第41話 うっかり、馬鹿な女にのぼせてしまった
「ねえ、殿下~」
甘えるようなねっとりした音程でナターシャはエルトリンゲンの手を取る。そして指を絡ませる。王太子はそんな寵姫の仕草に顔を崩す。
「なんだ、ナターシャ」
「将来の国王陛下がポリスなどという学生組織の副会長なんて、お立場を考えればふさわしくないですわ」
「ああ、その話か……」
エルトリンゲンは指を絡ませた手を外して、ナターシャに頬に軽くキスをする。この女は可愛らしく自分に癒しを与えてくれるが賢くはない。政治的な素養は皆無である。だからエルトリンゲンは一緒にいて心地よいと思っているのだ。
「この大学の学生の多くは近い将来、余の臣下となり働く。今回の会長も誰がなっても同様だろう。全て余の臣下だ」
「その臣下の下に付くのはどうかと、わたしは思いますけど?」
「ふふふ……。それが違うのだ。敢えて下に付くことで余の懐の広さを皆に知らしめる。そして3年生になったらそのまま格上げで会長になる」
ナターシャは複雑な顔になる。エルトリンゲンは彼女の頭が悪すぎて理解できないのだと思った。しかしそれはさすがに違った。
「殿下が副会長や会長になられたら、忙しくなります。わたしと遊んでくれなくなるのはさみしいです」
「おお、お前は本当に可愛い奴だな。余は満足だ」
エルトリンゲン王太子は思わずナターシャの髪に触れる。どうやらこの女は政治的なことが分からなくて自分に聞いてきたわけではなかった。自分と一緒にいる時間が少なくなることだけを心配しただけなのだ。
かわいいことを言ってくれるナターシャに惚れ直す。これがクローディアならそういう発想はしないだろう。
もちろん、エルトリンゲンは副会長になっても会長になっても仕事をまともにするつもりはない。そういうのは周りの学生がやることだ。これは王になっても同じだと考えている。
(王に必要なのはすべてを臣下に任せる度量だ。そして人を見抜く力だ。それさえあれば、王は決断するだけの仕事だ。あとは後継者をつくる仕事にいそしめばよい)
「心配するなナターシャ。余は名前を貸すだけだ。大学での勉強以外の時間はお前と共に過ごすつもりだ」
「殿下、うれしいです~」
ナターシャはそう言ってエルトリンゲンの腕に絡みついた。そんなナターシャを愛し気に見る。今回の選挙も支持表明はしたが具体的に自分が何かをするつもりはない。応援演説すら断った。そんなことは未来の国王がすることではない。王太子が支持しているというだけで十分だ。大半の学生はその名にひれ伏し、バティスを当選させるだろう。
(国王は臣下に任せる度量があればよい。あれこれと口出しをするのは暴君がすることだ。王の務めは未来永劫、王家を継続させることだ)
エルトリンゲン王太子は、要するに女性とよろしくやることが君主の仕事だと考えているのだ。ナターシャを王妃にするつもりではあるが、もちろん、女は彼女一人だけではない。あまたの美女を侍らせ、君主として王家の存続のための務めを果たすのだ。
クローディアが王妃ならそんなことは決して許さないだろう。さらに政治に関われとうるさく言われるし、彼女自身が乗り出すに決まっている。
(そんな面倒なことに巻き込まれてたまるか!)
エルトリンゲンはクローディアの能力を評価している。できる女であるが、分をわきまえない。彼女が王妃になれば、王をないがしろにするだろう。それは国王である自分の安寧を揺るがし、国を危うくすると考えている。
「そういえば殿下。クローディア様がリック先輩の支持をしているって聞きました?」
エルトリンゲン王太子は、ナターシャが急にクローディアのことを話題にしたのでドキッとした。クローディアのことを考えていたことを察したのだろうかと思ったが、ただの偶然であろう。
「クローディアが?」
「はい。貴族の方々の中で話題になっていました。裏切り行為だとみんな罵っていましたわ」
「それはそうだろう。バティスは伯爵家の出身。貴族代表ともいえる。リックは平民だろう。しかも大学の民主化をさらに進めるとか言っている。貴族からすると面白くないだろう」
平民も大学で学べる時代となり、国の中枢にも平民が食い込んできている。みんな優秀ではあるが、エルトリンゲンとしては好ましくないと思っている。父である国王は能力主義で身分に関係なく要職に就かせる政策を取って来た。そのおかげで衰退の一途をたどっていた王国も持ち直してはいる。
(だが、おかげで平民どもが調子に乗っている。余の代にはこれを修正しなければならない)
国の秩序は身分制度の厳密な適用で成り立つと王太子は考えている。欲望を抑えられない平民では、ロクなことにならないと考えているのだ。
「あいつはいつも変わったことに興味をもつ。しかし大局観がない。今回も弱小陣営を選ぶところがダメだ。自ら負け馬に乗るなどバカがすることだ。やはり、あいつは一国の王妃が務まる器ではない」
このエルトリンゲンの言葉は国王への反発から来ている。国王はクローディアをいつもほめる。彼女には王妃を務めるに足りる能力があり、エルトリンゲンにはもったいないと国王は言うのだ。
(父上ももうろくしたものだ。あんな女が王妃の器なものか!)
ここでも自分が支持する正統な候補者を避け、結果的に対立陣営に走った者が自分の伴侶になりえないと思っている。
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