第13話 ギルドでの出来事 ⑤

 ギルドカードの不具合で、正真正銘の文無しになってしまった。幸い食料の備蓄はあるので飢えはしない。

 でも移動するのにも支障がでて、走ってギルド本部へ来るはめになった。


 先日の支部では変な職員にからまれたので、もうあそこには行きたくない。


 それにこういう案件はたらい回しにされ、結局出来ませんと言われるのがオチだ。本部に来た方が早いはずだ。


 本部の中は洗練されたデザインで、雑多な支部とは大違い。受付カウンターにいる人たちもちゃんとしていて、この前のような事はなさそうだ。


「すみません、ギルドカードの具合がおかしくて、ちょっと調べてもらえますか?」


「あーーー、貴様は愛染虎徹ではないか!」


 怒鳴ってくる相手と視線を合わすよりも先に、額の文字に目がいく。ゴリラと俺の字で書いてある。


「あー、あの時の変な奴。そ、そうだ。あの魔石を返せよな」


「ふん、盗人ぬすっと猛々たけだけしいとはこの事だな。返すも何もあれはお前のものじゃない」


「だから何でそうなるんだよ。逆に聞くが持ち主だって人が現れたのかよ?」


 あの時はあまりにも非現実的な事態で、不覚にも慌ててしまった。でも冷静に考えればなんて事はない。こちらに不備はないし、むしろ被害者である。


「とりあえず上役を呼びな。どうせギルドカードの不具合も直さないといけないし、まとめて終わらせてやるよ」


「馬鹿め、そのカードは正常だ。俺が使えないようにしてやったのだからな」


「なに!」


「優秀な俺は貴様の正体をつかみ、失効及びブラックリスト入り手続きをしてやったのだ。カードが使えない所か、今の貴様は国だけでなく、ギルドからも追われる犯罪者となったのだ!」


 更なる非現実的で馬鹿馬鹿しいお知らせである。もう驚くのには慣れてきたが、納得はいかない。

 何故こんな勘違い野郎が、本部で働いているのか。まずそこからして変だ。


 仮にもS級ボスの魔石だ。調べれば間違いだとわかるはず。なのにその件でギルドからの謝罪は一切ない。

 それどころか、財産まで差し押さえにかかってきた。


 あまりの狂気に笑えてくる。


「悪魔のような笑いだな。だが残念、悪事はそこまでだ。ここはギルド本部、前回のように逃げられはせんぞ。見せてやる、ギルドが本気になった防衛力を。警戒度MAX、レベル5発動だーーーーーーーーーーー!」


 ゴリラ職員が高笑いをし、またもや仕掛けてきた。


 外では轟音とともに、壁がせり上がり窓や出口を塞いでいく。

 この壁はたいモンスター大戦を想定した厚さ15mもある代物だ。ギルドが誇る最強防御壁であり、絶対に破られないと豪語している。


「あの厚さか、ちょっと無理をしなくちゃいけないな」


 そうつぶやくが、大いに騒ぐゴリラ職員には届かない。聞いていたとしても、自分の成功する姿を想像して酔いしれている。


「なあ、忍者。なぜ俺たちがここで鉢合わせになったか不思議だろ。馬鹿な貴様には思いつかないだろうが、全て俺が計画したとおりなのだ。ギルドカードを使えなくなったら、ノコノコとここへやって来る。狙いとおりで笑えるぜ」


「す、全てだと!」


 この職員はどう見ても、ギルドの中枢を担う人物とは思えない。軽いし感情的で思慮が浅い。

 なのにやっている事は、大きな権限を持った者の振る舞いだ。


 まずはS級魔石を取り上げ、有無を言わさず拘束しようとしてきた。次にギルドメンバーとしての権利を剥奪。そのうえブラックリストに俺を追いやって犯罪者に仕立て上げてきた。


 そしてダメ押しは、ギルド上層部しか知らないであろう防衛システムの発動だ。


 ここまで来れば馬鹿でも分かる。そう、俺が間違っていたんだよ。

 この職員はゴリラでも、わがままなポッと出の新人なんかではない。紛れもない、彼は組織の中枢たる人物だ。俺はそんな相手と対峙している。


 何が目的かを悟らせない狡猾な策略をもち、すみやかに行動する実行力は見事だ。

 ただ一つだけ分かる目的がある。それは俺を排除しようとしているという、単純だが実に厄介なものだ。


「あんた、ただ者じゃないな」


「ふん、いまさら」


 俺は決断を迫られている。


 ありもしない罪で裁かれるのを待つのか、それともこの国を捨てるのかを。


 緊張と集中で、周りの雑音が消えていく。

 さっきまでの日常が嘘のようだ。


「日常……か。やっと見つけたのによ」


 どちらを選択するにしても、心愛さんとの約束は守れそうにない。一人前に育てるって大見栄おおみえを切ったのに、これじゃあ嘘つきって呼ばれるよ。いや、その言葉すらも聞けないかもしれないか。


 でも唯一の救いは忍者装束を渡せたことだ。

 アレさえあれば、中堅クラスまではいけるはず。

 怪我の心配はないし、お母さんと二人で暮らしていくだけなら問題ないはずさ。


「まぁ腹はきまったよ。思いっきり暴れてやるか」


「ザコ忍者がいきがるな。ギルド最強警備隊のお出ましだ。コイツらに耐えられるなんて思うなよ」


「へー、やれるモノならやってみろよ。俺はマジで手強いぜ」


 続々と警備隊が集まってきた。

 言うだけはあって、屈強な戦士ばかりだ。その後ろにはギルマスまで登場してきたか。こいつはいよいよ決まりだな。俺にこの国での明日はない。


 まずは分身術で撹乱し、火遁術の最高位で壁を溶かす。それで外に出ればあとは楽だ。忍者の隠行についてこれるはずがない。


 そろそろ潮時、息を深く吸い腹にためる。


 さらば日本、さらば……心愛さん。

 いざ。


「大河内くん、レベル5の警戒システムを発動させましたね。いったい何のつもりですか!」


「これはギルマス、お喜びください。例の極悪人である愛染虎徹を、優秀かつエリートの私が捕まえました」


「えっ、いま何といった?」


 怒号を飛ばすギルマスに、大河内はあっけらかんと返している。やはり大物だな、大した事ではないと強調している。

 かたやギルマスは反応がわるい。事態を飲み込めず俺の方に寄ってきた。


「例のって、もしやあなた様がS級ダンジョンを踏破された御仁ごじんなのですか?」


「だからそう何度も言っているだろ!」


 ギルマスは穴が空くほど見つめてきて、全身をガタガタ震わせはじめた。そして体をくの字に曲げてくる。


「愛染さま、大変なご無礼を致しまして、誠に申し訳ございませんでしたーーーーーーーーーー!」


「えっ、えっ、なに?」


 組織のトップが人目もはばからず、深々と頭を下げてきた。俺だけでなく大河内もこれには驚いている。


「ギルマス、こいつがクズで最低な犯罪者ですよ。何を勘違いされているのですか」


「ええい、その災いとなる口を閉じなさい。でないと摘まみ出しますよ!」


 あれ、影の実力者である大河内って職員が怒られているよ。それこそ何が起こっているんだろ?



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