SSSクラスの

第17話 スカウト

 心愛さんの育成計画はすこぶる順調だ。

 カッパを卒業し、先週からウォーウルフが出るダンジョンへと移った。


 目的は多数の敵への対応だ。

 危険がないよう間引きをして、2匹を相手に頑張ってもらっている。心愛さんとしても新しい挑戦なので、嬉しそうに励んでいる。


「これで最後よ。えいーーーーーっ」


「おおお、今の位置取りとフェイントは良かったよ。それと決めポーズもグッドだよ。だいぶコツが掴めてきたね」


「はい、師匠のおかげです」


「お、おう」


 心愛さんに師匠と呼ばれるのが照れ臭い。

 普段は俺の事を名前で呼んでくるのに、教えを請うときは必ず師匠と呼んでくるのだ。


 正直に言えばうれしいよ。

 でも、恥ずかしさが勝ってしまい、ついぶっきらぼうに返してしまう。


 それはダメだと分かっている。やり過ぎれば、いつか愛想をつかされる。

 何とかしなくてはと考えた俺は、ある計画を思いついた。


 それは心愛さんの大好きな、甘味処へのお誘いだ。もちろん互いの距離を狭めるのが目的だ。

 うまく行けば、心愛さんともっと仲良くなれるはずだ。


「そういえばコテツさん、この後ギルドで打ち合わせって言ってませんでしたっけ?」


「んん? ……あああ、忘れていた。ゴメン、ここらであがっていいかな?」


「はい、アイテムもいっぱいですし、キリがいいですものね」


 計画がはやくも崩れてしまった。

 これではデートどころの話ではない。

 今日でなくてもいいのだと自分に言い聞かせるが、つい焦って口走ってしまう。


「そ、そういえば、ここの近くの甘味処がさ、むちゃくちゃ評判いいらしいよ。こ、このあと行ってみない?」


「もう、予定があるんでしょ。それに私も母と待ち合わせをしていますよ」


「そ、そうだよね。あははは……ごめん」


「そうですよ、今日はダメです。行くなら明日にしませんか?」


「あ、明日? うん、うん、そうだね、明日にしよう。うん、それがいい。心愛さん、ナイスアイデアだよ」


「うふふふ」


 断られた瞬間は視界が暗くなった。誘う練習を何度も重ねていたから、ダメージがハンパなかったよ。

 でも逆転勝利、約束がとれて良かった。


「じゃあ、また明日」


「はい、いつもの場所で待っていますね」


 そう、明日になれば心愛さんとの楽しい甘味デートが待っている。厳密にいえばデートではないが、それでも楽しいイベントだ。

 それを考えると足取りが軽い。


 風も気持ちよく吹いているので、ギルドまでの道を歩くことにした。


「あははは、なんて良い日なんだ」


「コンニチハー、アナタ、こてつデスネー?」


「ひいっ!」


 独り言の最中に、大柄おおがらの西洋人に声をかけられた。


 相手は流暢な日本語をあやつるが、俺は平均的な日本人である。ちゃんと会話が成り立っていても、外国語に対して卑屈であり、見た目だけで負けてしまう。

 つまりみんなと同じで、ヘラヘラと笑う事でしか対処ができない人種なのだ。


「ワターシは、アナタにアイニキマシタ-。さっ、コッチニきてクダサーイ」


「ちょっと待って、ウエイト。おれ行かないよ、ノーノー」


「イエイエー、わるいハナシじゃないですよ、これはスカウトです。合衆国は忍者コテツに対して、最大の敬意を払うつもりデース」


 よく見るとこの外人さんは、牧師のような格好をしている。そのうえ胸にはロザリオの代わりに、ギルドカードをさげていた。


 その視線に気づいたようで、にっこりと微笑んでくる。


「ハイ、ワタシは合衆国ギルドSランクのハーパー・ウェスティンと申します。ソシテ、正統正義教の司教デモあるのデース」


 世界共通であるSランクを表す金色のカード。その輝きは紛れもない本物だ。

 海外からの助力のオファーはあったが、直接引き抜きに来るとは恐れ入ったよ。


 冒険者あってのギルドや国である。大事な人材に手をだすのは、その国にケンカ売るのと同じ。アメリカは大胆な手を使ってきた。


「コテツ、合衆国ギルドはアナタに週255万ドルの報酬と、S級攻略ニハ特別ボーナスを用意してイマス。ソシテー決断されたその時点カラ、合衆国民としての市民権を約束シテマイマスヨー」


