第12話 コテツとココア

「心愛さん、本当に良いんですか。後悔はしませんね?」


「はい、コテツさんの好きな様にしてください」


「で、では……服を脱いでもらいましょうか」


「は、はい」


 しばし待つこと10分。


 ライトブルーの忍者衣装に着替えた心愛さんが、ためらいがちに物陰から出てきた。

 あまりの可愛さに心の声が漏れてしまう。


「か、かわいい」


「恥ずかしいです」


 この忍者衣装は、友に無理をいって作ってもらった特殊防具だ。

 心愛さんに戦いとは危険なものだと知ってもらうため、ダメージはゼロだが痛みや衝撃を少し感じるようにしてある。


 俺としても心愛さんが苦しむ姿は見たくはない。でも死なれるのはもっと嫌だ。それを説明し、こんな機能にしてもらった。


 そして試す場に選んだのは、『原初の大穴』と呼ばれる初心者用のダンジョンだ。

 名前は仰々しいが、出てくるモンスターは雑魚一匹と、簡単すぎると人気のない所だ。なんでも世界各地には、同じような所があるらしい。


 しかし基本を学ぶには最適で、心愛さんにはオススメだ。


「すごく小さな造りなんですね」


「ああ、入り口すぐが狩り場だから便利なんだよ」


 通路と呼ぶには短く、出入りするには楽ではある。ここのモンスターは倒すとリポップをさせる為には、一度そとへ出なくてはいけない。だけどそれを苦にならない程の距離で、気軽にできるのだ。


「危なくなったら、ここは逃げることも出来るからね。それを念頭にやってみて」


「はい、師匠」


 かわいい弟子の返事を合図に中へと入る。

 待っていたのは一匹のカッパだ。ここでしかお目にかかれない妖怪風のモンスターだ。


「心愛さん、教えた通り弱点をつくんだ。カッパならむき出しの手足だから、いきなり体とかは狙わないようにね」


「はい」


 急所にあたれば一撃でおわる。でも相手も必死で、そう易々とはさせてはくれない。

 足は機動力を、腕なら戦意を刈り取れる。そして安全になってからトドメをさせばいい。


 そう分かっていても出来ないのが普通。心愛さんもその例外ではない。被弾が多く、ときおりぐらついている。


「うっ、そ、そこですーーーー!」


 だが根性だけはある。

 ちょっぴり痛いはずなのに、殴られてもひるまずに前に出る。泥仕合といえばそれまでだけど、なかなか出来ることではないよ。


「やっと倒せましたぁ。やはり師匠みたいにはいきませんね」


「慣れだからね、焦らないで」


「はい、でもいつかは私も師匠のような、格好いいキメポーズを身につけます」


 この子は忍者がなんたるかをよく理解している。忍者とは影に生きる者だが、決して暗い存在じゃあない。己の信念を貫き、その生き様を描く。忍びとはかくあるもので、それをキメポーズとして魅せるのだ。これは育て甲斐があるよ。


「それなら休んでいる暇はないよ。どんどん周回をして自分の型をつかむんだ」


「はい、師匠」


 戦い方はゆっくりの上達だが、キメポーズに至ってはどんどんと良くなっていく。やはり光るものがある。


 心愛さんの根性と俺の熱意が合わさり、何十体ものカッパを狩った。

 もちろん魔石の取る練習もその度にしていく。とはいえここの魔石は価値のないから魔石。記念として一つを持って帰る以外は、その場に放置していった。


「ふぅーー、疲れましたーーー」


「うん、よく頑張ったね」


 ドリンク代わりに冷たいポーションを差し出す。HPは減ってはいないが、気力回復には役に立つ。


 そんな説明をしなくても、グビグビと飲むのは体が欲しているからだな。


 丸一日の練習で得たものが沢山ある。


 ポジション的に心愛さんは前衛が合っている。折れない心と瞬時の判断力は、まさに前衛向きだ。このままいけば頼もしく育つだろう。


 忍者の戦い方には色々な形態がある。

 術を使った遠距離攻撃や、手裏剣からの中近距離戦と様々。前衛と固執するのはいけないが、念頭においても良さそうだ。


「じゃあ心愛さん。初日に頑張ったし、ご褒美として夕食はおごるよ」


「えっ、いいんですか?」


「ああ、かわいい弟子のためだからね」


「弟子、ですか。(……恋人)は早いかな」


「ん、どうしたの?」


「いえ、何でもありません。お腹が空いたせいかも、あはははは」


 初日の訓練で疲れただろうから、少しでもリラックスできるお店にした。選んだのは行きつけのレストランで、最上階の夜景つきだ。

 高級店にふさわしく、食事を楽しむにはうってつけの店なんだ。


「ふわあああ、すてき~」


「いい席をとってあるからね」


「えっ、もしかしてここはデートでよく使われたりするのですか?」


「いや、いつも一人だよ。相手がいないしね」


「そう……プライベートって事ですね。うふっ」


 立ち止まる心愛さんをエスコートをし席に着く。雰囲気を楽しんだ頃合いをみて、支配人がそっと来る。


「いらっしゃいませ、愛染さま。いつもの通りでよろしいですか?」


「ああ、ジャンジャン持ってきてよ。ただ彼女は冒険者を始めたばかりだから、量を抑えてくれるかい?」


「かしこまりました」


 ワインを楽しみながら料理に舌鼓をうつ。

 マンドラゴラのテリーヌから始まり、海賊シャークのサラダなど、ダンジョン産の料理がつづく。魔力を含んでいるせいか、地上のものとはひと味もふた味もちがう。この旨味と濃さは、一度食べたらやめられない。


「おいしーい、こんなの初めてです」


「喜んでもらえて良かったよ。せっかく鍛練をしたんだから、その分栄養補給をしないともったいないからね」


 今日の出来事を振り返り、二人で楽しく会話した。ささいな事もうれしくて、なんだか幸せな時間が流れていく。




「あれ、待てよ。これってデートだよな?」


 トイレの鏡をのぞいた時に、とんでもない考えが浮かんできた。


 そんなはずはないと打ち払う。

 心愛さんとは、単に合コンで一緒になっただけだ。

 たまたまピンチを救っただけだ。

 連絡先を交換してダンジョンに潜り、楽しく一日を過ごしただけ。

 彼女の瞳が潤んでいるのは、お酒が入っているせいさ。


 何も特別な事じゃない。誰でも味わう日常さ。


「……本当にそうか?」


 いや、ちがう。これはデートで合っている。

 初のデートと意識をしたら、緊張でまともに考えられない。


 この後どうすればいい。

 事前に計画をたてても上手くいかないのに、即興でなんて難易度が高いよ。


 別の店に誘うべきか。それとも家まで送るのか。考えれば考えるほど選択肢が増えていく。

 悩むがいつまでも心愛さんを待たせる事は出来ない。それこそせっかくのデートが台無しだ。


 覚悟をきめ席に戻ろうとした途中で、支配人に呼び止められた。


「愛染さま、実は少し問題がおきました」


「どうしたの?」


「はい、愛染さまのギルドカードですが、お支払いが出来ない状態です」


「えっ、ちゃんとお金は入っているよ?」


「もちろんです。その点は疑っておりません。しかしアクセスが出来ず、カード自体に問題があると思われます」


 ツケでいいと言われたが、申し訳ないので他の電子マネーで支払った。かき集めた額でなんとか足りたが、もう一軒どころじゃなくなった。


 心愛さんを駅まで送り、そのまま別れた。次の修行は二日後と決めたので、明日中に直さないといけないな。なんとも締まらない夜になったよ。



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