゃったんだよ」


 なりふり構わず掘り起こしたからな。刀に負担をかけすぎて折れ曲がった。長年使った武器だけど、これでは役に立たない。

 山ちゃんに物を一瞥され笑われた。


「派手にやったなあ。でも材料がないからなあ、修理でいいならすぐやるぜえ」


「おおお、心の友よ。救われたよー」


「ニャハハハー、いいって、いいってー」


 ここまで酷いのを直すのは、作り手なら普通は嫌がるものだ。

 でも愛おしい変態たる山ちゃんは、挑戦できると喜んでくれる。


 テーブルの上の鉱石を乱暴にどけ、大量のアイテムを並べだす。鼻歌まじりで準備をしはじめた。


「これと、これと、これもだな。っと、アレはどこにやったかな」


 錬金術とは難しい。何万種類のアイテムの選別と、繊細な割合での調合が必要だ。スキルを持っていたとしても、そう簡単にはできやしない。


 まあ、ガサツな山ちゃんを見ると、とてもそうは見えない。適当、それがよく合う言葉だ。


「よし、準備オッケー。じゃあ始めるぞ」


「ういーーーーっ」


 山ちゃんの合図で音楽がスタート。ドラムと重低音に自然と体は動き出す。


「山ちゃん。毎度聞くけどさ、この踊りって必要ないんだよな?」


「いいの、いいの。こういうのは雰囲気が大事なの。今からやるぞって気になるだろ?」


「まあな、ういーーー」


 しこたま踊り疲れてヘタリこむ。

 山ちゃんは恍惚とし、肩で息をしながら作業に入った。


「これとこれでこうしたら……ほい、完成」


 見事ものの1分で完了。前にも増して輝き、切れ味も新品同様だ。

 山ちゃんのする事はおかしいが、腕はピカイチ、頼りがいのある男である。


「それとこれ。頼まれてた心愛ちゃんの分な」


 出してきたのは杖で、先端部には2つの虹色の珠が浮遊している。


 珠の部分は魔力をこめると形が変わる。斬る打つ穿うがつと万能ぶり。先のボスの魔石から削りだしただけあって、魔力伝導率がすぐれている。


「山ちゃんサイコーだよ。ジョブのお祝いに渡したら、きっと心愛さんも喜ぶよ」


 山ちゃんがなんだかニヤニヤしている。そのうち口笛まで吹きだした。


「なんだよ、気持ち悪いなあ」


「へへっ、それを渡す時に告白したらどうよ? ダブルのプレゼントで『うれしいー』なんてなるかもよ」


「ば、ば、ば、ばか。そんなんじゃねーって! これは弟子へのプレゼント」


「そっかな~」


 なんとも憎たらしく笑ってくる。

 告白だなんて意識をしたら、普通でも渡しづらい。

 変な事を口走りそうだし、これは落ち着くまで渡すのをやめておこう。


「それよりも山ちゃん。この後で鉱夫たちと打ち合わせだろ。出かける用意はできてんの?」


「えっ、それムリ。人が苦手だもん」


 オリハルコンでの道具製作で、鉱夫たちの手に馴染むよためには話し合いがいる。

 当然だが、作る側の山ちゃんに把握してもらわないといけない。


「ダメだよ。道具は命って自分でも言ってるじゃん。ちゃんと要望を聞いてやれよ」


「うーーーーーーっ」


 口を尖らせて駄々をこねている。

 でも山ちゃんから作らせろと言ってきたんだ。きっちりと責任は取ってもらう。


「俺も側にいてやるからさ。でなきゃ、大事なおもちゃ(オリハルコン)を取り上げられるぜ」


「う、うん」


 ぐずる山ちゃんを文字通り引きずってラボを出る。約半年ぶりの外出だからな、緊張するのも仕方ない。しっかり面倒はみてあげるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る