第11話 ギルドでの出来事 ④

 ギルド本部、ギルドマスター室。

 慌てて走る丸山が、ノックをせずに中に入っていく。


「ギルマス、ついに来ました。S級ダンジョン踏破者の情報が届きました!」


「つ、ついにですか。よかったーー」


 不眠不休でやつれたギルマスであったが、今のひと言で一気に精気がみなぎる。

 踏破から実に9日と4時間20分たってのうれしい報告だ。


「それで、その方たちは全員でここに来ているのですか?」


「いえ、ギルド職員が情報を掴みまして、直接ギルマスにお伝えしたいとの事です」


「そうでしたか、では通してください」


「……ただ非常にユニークな風貌でして、それだけはお気にとめてお会いください」


「ん?」


 丸山のおかしな物言いに首をかしげるが、待ちに待った情報だ。はやる気持ちを押さえられずその言葉を流して待つ。


 そして入ってきたのは、歩き方に自信が満ちている男で、いたってフォーマルな人物だ。立ち振舞いにどこにも可笑しな所はない。


 ただ一点、額にある『ゴリラ』の文字を除いてはだ。


 そしてその者は高らかに話し出す。


「私は大河内純々じゅんじゅんといいます。優秀かつ実行力のある私が、大事な情報をお持ちしました」


「え、ええ」


 大河内の堂々とした振る舞いに戸惑うギルマスは不安になり、たまらず丸山に耳打ちをする。


「あれはタトゥーなのですか?」


「いえ、書いてあるのかと。今時の若者のファッションは難しいですな」


「そ、そうですか。……こほん。では大河内さん、話を聞かせてもらえますか?」


「はい!」


 そこから大河内による熱のこもった話が始まった。事情を知らなくても、誇張されていると分かるほどの彼の活躍劇。額の文字も相まって、余計滑稽に聞こえてくる。


 それは良いとして、大河内の踏破者との接触の仕方には、二人は唖然とさせられた。最大限に尊重すべき相手なのに、逆に反感を持たれる対応だった。


「そ、そうすると君はS級ダンジョン踏破者を、有無も云わさず捕まえようとしたのですか?」


「はい、極悪犯罪者ですからね。一目でピーンときましたよ。コイツはロクでもない社会のクズだ、のさばらしてはいけないと」


「み、見た目で判断をしたのですか?」


「はい、私の秘めたる力。そう、心眼と言っても良いですね」


 大河内の的外れな感覚に二人は閉口している。


 相手にするべき人物ではないが、ギルマスは頭を切り替える。

 少しでも情報を引き出すべきと判断し、大河内をうながした。


「話は大体わかりました。あとは我らで片付けますので、その方の名前を教えてもらえますか?」


「いえ、名前なんて知りませんよ」


「えっ、知らないって……嘘でしょ?」


「ギルドカードを出さない覆面野郎でした。犯罪者らしく手の込んだ手法です」


「それでは正体不明だと?」


「いえ、ご安心を。犯人は必ず現場に戻ってきます。なーに、S級魔石は取り上げてありますから、のこのこと現れた所を私が捕まえてみせますよ」


「取り上げたって。それでは完全に敵にまわしたも同じじゃないですか!」


 憤る想いに立ち上がるが、想像を上回る現実に目眩めまいに襲われる。


「ギルマス、お気をたしかに。高ランク冒険者なら、ギルドの事を理解してくれているはずです。何かの手違いと気づきますよ」


「……丸山さん、あなたがその立場で同じ事を言えますか? 散々疑われた挙げ句、大事な魔石を盗られたのですよ。私なら反ギルド派になりますね」


「世界最強冒険者が敵対とは……考えたくないですね」


 二人だけの会話が続くのに耐えられず、大河内職員が割ってはいる。


「何を弱気なことを言っているのです。それでも心配なら、このわたくし純々に現場の指揮権をお与えください。かならず捕まえてみせますよ」