「待ってよ、話を進めないで」


「オヤー、性急な性分ダト聞いていましたが変デスネー。HEYサブロー、君からも話してあげナサイ」


「お久しぶりです、愛染さん。その節はご迷惑をかけてすみませんでした」


 牧師さんに圧倒されていて、その横の人に気づかなかった。

 口ぶりからして知り合いのようなので、挨拶をする。


「いえ、こちらこそ。……あれ、君は勇者の三郎、だよね?」


 思いがけない人物で身構えてしまう。横取りやダンジョンコンパの記憶しかない。嫌な予感しか浮かばない人物だ。

 だけど意外にも勇者は睨んでくる事もなく、かしこまり柔らかな微笑みをむけてきた。


「大人しくなってどうしたの? それにアメリカ側って、外国籍の人だっけ?」


「いえ、俺もスカウトされたんですよ。ハーパー司教の志に感銘をうけて、それで決断をしました」


 キラキラした瞳に白い歯。そして丁寧な言葉遣い。以前の勇者はどこにもいない、まるで別人みたいな変わりようだ。


「愛染さん、アメリカの民は苦しんでいるんです。俺は彼らを助けたいのです。勇者としての力を役立てたいんですよ。満たされたいる日本じゃなくて、共に多くの人を助けませんか?」


「サブローは変わりマシタ。もっと成長をし、救国の英雄となるデショウ。でもそれはひとりでは無理デース。仲間の力が必要デース。どうかコテツ・アイゼン、神にその身を委ねてクダサーイ」


 二人から挟まれ交互に説得される。静かにだけど信念のある話しぶりだ。でも、俺にとっては魅力のない話だ。受ける理由が見つからない。


「ごめん、行けないよ。お金には困っていないし、それにこの国でやることがまだまだあるんだよ」


「愛染さん、そんな事を言わないでくれよ。もし以前の俺が気に食わないのなら、おれが辞退するからさ。だからお願いだ、アメリカを救ってやってくれよ」


「えっ、スカウトを蹴るの?」


「ああ、俺は愛染さんが活躍する障害にはなりたくないんだ。貴方には世界で羽ばたいて欲しい。それが実現できるのは、夢の国アメリカしかないんだよ」


 答えが決まっていても、ここまで言われたら悪い気はしない。

 それに俺を嫌っていた勇者が誉めてくるのだ。そう無下にはできないよ。


「愛染さん、分かってくれよ。あんたにしかあの国を救う事ができないんだよ」


「サブロー、コテツを責めてはダメデス」


 少し興奮した勇者を、ハーパー司教が離してくれる。別に脅威を感じることはない。むしろ勇者の行動が好ましく思えるよ。


「コテツ、何を悩んでいるのデスカ? 言いにくいのなら、ワタシを神だと思い言ってみてクダサーイ」


「大した事じゃないよ。弟子をとっているからな、放っては行けないんだよ。だから、ごめんな。このままこの国にいるよ」


「そ、そんな」


 勇者は泣きそうな顔ですがってくる。それをハーパー司教が止めている。


「サブロー、もう止めなサイ」


「いいのかよ、アメリカが大変なんだろ。どうして簡単に引き下がるんだよ」


「ソレはコテツに愛があるからデース」


「あ、愛が?」


「ソウデース。他人ヲ思いやる心はサブローと同じ。ただ方向が違うダケデース。まさにコテツは愛の人。神もお認めになるデショウ。そんなコテツの意思を尊重するのは当然なのデース」


「そ、そんな」


 俺は平均的な日本人だ。

 愛って言葉を言えたとしても、人から言われるのは慣れていない。たちまち顔は赤くなり、目を伏せてしまう。


「そ、そうか。愛染さんは愛の人か。それに気づかないとは恥ずかしいぜ。愛の人、愛染さん。俺の無礼を許してください」


「お、おう。……もう行っていい?」


「また何処かで。その時は一緒に戦えると信じています」


「お、おう。……じゃあな」


 恥ずかしさで心にダメージをくらう。足取りだっておぼつかない。

 このあと打ち合わせがあるけど、体力がもたなさそうだ。


 ◇◇◇◇◇


「ハーパー司教、本当にあれで良かったのかよ?」


「うーん、良くないネー。でも彼は金や物で動かないタイプだよ。あのまま交渉しても無駄だネー」


「簡単に言うなよ。あいつを引き抜けるかで俺の待遇が決まるんだぜ。出来ませんじゃあ済まねえぞ」


 しおらしかった勇者の姿はどこにもない。鼻息が荒く、以前と同様に毒を吐いている。そしてハーパーの表情にも温かみは消えている。


「サブロー、騒ぐだけでは成功しませんよ。もっと頭を使いなさい」


「偉そうに。じゃあアンタに策があるのかよ?」


「いえ、私にはありませんが、神がお持ちです」


「でた、でた。それは愛ですって言うんじゃないだろうな?」


「その通り。愛ですよ、愛。でも、ただの愛ではありまセーン。彼が持つ愛を十分に利用するのデース。人は愛で動きます。そして愛のために、全てを投げ出すこともあるのデース。それがどういう事かを学びなさい。そして合衆国のため、神のために役立てなサーイ」


 勇者はハーパーの迫力におされ身震いをする。それほどハーパーの言葉には、力がこもっていたのだ。


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