第26話 分身の術

 ~三人に追いついたコテツの視点。


 心愛さんには物陰に隠れてもらい、ハーパー司教と対峙する。

 でもどうやら相手は、もう心愛さんには関心がなさそうだ。


「コテツ・アイゼン。ようこそ、歓迎しマスヨー。それにしてもー、随分とお疲れのようデスネー。魔力を使いすぎじゃないデスカーー」


「いや、怒りに震えているんだよ」


 強がるが、実際にこの体には魔力がほとんど残っていない。そこら辺はちゃんと見透かしてきている。


 魔力の残っていない今戦うなら、身体能力だけでやるしかない。しかし、相手はSランク冒険者だ。それだけで渡り合えるほど甘くはない。


 向こうも勝ちを確信したのだろう。それが強気な態度に出ている。


「コテツ、意地をはらず神にこうべれなサイ。その素直な心が平和へとつながるのデース」


「平和か。じゃあ心愛さんはどうなる?」


「無論、一緒に来てもらいマスヨー。貴方に反抗されたくはありませんからネー。それは貴方にとっても好都合でしょ。愛する女と一緒になれるのですから、神に感謝いたしなサーイ」


 前にはない上から目線の物言いだ。

 脅してスカして、弱った所に救いの手を差しのべる。分かり易いが効果的なやり口だ。


 でもそれは強者がするから効果があるんだ。俺にしたら何の魅力もない。


「ひとつ提案があるんだが聞いてくれるか?」


「ホワット?」


「このまま退いてくれるなら見逃すよ。でないのなら叩き潰す。できれば弱い者イジメはやりたくないんだよ」


「よ、弱いだと! 司教である私を侮辱するノハー、神を冒涜するのと同じダゾ。許せん、神の怒りを知るがいい。食らえ、聖痕魔法・イバラの鎖カースチェーン


「ぐあっ!」


 広範囲に生えたイバラが襲ってくる。トゲから呪術を注入され体の自由が奪われた。


 幸いにも俺が捕らえられただけで、心愛さんに被害はない。駆け寄ろうとしてくるが、来るなといつもの合図を送る。


「かかりましたーネー。あとは洗脳して改宗させてあげマスヨー。ぐふふふ、これで神もお喜びになります、そして私はひとつ上へと登れるのデース。いきますよー、聖痕魔法・洗脳輪ゴッドリング


 光の輪が降りてきて、頭と胸を締めつける。ガリガリと縮まる輪が、体と精神を犯してくる。


 数秒で頭は真っ白になり、ヨダレを垂らしてしまう。あらがおうとするが、司教の魔力は強大で侵食してくるスピードが早い。


「コテツ、どうですか神に愛される気分は? 一体感がたまらないでしょ?」


「うごごこごっ」


「そうでしょう、そうでしょう。これで貴方も神の使徒デスヨー。神の清らかさと偉大さに感謝をし、その言葉に従いなさい。いいですね、貴方は従順なしもべ。神のため合衆国のため、その身を粉にして尽くすのデス。理解できたのなら、私の靴に接吻せっぷんをしなさい。それが神とつながる喜びなのデス」


 魔力が足らず司教の術に抗えない。頭では拒否をしても、体が勝手に動いていく。両手両ひざをつき這いつくばる。


「さあ、私を父と崇め身を委ねなサイ。何も考えずただ従うのデス。木偶の坊になれば、面倒はすべて見てあげますカラネ」


 甘い言葉で頭が割れそうだ。キスをすれば楽になる。


でもだ、それは到底のめないぜ。俺は司教のクツに唾をはいてやった。


「き、きさま! この恥知らずめ。このこのこのこのこのーーーーーーー!」


 俺の意思が伝わり逆情してきた。こちらは身動きがとれないのに、容赦なく急所を蹴ってくる。


「やめてー、コテツさんが死んじゃう」


【来るな、俺を信じろ】


 かすかに動く手で合図をおくると、不安そうだが従ってくれている。


「それでもまだ女をかばうとは、うるわしい愛ですネー。やはり貴方は合衆国に必要デスヨ。でもー、その前に調教がいりマスネ~。貴方が泣いて頼んでも許しません。じーっくりとしつけてあげマスヨー。こうして、こうして、こーやってデスヨーーー!」


「うぐっ、ぐっ、ぬっ!」


「いやーーーやめてーーーー!」


「ヤメマセーン、骨の髄まで神の慈悲を刷り込んであげマスネ。ソレソレソレソレーー」


 スキルや技などではない、ただの暴力だ。自戒のムチを取り出して乱打をしてくる。

 この間だけでも司教の意識は俺だけにくる。裂ける肉、飛び散る血に反応して恍惚こうこつと酔いしれ、もっと俺だけにのめり込んでくる。そう、これでいい。に意識を向けてくればいいのだ。


『調子に乗るなよ、この野郎!』


 司教の頭をから鷲掴みにし、耳元でささやく。驚いて振り返る前に、そのまま後方へ投げ払った。


「ぐえーーーー、な、な、な、な!」


 パニックになる司教は放っておいて、心愛さんとに近づく。俺が俺をダルそうに見上げてくる。


「遅いぞ、本体。すげえ痛かったんだぞ」


「ああ、知ってるよ、俺も味わってたからな」


「にしては余裕だな。体力差ってやつか」


「そうだな。ただ影よ、踏ん張ってくれてありがとう。お前がいなかったら、心愛さんを救えなかったよ」


「当たり前だ。おれはお前だ。痛みもそうだが、心愛さんを大事に想う気持ちは負けねえんだ、なめんじゃねーーーー。……でもよ、そろそろ、限界だわ。……消してくれ」


「ああ、休んでくれ。あとは任せろ」


 影は消える瞬間に笑って親指をあげていた。

 本当なら口もきけない程なのに、最後まで心愛さんを心配させまいと振る舞ったか。

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