第96話 世知辛い話
証言その1 教会騎士
「セレーナ嬢ですか? ああ、よく教会に寄付に来てくれてますね。うーん、ガブリエル団長と? さぁ、まぁ、一緒にいることもあるかなぁ。別に寄付に来てくれる貴族の方はあの方だけではないですし……。団長が案内役を務めることもよくあることですし……。いやぁ、やっぱ高位の貴族になるとやっぱり平の騎士だと対応ができないこともあるんでねぇ」
証言その2 掃除のおじさん
「セレーナ様かい。とても良いお嬢さんだよねぇ。いつも挨拶してくれるよ。五年ほど前から熱心に来なさるようになって。ガブリエル団長とねぇ、確かに言われてみればよく一緒にいるかも知れないけど……、団長は女の子が好きだからねぇ、別にセレーナ様だけでもない気がするけどねぇ……」
証言その3 オルタンシア教皇聖下
「セレーナ嬢ですか? 確かによくいらっしゃいますが、彼女の家は慈善活動に熱心ですからね。いつもとても助かっていますよ。ガブリエルとはまぁ、それなりに親しくしているようですが、そんなことよりもミモザ君」
オルタンシアはにっこりと微笑んだ。
「依頼したお仕事は順調ですか?」
すみれ色の瞳は冷え切っている。その厳しい温度にミモザはぶるりと体を震わせるとすぐさま懐から資料を取り出してオルタンシアへと捧げた。
「報告書になります」
きっちりと頭を下げる。オルタンシアはその資料を受け取るとパラパラと内容を見た。ふぅ、と疲れたようにため息をつく。
「録画はないのですか?」
「えっと、ちょっとですね、なかなか難しくて……」
「ではそのように遊んでいる時間などないのではないでしょうか」
「いや、えーと、決して遊んでいるわけでは……」
「では一体何をしているのです」
自分を殺す予定の犯人を探しています。
などとは当然口が裂けても言えるわけがない。
「え、鋭意努力中です……」
目線を逸らしてそう言うのがミモザにはやっとだった。彼の冷たい視線が更に温度を下げる。極寒だ。
「成果があっての努力だと思うのですがね」
「も、申し訳ありません」
「謝罪されても困るんですよ、私も」
「申し訳ありません!」
はぁ、と彼は深く深くため息をついた。
「私は君のことを決して過大評価しているつもりはないのですよ」
(あ、これ、長くなるやつだ)
ミモザは悟った。お説教が始まるやつだ。
ちらり、と助けを求めるようにミモザはフレイヤを見た。
彼女はぐっとサムズアップする。
(フレイヤ様っ)
ミモザは期待した。
「お話が長くなりそうなのでわたくしは失礼させていただきますね」
期待は秒で裏切られた。
涙目で立つミモザにあっさりと背を向けて、フレイヤは退出していく。
「ミモザ君、聞いていますか?」
「はい、聞いています! 申し訳ありません!」
仕事ってしんどい。齢15歳、ミモザは社会人の苦労を学んだ。
「ところで、何故セレーナ嬢とガブリエルのことについて情報を集めたりしているんです?」
「え、えーと」
お説教がひと段落して、ではそろそろお開きに……、というタイミングでオルタンシアが訊ねた。
ミモザは脂汗をだらだらと流して言葉に迷う。
そんなミモザの様子を見て不審げにオルタンシアは目を細めた。
「場合によってはプライバシーの侵害で裁判にかけることも検討しますよ」
「申し訳ありません! ただちょっと二人が恋仲なのかどうか確認したかっただけです!」
「はぁ?」
「えっとぉ、ふ、フレイヤ様がガブリエル様のことを好きみたいで……」
ミモザはゲロった。しかし先にミモザのことを見捨てて逃げたのはフレイヤである。お互い様だ。
しどろもどろで話すその説明を聞いて、オルタンシアの顔は徐々に呆れたものへと変わる。
「……あの二人は兄妹ですよ」
「え?」
一瞬聞き間違えかと思って聞き返す。しかしオルタンシアは黙って頷くだけだ。ミモザはしばらく考えた後、
