第40話 うっかり、対立候補を評価してしまった
「ポリスの会長に相応しい能力は、私の副会長としての実績が示すとおりです。ポリス会長の任期はわずか1年。何も知らない人間では、何もしないうちに終わるでしょう。しかし、私は違う。就任してすぐに動けます。ここが他の候補と違うところです」
公開演説会の1番目に演説するバティスは力強い口調で、自分が副会長時にやってきた実績を語り、安定的なポリスの運営方針を強調した。勉学に集中したい学生の多くは保守的で安定を好むから、バティスの演説は多くの者に(まあ、バティスでいいか……)という空気をつくった。
これがバティスの作戦である。何となく現政権の継承でいいだろうという無関心派の取り込みである。
安定政権を標榜するので、バティスは思い切って自分が会長になった時に組織するキャビネットのメンバーを公表した。これは異例のことで、演説を聞いていた学生はどよめきでもって答えた。
しかも副会長に王太子のエルトリンゲンの名前があるのだ。これには多くの学生が驚くしかない。将来の国王が副会長なのである。
キャビネットには王太子を始め、貴族、平民富裕層、平民中流層の学生を公平に集め、まさにボニファティウス王立大学の縮図と思わせた。
バティスの演説は圧倒的有利な立場に甘んずることなく、攻めの姿勢である。特に弱い平民中間層を取り込むために、施策でも返還不要の奨学金の拡充。学生食堂の特別室の定期的な開放等をマニフェストとして掲げた。
(さすがだな……。自分の強みを生かし、そして弱みをカバーする)
演説を聞いていたセオドアは、バティスの圧倒的な政治力を思った。経験もあるだろうが、1年時からキャビネットの役員に抜擢された能力は伊達ではない。
法学部であるから将来は国の法曹界で活躍できる人物であろう。この部分については、自分たちが推すリックは劣る。
経験がないのもあるが決定的なのは人柄であろう。バティスは大多数のために少数を切り捨てる非情さがあるが、リックにはそれができない。
しかしポリスの会長は政治家ではない。陰謀や謀略は必要ないはずであるが、ここ数代の会長はそういうことに長けた人物が会長職を務めていた。
(まあ会長になれば多少の汚いことはしないといけないが、それは側近がやればいい。リック先輩はそういうものと無縁でいて欲しいものだ)
セオドアの考えでは謀略、陰謀に携わるのは副会長の仕事である。そしてその役はクローディアがふさわしいと思っている。
(あの人は悪役令嬢気質だからなあ。まあ、本人は正義のためにやっていると思い込んでいるのだろうが……)
セオドアの助言でクローディアは裏工作に励んでいる。あくまでもバティスの裏工作への対抗手段としてであるが。
2番手のカールの演説が始まった。カールの演説は理系学生への心情を代弁するもので、不平や不満をどう解消していくかという内容。文系学生が聞いてもなるほどと思うものであった。
3番目に立ったリック・フレスの演説は、かなり革新的なものであった。身分制度を意識しないボニファティウス王立大学の建学精神を前面に出し、大学内にある差別的な仕組みの改善。例えば、一般学生は入れない食堂の解放や貴族しか入れない馬術部等の制限撤廃を具体的に話した。
また、貧しいが優秀な学生を迎えるために奨学金の拡充だけでなく、学生寮の拡張や学校外の下宿の斡旋と補助。さらに働きながら学べるようにアルバイト先の紹介等、勤労学生でしか気づけない改革案を述べた。
これには苦労しながら通っている学生からは、拍手があちらこちらから上がった。ただ、あからさまに貴族の特権の撤廃を上げる彼の主張に貴族出身の学生は快く思っていないようであった。
だが、この部分については、セオドアは想定内であった。2回目の演説会は投票前に行われる。その時は候補者に続いて支持者が応援演説をすることになっている。その部分でひっくり返すのだ。
そしてリックの応援演説をする人物がクローディアなのだ。最初は難を示していたリックであったが、セオドアの説得で受け入れることにした。
元々、クローディアの能力は入学式のスピーチで知っており、演説に対する不安はなかった。
「侯爵令嬢が僕を応援することで、僕の支持層が離れないだろうか。それに彼女も難しい立場にならないか?」
クローディアの婚約者であるエルトリンゲン王太子は、バティスの方を支持しており、それに敵対することで貴族社会から彼女が不利益を被らないか心配したようだ。
「それは大丈夫ですよ」
セオドアは答えた。王太子は元からクローディアを嫌っており、選挙で敵対勢力についたからといって、それでさらに好感度が下がるというわけでもない。
それよりもクローディアが劣勢であるリックを支援することで、弱者に対する目配りや平民視線でものを見ることができること。さらにリックを当選させることができれば、その手腕も評価される。
クローディアが求めているのは、将来の夫である王太子に媚を売ることではなく、伴侶としての能力を見せることなのだ。
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