第42話 うっかり、相手の票を削り取ってしまった

 選挙戦が始まり2週間目になると風向きが変わってきた。リックの支持に回るものが出てきたのだ。大学の新聞部のアンケート調査でバティスの予想獲得票数は1100弱。辛うじて過半数を上回っているが、当初よりも苦戦していることが判明したのだ。

 そしてリックにはバティスが減らした票数がそのまま加わった。予想獲得数は600弱。カールと合わせてぎりぎり過半数に届かないところまで詰めてきたのだ。


「これはどういうことだ!」


 バティスは新聞部の号外を見て思わず叫んだ。予想外の展開に焦燥感が沸き上がる。


「減ったのは政経学部と文学部票ですね」


 選挙参謀は冷静に票数の分析をする。これも新聞部が調べたデータが掲載されている。


「……王太子殿下の支持が裏目に出ましたね」


 バティス陣営の目論見はエルトリンゲン王太子の支持とキャビネットへの参加で貴族票や王家の威光によって平民票も増やすことであった。元々1300近くあった票に少なくとも2,300票は上乗せし、圧勝する予定であった。


(それが逆に300票も失うとは……)


 バティスの誤算は王家の威光が、学生たちには思うように響かなかったことだ。王国内の身分制が平民の台頭で形骸化しつつあるということだ。大学内は設立当初から、学問の前には身分差はないという校風があった。3割が貴族等の特権階級。7割が平民の学生が占めている。


(だからこそ、貴族OBが築いてきた伝統、権威を守らねばならない)


 バティスは貴族の生まれながらにして、国家に身を捧げ、率先して人が嫌がる仕事を引き受けるべきだと考えている。王族や貴族が敬われるのは、そういう義務を果たすからだ。それは大学内であっても同じだ。


(しかし、リック陣営に入ったあのお姫様は大貴族だ。かえって平民票を失うと目論んでいたが……)


 バティスの予想は見事に裏切られた。

 なぜなら、クローディアは平民の指示を失うどころか、むしろ好感をもって受け入れられたのだ。

 それはクローディアが自ら募金箱をもってリック陣営の選挙資金を集めたこと。これには見ている学生全員が驚いた。

 中には(自分で選挙資金すべてを援助すればよいのに)と陰で悪態をつくものもいたが、声を張り上げ、わずか1枚の銅貨でも笑顔で頭を下げるクローディアにみんな改心した。


「クローディア様は実家の資金で援助しないそうだ」

「どういうことだ?」

「学生らしく裸一環で戦うことがこの選挙の意義だということらしい」


 それだけではない。学生たちに不要になった服や靴、アクセサリーを供出し、それをチャリティと称して売ることで資金を集めた。自分も小さい頃に来ていたドレスを供出する。

 これは大学内だけではなく、街の住人にも公開しているので大いに賑わった。集めた選挙資金のうち、10%は戦争孤児の暮らす孤児院へ寄付することも公言していた。

 貴族出身ということで豊富な資金を誇るバティスは、その面で嫌われた。リック陣営が工夫してお金を集めることは、バティスの優遇されている面を否応がなしに平民学生に宣伝される。

 それだけではない。選挙後は副会長に就任するエルトリンゲン王太子は、ナターシャと優雅にキャンパス内をイチャコラと遊びまわっており、この面でも人気を落とした。それにナターシャは属する文学部内でも嫌われていた。