「ガブリエル様って平民ですよね?」
なんとかそれだけを聞いた。
孤児院出身であり教会騎士団の所属。これだけで貴族であるセレーナと兄妹という要素がない。
しかしオルタンシアはミモザのその考えを否定するように首を振る。
「ガブリエルは確かに立場で言えば平民ですが、実は貴族の庶子なのです。平民の愛人との間にできた子で、孤児院に捨てられました」
呆気に取られる。いやしかし、だとしたら、
「なんで捨てた親の娘であるセレーナ様と仲良くしてらっしゃるんですか?」
その質問にやれやれとオルタンシアは首を振ってみせると、
「人の考えをすべて自分に当てはめて理解してはいけませんよ」
とミモザを諭した。
「はたから見たら不自然でも、当人達にとっては自然なこともたくさんあります。ガブリエルは自分を捨てた親のことは快く思っていませんが、その子であるセレーナ嬢に対しては悪い感情を持っていません。親は親、子は子と区別して考えているのです」
それは、なかなかに難しい感情だった。
口で言うのは簡単だ。けれど実際にわだかまりなく受け入れることができる人間はどれほどいるだろうか。
懐が広い、というだけではなく、なんというか人間として出来ている。
「セレーナ嬢は親戚からうっかり兄の存在を聞いてしまったようなのです。そして仲良くしたくて無邪気に探して訪ねてきた。そんな妹を彼は無下には扱いません」
「なるほど?」
口ぶりからするとオルタンシア教皇はあまり快く思っていなさそうだ。
別に貴族と敵対しているわけではないが、平民の代表としては思うところがあるのかも知れない。
(オルタンシア様ってちょっと心狭いところあるよなー)
ぼんやりと考えていると、
「なんですか?」
それを察したかのようなタイミングで笑顔で聞かれた。
「何も言ってないです」
「そうですか、何か言いたそうに見えたもので」
にっこり、という効果音がつきそうな笑顔だがやはり目が怖い。
「えっと、じゃあ、僕は……」
これで、と逃げようとしたミモザに、
「あの子は優しい子ですから」
とオルタンシアの声が届いた。
「あの子……?」
というにはガブリエルはとうが立ちすぎている。
疑問符を頭に浮かべるミモザに、
「私も孤児院の出身でしてね」
とオルタンシアは説明した。
「孤児院を卒業後、私は今のように勤める立場で教会に戻りましたから。まぁ、年の離れた弟のようなものですよ」
「はぁ……」
だからこその懐刀なのかも知れない。きっと余人には計り知れない絆があるのだろう。そこまで考えて、ふとミモザは思いついた。
「オルタンシア様」
「なんですか?」
「ガブリエル様が幼かった頃に仲の良いご令嬢とかはいませんでしたか?」
何故そんなことを聞くのか、という顔をしつつもオルタンシアは考えてくれるようだ。少しして思いつくことがあったのか顔を上げた。
「確か一人いらっしゃいましたね。随分と入れ上げていて、相手は身分が違うのだからよしなさいと嗜めた記憶があります」
「お名前とかは……」
オルタンシアは静かに首を横に振る。
「私も当時は何もかもに目を配れる立場ではありませんでしたからね、名前までは」
そこから思い出すように指を口元にあてた。
「確か騎士の家系で……、ガブリエルは一緒に騎士を目指すのだと張り切っていました」
フレイヤのことだろう。しかしこの様子だとオルタンシアもそれがフレイヤだとは気づいていない様子だ。
(オルタンシア様は直接会ったことがなかったのかな?)
ミモザが首を傾げていると、遠い思い出を懐かしむようにオルタンシアは目を細めて言った。
「眼鏡をかけていてそばかすのある、素朴な感じのご令嬢でしたよ。結局、御前試合には現れませんでしたが」
その言葉にミモザはおやぁ? と首をひねった。
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