 事態の深刻さを憂いる二人に対して、大河内は分かっていない。むしろここが出番と張り切っている。


「いや、その必要はないです。君はここに留まっていてください」


「えっ、それは本部へ転属ということですか?」


「ではないですが、まあそうなりますかねぇ」


「よっしゃーー!」


 これ以上の問答に実りないと判断し、大河内をさがらせる。

 退室したのを確認すると、疲れでため息を盛大についた。


「ギルマス、本当にあの者を本部におくのですか?」


「これ以上乱されては困りますからね。手元に置いて管理する方が楽ですよ。それよりも踏破者の目星はつきそうですか?」


「いえ、いま支部の映像を確認しましたが、部分的にしか映っておらず特定とまではいきません」


「くっ、手練れ、高ランク。情報が少なすぎますね」


「ええ、まるでカメラを意図的に避けているようです。その線から洗ってみます」


「頼みましたよ」


 また眠れぬ日々が続くかと覚悟する二人であった。


 ◇◇◇◇◇


 大河内純々は、ギルド本部での成功に祝杯をあげていた。

 親の言いつけで、去年大学を卒業してすぐにギルド職員となった。箔をつけるには申し分はないのだが、待遇には大きな不満がある。


 誰も自分の実力を見ようともせず、事あるごとに隅に追いやられる。そんな鬱積うっせきした毎日を送っていたのだ。


 しかし今日ついにチャンスが巡ってきた。


 馬鹿な忍者は足がつくとも考えず、高価な魔石を持ち込んできた。その情報を土産に本部へ乗り込むと、瞬く間に転属が実現したのだ。


 本部で自分の演説に聞き惚れるギルマスの姿を思い出すと、ついつい杯を重ねてしまうのだ。


「ざまあ見やがれ、阿呆どもめ」


 自分を無視する同僚たちを見返してやった。うらやましそうなあの眼差しに笑いが込み上げてくる。


「あー、純々兄々じゅんじゅんにぃに機嫌よさそうじゃん」


「おう、A子か。アホな忍者のお陰でな、ようやく未来が開けたんだよ」


「うへーっ、忍者って聞きたくもない。今度会ったら刺しちゃいそうよ」


「ん、どうしたんだ。詳しく聞かせてみろ」


 大河内純々は年子である妹のA子の話に身をのりだす。

 聞くに耐えない話であった。


 悪党忍者による妹への不埒な振る舞い。下級市民のくせに立場をわきまえていない。怒りは収まらず、ワイングラスを握り砕いていた。


「許せん。だが聞くその風貌は、今日うちに来た忍者と似ているな」


「えっ、コテツを知っているの?」


「いや、名前は知らんが……ふむ、この男か?」


「あーーー、これだよ。こいつが邪魔してきた忍者だよ!」


 兄ジュンジュンが取り出したのは、ギルド内で使う端末機である。保安上もち出し厳禁ではあるが、ジュンジュンはそれは馬鹿らしいと守ったことがない。


 そしてA子からの情報をもとに、コテツを割り出したのだ。


「けしからん、盗みだけでなくA子にまで手をだすとは。こんな奴は生きている価値などない。地獄の苦しみを味あわせてやる、ソイ!」


 手元の末端をリズミカルに操作する。

 ものの数秒で愛染虎徹のギルド権利を剥奪し、ブラックリストに挙げたのだ。


「純々兄々、それって何なの?」


「ふふふ、かなり重い罰則だよ。クエスト受注やアイテム売買の停止はもちろん、ギルドでの資産凍結&没収のペナルティだ。これを掛けられた忍者は、冒険者として終わったよ」


「それいいーー、兄々にぃにさいこーーーー!」


 自分たちの策略に満足する兄妹は、その成功を信じて疑わない。何度も乾杯をして上機嫌だ。


「あとはムジナが穴から這い出てくるのを待つだけだ。くくくくっ、どんな顔をするか楽しみだぜ」

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