第10話 ギルドでの出来事 ③

「か、彼女にしてほしいだって?」


「? いえ、弟子ですよ?」


「あっ、あはは。そ、そうだよね」


 あっぶなー。『コテツさんの彼女にしてください』だと聞こえた。モテない妄想は恐ろしい。


 すぐに間違いだと気づいたので、赤っ恥をかかずに済んだのは幸いだ。


「わたし小さい頃から、忍者に憧れていたんです。コテツさんの目にも止まらぬ動きや華麗な忍術。本当に格好よかったです」


「い、いやそれほどでも」


「わたし思ったんです。自分もこうなりたい。あんな自由に暴れてみたい。習うならコテツさんしか師匠はいないって!」


 心愛さんに言われると素直にうれしいものだ。

 でも浮かれて、はい、そうですかとは言えないよ。

 冒険者の毎日は怪我をするのが当たり前だし、死ぬ危険だってある。それと戦いなんて心愛さんには似合わない。そう考えれば受ける理由がない。


 よし、断ろう。嫌な役目だけど、冷たく言い放てば諦めるだろう。そう口を開きかけたが、その前に心愛さんがポツリと。


「それにお母さんの仕事もどうなるか分からないし、私も稼げるようになりたいんです。勝手な事とは分かってますが、どうか私を弟子にしてください」


 ダメ、そんなの聞いたら決心がゆらぐ。でもきっぱりと断ろう、それが最善の決断だ。


「分かりました、心愛さん。ばっちり全部教えるよ!」


「あ、ありがとございます」


「あっ、しまった」


 気づけば、思っていた反対のことを口走っていた。

 取り返しはつかないが、こうして心愛さんの弟子入りは決まってしまった。


 いや。本当に断ろうと思ったんだよ。でも心愛さんの決意は固く、そして可愛かった。これに逆らうのは難しい。逆に考えればこれは運命。つまり仕方ないことなんだ。


 腹をくくるしかないし、それに装備や何やらと準備することは沢山ある。

 二日後に落ち合う約束をし、単身でギルドにやってきた。むろん五人の件である。


 映像の他に野次馬の証言など、数々の証拠がある。ギルドがどう判断するかは知らないが、五人にとっては良い薬になるだろう。


「えーっと、ここの支部は混んでいるなあ。おやっ、あそこだけは空いているぞ」


 そこの受付には体格はいいが、少しだらのしない中年男性の職員がいた。まあ、見た目で能力は判断できないし、ここに決めるか。

 まずは手間のかかる勇者の報告はあとにして、忘れていたS級魔石の換金をお願いしよう。


「あのー、魔石の査定をお願いします」


「はあ、面倒くさい。空気読めないヤツは厄介だな」


 職員は一瞥をしてきたあと、舌打ちをしてくる。

『態度わるーーーーっ』と言いそうになるのを我慢する。どうせ、数分の付き合いだし、他へ並び直すのはいやだ。


 帰れと手で追い払ってくるのを無視し、インベントリから魔石を取り出す。


「S級ボスの魔石なんで、慎重に扱ってくださいよ」


 職員は七色に輝く魔石を目の前にして固まっている。

 S級魔石の価値は高い。ギルドとしても必要だから、これ以上ごねることはないだろう。


「き、き、き、き!」


「ええ、希少なS級です。雑魚のはお売りしますが、まずはボスの査定をしてください」


 そう言いつつ勇者の件を此処ここでするか思案する。いい加減な対応にされても後で困るしな、報告はいつもの支部にしよう。


「貴様ー、これをどこで盗んできたーーー!」


「はい?」


 唐突の言いがかりに頭が真っ白だ。


 俺の知らない間に、窃盗事件がおきるほどS級魔石がそんなに出回っていたのか?


 それが本当ならば穏やかじゃない。S級魔石を取ってこれるのは実力者のみ。そこから奪うなんて、普通は起こりうる事ではない。


「あ、あの盗んだのではなくて、それは先週一人で狩ったものです。ほら、新宿にあるデーモンダンジョンがあるでしょ。そこの雑魚の魔石がその証拠ですよ、ねっ」


「センスのない嘘をつくな。勇者ならいざ知らず、コスプレ忍者が一人でS級をだと? もしそれが本当なら、お前は世界中でチヤホヤされる有名人だ。なのにどう見てもお前は陰キャの二軍、主役の器じゃない!」


 人が気にしている事を遠慮もなしに言ってくる。ダメージが大きすぎて足にきた。


 その隙に魔石は奥へとやられた。


「どうせ余罪だらけのゴロツキだろ。この際だ、装備やアイテムは没収する。すみやかに全て出せ」


「待ってよ、そんな権限はギルドにないだろ。いや、根本的に盗んでないし、失礼にもほどがあるよ」


「おいおい、権限はあるだろ。俺は上級国民だぞ?」


「えっ、ちょっと待って。何その上級って?」


「はー、貧乏人はそれすら分からんのか。まあいい、四の五の言わずさっさと差し出せ」


 心底小馬鹿にしたタメ息をつき、ぶっきらぼうに手を出してくる。戸惑っていると、早くとしろと手を振ってくる。


 これか。これが空いている原因だったか。

 それを見抜けず並んだのだから、これは完全に俺が悪い。街中だから気が緩み、危険察知を切っていたせいだ。


「もういいですよ、他へ行きますのでさっきの魔石を返してください」


「バカめ、既に金庫のなかだ。逃げられると思うなよ。貴様に似合うのは手錠のみだ。警備員を呼ぶから大人しくしてろ」


 なんとも意地悪な顔で緊急ボタンを連打している。

 けたたましい音がなり、四方から武装した人たちが集まってきた。

 隊長らしき人が職員の側に寄る。


「大河内さん、何が起こったのですか?」


「S級魔石の強奪犯人を追い詰めた。あとはお前らに譲ってやる」


「えっ、強奪犯?」


「えっじゃない、さっさと捕らえろ。折角の本部へ売り込めるチャンスなんだ。失敗して俺のエリートコースを邪魔をしたら、お前らの未来はないと思え!」


 警備員たちは眉をひそめながらも、距離をつめてくる。説明しようにもあの職員がわめくので、俺の声は届かない。

 昨日から散々だ。勇者やギャルにからまれるし、今度は頭の固いギルド職員ときた。いきどおりを超えて無でしかない。


 いや、待てよ。そもそも誤解なんだから、説明する義務もないか。

 そう吹っ切れたら、次にすることは簡単だ。


 煙玉を床にたたきつけ煙幕をはる。

 撹乱したタイミングに隠行術おんぎょうじゅつをかけたので、もう見つかる心配はない。


「各自、周囲を警戒しろ」


「ゲホッ、ゲホッ。逃がしたら貴様らのせいだからな。げーーーーーーっ」


 ギルド内は大混乱し、あとは俺の独壇場だな。

 でも肝心の魔石を取り返せる見込みはない。だからと言って、何もせずに立ち去るのはしゃくだ。


「あっ、そうだ。あれを試してみるか」


 ふと、友が作ってくれた魔法油性ペンを思い出す。

 特殊なインクを使っていて、一週間は何があっても消えないらしい。で、時間がきたらキレイさっぱり消えるという、なんともヘンテコなアイテムなんだ。友が会心の出来だと自慢するのは、決まってこんな物ばかりだ。


 そんな愛らしく変態的な友が作ったアイテムを使い、俺の悔しさを表現する。


「『ゴリラ』っと、これで良し。さっ帰ろ」


 言いがかり職員の額に太字で書けたので、すこしは気が晴れたよ。

 残りの憂さ晴らしには、牛丼のやけ食いをしようかな。

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