 元々、コネで合格したことは明らかであるにも関わらず、態度が傲慢で上から目線。平民出身なのに同じ平民を見下す態度が嫌われた。

 バティス陣営の政経学部と文学部からの票の離脱予想は、この2人の態度も大きく左右していた。

 投票日となった。

 学内の大ホールに多くの学生が集まる。ほぼ全学生が入るこの大ホールで最終演説会が始まるのだ。

 バティス、カール、リックの順に演説が行われる。バティスはこれまで副会長としての実績を元にこれまでの政策の継続と学生がより学びやすくなる政策を約束した。

 カールは理系学生が学ぶ教室の改善と予算の公平な執行を唱えた。リックは平民学生の権利の拡大と今後の進路の公平な選択を訴える。

 演説者の直後に応援演説が許されている。立候補者が公約を語ることが中心となるため、応援演説は候補者の人柄や実績を中心に話すことになる。

 それぞれの候補者は実直で真面目。そして自分を支えてくれる人物を指名していた。バティスもカールも応援演説者は彼らの人格と実行力を褒め称えた。

 そしてリックの応援演説者の順番になった。応援演説する人物の名前は、事前には知らされていない。よってその人物が演台に立ったことでどよめきが沸き起こった。

 クローディア・バーデン公爵令嬢である。

 凛としたたたずまいと少し緊張した面持ちが見ている学生にも緊張を強いた。

 貴族出身の学生も平民出身の学生もみんな固唾を飲んで見ている。

 みんな噂ではクローディアが平民のリックを支持しているとは聞いていたが、本当だとは思っていなかったからだ。

 悪役令嬢と噂のクローディアは、高慢で平民を見下し、王太子の恋人を徹底していじめるキャラとしてのイメージが先行していたからだ。

 しかし、彼女はボランティアで選挙資金の募金活動やチャリティでも先頭に立ち、そのような悪評を覆す姿を一部学生に見せていた。

 事前調査の投票動向の変化に大きな貢献をしていたのだ。


「みなさん、リック候補の決意を聞いたでしょう。リック候補は革新派とみなさんは思っているでしょう。でも、それは誤解です。彼はこの大学の建学精神に立ち返り、長らく作られてきた理不尽な風習を改めようと言っているのです。これは革新というより、さらなる成長です。よき伝統を残し、そしてさらに成長していく。そういうビジョンをリック候補は示しているのです」


 クローディアの美しい容姿と凛としたスピーチに、会場を埋め尽くす学生は思わず息を飲む。いつの間にか会場外にも学生が集まり始めた。


「確かにリック候補は貧しい家庭の出身です。しかしそれがポリスの会長。キャビネットのリーダーとしてハンディキャップにはなりません。なぜなら、このボニファティウス王立大学は、出自や家柄は評価の対象ではないからです。優秀ならばそれでよいのです。貴族出身の学生は面白くないと思う方もいるかもしれません。でもどうでしょうか。あなたはこの大学に家の力で入ったのでしょうか」


 ここでクローディアは言葉を止めて会場を見渡す。この大学の学生はほとんど実力で入学している。貴族出身者の学生もほとんどがそうだ。

 家のコネで入った貴族出身の学生はほんの一部だ。そしてクローディア自身も王国内で相当な権力をもっている公爵家の令嬢であるが、入学試験2位という結果が示す通り、実力を示して合格を勝ち取っている。これは周知の事実だ。

 貴族出身の学生も自らの努力を思い出した。貴族とはいえ、地位はあまり高くなく、地方でしか通用しない身分の者もいる。

 これまで貴族であるという誇りで平民を見下していた自分が、所詮は中央の大貴族から見れば同じであるということに気付いたのだ。


「違いますね。あなた方はあなた方の努力と才能で今、ここにいるのです。リック候補はそういう学生の代表です。それを忘れて欲しくはないのです」


 クローディアの演説は見事なものであった。

 終わった時には会場が割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


(やられた……)そうバティスは思った。クローディアの演説でかなりの数の学生がリック側に流れるはずだ。

 そしてすぐに投票が始まる。

 投票は1時間ほどで終了し、すぐに開票作業が始まる。投票数は2000票あまり。学生は投票が義務付けられているので不在者投票も含めて、ほぼ全学生が投票する。

 結果は夕方の6時に判明した。選挙管理委員会に派遣されていた3陣営のスタッフが結果をもって事務所のある教室へ駆け込む。


「バティスさん、結果が出ました……。1位バティス・ロージャ、987票」

「嘘だろ!」


 バティスも選挙陣営のスタッフも思わず立ち上がった。1200票以上あった票が見るも無残な結果になっている。


「2位はリック・フレス……726票」

「726票……こちらが失った票そっくり奴に取られたということか」


 バティスは唸った。それだけでない。3位のカール・クラウスが303票なのでここも180票近くリックに流れている。


「だが1位は確保した。決選投票になる」


 バティスは落胆したが予想していなかったわけではない。こういう状況も想定していた。そして手も打っていた。


(結果は不満だが負けたわけでもない。そして勝利はこれで確定したと言ってもよい)


 過半数が取れない場合、1位と2位による決選投票となる。決選投票は学部代表者が投票する。いわゆる選挙人制を取っている。

 学部代表者が投票した側にその学部の学生全ての投票数が、投票した候補者に加えられるのだ。


「しかし、理系学部は全てリックに投票数するのでは……」


 それが選挙前の下馬評であった。理系学部の5学部。医学部、看護学部、薬学部、農学部、工学部の500票はリックに投票するだろう。文系学部は6:4でバティスだが、理系学部の支持がないと完全に負ける。


「心配ない。すでに手は打ってある……真のリーダーは窮地に陥ってもそれを予想しておくものだ」


 バティスはそう言って選挙参謀に目で合図をした。選挙参謀の学生は頷く。自分とバティスだけ知っている極秘の作戦を実行する時がきたようだ。

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