第25話 企む二人

 ~時を少しさかのぼる。


 勇者の三郎とハーパー司教の2人が、ダンジョン入り口より離れた場所から様子をうかがっている。


 2人が狙う標的はコテツではなく、一人で待っている心愛の方だ。

 たまたま彼女を見つけ、急遽きゅうきょ打ち合わせをしている。


「へへへっ、ついにチャンスかよ。やっぱ俺って主人公だわ」


「ええ、神のご意思は素晴らしいデース。自分の愛する女を人質に取られれば、コテツも己の使命に気づくデショウ。そうなれば合衆国、しいては神のためになりますからネー」


「何とも都合のいい神だな。まあいい、それよりコテツを落とした後は、心愛ちゃんを好きにしていいんだな?」


「ええ、愛人でも何デモ~。ただ成功したらデスヨ? そうでないと、女どころか先に約束した待遇も失くなりますカラネー」


「ちっ、分かってるよ」


 勇者三郎は日本での自分のおかれている状況にうんざりしていた。

 勇者のジョブが発現した当初は、チヤホヤされ毎日が楽しかった。

 しかし勇者の使命として皆を指導していたのに反抗する者がおおく、事もあろうか足を引っ張ってきた。


 そして最悪なのが、ダンジョンコンパの失敗だ。あれを期に運勢は下降線、仲間も離れていった。


 禁固刑はなかったが、一年間のアイテム売買禁止や、マナー講習会への強制参加を強いられた。

 そして一番キツいのは、ダンジョンへの入場制限である。ギルドの許可なくては入れないのに、申請しても全て断られ続けている。


 納得のいかない処遇に取り下げを願い出ても、反省の色がないと更なる期間延長を言い渡された。


 そんな鬱積うっせきした日々に現れたのが、合衆国ギルドからの使者ハーパー司教だ。

 司教の好条件の提案にすぐ飛びついた。


 コテツの引き抜きが成功すれば、アメリカでドリームチームへの編入と、最新型装備一式をもらえる。


 勇者たる自分にふさわしい待遇だと満足し、すでに日本ギルドと決別してある。だからこそ失敗はできないのだ。


「よし、やるか」


「ええ、神が見守ってくれてイマース。成功を我らの手にー」


 そんな邪気を放っていた為、心愛はいち早く2人の接近に気がついていた。

 ただならぬ雰囲気を感じ、いつでも対応できるよう身構えている。


「この前にお会いした勇者さんですよね。それと合衆国ギルドの司教さん。私に何かご用ですか?」


「イエーイ、おひさし~心愛ちゃ~ん。ってか、そう固くならないでよ。今日はさ、お願いに来ただけなんだよねえ」


「お願いですか?」


「そうなんだよ、忍者のスカウトの件なんだけど、アイツがなかなかウンって言わないんだよねぇ~。それで俺ら困っていてさ、心愛ちゃんに協力してもらうため来たんだよ~」


「それはコテツさんが決めることで、私が口出しすることではありません」


「あー大丈夫さ。そんな面倒なことをさせないよ。ただ人質になってくれれば良いだけさ。それでヤツも嫌とは絶対に言えないからね。どう、簡単だろ?」


「な、何を言っているのですか?」


 穏やかでない話に、心愛はジョーダンかと考える。

 しかし、三郎の側にいるハーパー司教によって、そうではないと思い知らされた。


「今のコテツは悪そのものデース。なぜなら神の意思に背いているカラネー。彼のノウハウがあれば合衆国は甦りマース。それが分かっているのに、使命を果たそうとしないなら、強引にでも従わせるのみデース。つまり貴女の命を盾にすれば、彼も神の意思に従うデショウ。これは世界のためでもあるのデース」


「なんて野蛮な、そんなの許されるはずありませんよ」


「ノンノン、許されないのはコテツですよ。私の手をここまでわずらわせた罪は大きいデース。そうです、私は偉いのです。それをないがしろにするのは許せん、許せん、ぶっ殺してやるデス。ふぅー、ふぅー、なんとしてでも屈服させてやりますよ! さあ、おしゃべりはここまでネー。サブローさっさとやりやがれ!」


 興奮したハーパー司教に促され、三郎は町のチンピラのようにせせら笑っている。ゆっくりと近づき、実に楽しそうだ。


「と言うことで心愛ちゃん、一緒に来てもらうよ~」


「キャッ」


 急に腕をとられたので、心愛は驚いて短い悲鳴をあげてしまう。

 だけどそれほど体の自由は奪われていない。力の差を瞬時に読み取った。


 でも三郎は自分の優位に酔いしれ、オラつきを止めず頭巾に手をかけてくる。


「事が済んだら、俺の嫁にしてあげるからね。忍者がどんなアホ面で、それを眺めてくるかが楽しみのだぜ」


「調子に乗らないでっ!」


 三郎を振り払おうと、コテツ直伝の忍者アッパーを叩き込む。

 三郎は鼻血を出し倒れながらも、心愛の頭巾を剥ぎ取った。


 仲間の不様な姿に、ハーパー司教はため息をつく。


「使えない雑魚でしたか。まあ仕方ありません、私がやりマスカー」


「あなたは強いですよね?」


「ええ、伊達にSランクじゃありまセンよー」


 発するオーラからしても、心愛が勝てる見込みはない。

 ただ心愛はコテツの弟子である。この様な場面に出くわしても、少しも焦ってはいない。


 自分ができる事を見極め、それを確実に実行するのみだ。


「私は愛染師匠から技を受け継ぐ者です。あなたなんか怖くありません」


「ほう、賢いかと思いましたが、蛮勇でしたか。だから女ってのは底が浅いのデスヨー。同じ神聖魔法使いなら、魔力が強い方に軍配があがりマース。しょうがありませんねえ、正統正義教の教えを徹底的に刷り込ませてヤリマスよーーー」


「あら、残念。それはまたの機会にね。忍法・三十六計逃げるにかず。えいっ」


 懐に忍ばせておいた煙玉を地面に投げつけた。たちまち辺りは煙につつまれ、息をするのも困難になる。


「な、なんデスカーー。こんなの神聖魔法じゃありまセーン。サブロー、女を捕まえなサーイ」


「ぐべーー、ごほっ、ごほっ、ごほっ。無理だーーー」


「この役立たず、ぐべーーーーーー」


 Sランクのハーパー司教がダメなのに、ノックアウトされた三郎が動けるはずがない。涙で目は開かず、頼るは魔力の感知のみである。


 こうして心愛と二人の追い駆けっこが始まったのだ。


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