第88話 彼の心情
「いやもうすっきりさせよう!」
ミモザは決意した。
場所はレオンハルト邸の自室である。寝巻きに着替えてあとは寝るだけ、という状態でミモザは拳を振り上げて枕を殴った。
景気づけである。
レオンハルトのことを信用できないのはしんどいし疲れる。
なによりもミモザは彼を信じたいのだ。
なら、信じられる根拠を並べていけばいい。
いつまでもくよくよ悩んでいても解決しないのだ。
「オルタンシア様のも知ってみれば大したことなかったし!」
きっとあの意味深な離れも大した秘密ではないに違いない。
ーーと、思いたい。
(さて、)
ミモザは腕を組んであぐらをかいた。
問題は、どうやってその秘密を暴くかである。相手はあのレオンハルトだ。小細工は通用しないだろう。
「…………聞くか」
「チィー……」
直球な手段にチロが大丈夫か? と尋ねてくる。それにミモザは首をひねる。
「ちょっと場所とタイミングとシチュエーションだけ考えとこうか」
具体的にはすぐに助けを求められる場所がいい。レオンハルトをうっかりキレさせてしまった時のために。
「死なない程度に頑張ろう」
「チー……」
その不安な意気込みに、チロはため息をついた。
「レオン様」
ふいにかけられた声にレオンハルトは眉を寄せた。
随分と久しぶりにその声で名前を呼ばれた気がする。
振り返ると予想通り、彼の弟子が神妙な表情で立っていた。それを静かに見下ろしてレオンハルトは問う。
「どうした」
「ええっと、今度よろしければお時間を少しいただければと……」
その態度にレオンハルトの不機嫌を察したのだろう。ミモザはその青い瞳を気まずそうに逸らしながらしどろもどろに告げる。
「…………」
「えっと、難しければ仕方ないんですが、ほんのちょっとだけでいいので……」
その場には重苦しい沈黙と冷気が漂っていた。それを発している自覚はあるレオンハルトは弟子を見下ろして少し考える。
(あまりにも続くようなら締め上げようと思っていたが……)
ミモザの方から出頭してきたのならば情状酌量の余地はあるだろう。
レオンハルトは体の力を抜いてふぅ、と小さく息を吐いた。ゆったりと構えて首を少し傾げてみせる。
それだけでその場の空気が少しだけ弛緩した。
それにほっとミモザは息をつく。
「時間帯に指定はあるか?」
「ええっと、良ければ外食でもしてゆっくり話せればと……」
「では明後日の夜に時間を取ろう」
その言葉を聞いた途端、パッとミモザの顔が明るく華やいだ。
「ありがとうございます!」
そう弾んだ声で言うのに、
「ああ」
と返事を返してレオンハルトは他に言葉が思いつかずに黙り込む。何か色々と言いたいことがあった気がするが、いざこの場になるとなかなか出てこなかった。結局レオンハルトは黙ったまま、話が終わったと思ったミモザが「では、詳細が決まりましたらまたお伝えします。失礼します」と機嫌良く立ち去るのを見送った。
(本当になんなんだ……)
毒気が抜かれる。
一方的に避けてきたくせに、勝手にまた近寄ってきて時間を割けば喜んでくる。
腕を組んで考え込む。
(わからん……)
ミモザの行動は読めない。
さすがにレオンハルトももう悟ってはいる。
自分がミモザにある種の好意を抱いているということを。
そしてミモザから自分に向けられる好意の意味は、レオンハルトのそれとは少し違うかも知れないということを。
ミモザの好意は、ただの恩人に対するそれのようにレオンハルトには思える。
なんというか彼女は、そういう方面の情緒が非常に未発達だ。彼女の姉のほうは鬱陶しいほどの秋波を送ってくるのに対し、ミモザはというと秋波を送るどころか送られてもそれを知覚する能力がない様子である。
「…………」
レオンハルトは無言で眉を寄せる。
彼女は美しい。レオンハルトが連れ歩いていても、その容姿につられて有象無象達がしつこく視線を寄越してくるのは実に不快だった。
こうなってくると最初は虫除けに好都合だと思っていた容姿の良さすら今は煩わしい。
「……ふむ」
顎に手を当てて思案する。
しかしまぁ、現状一番近しい位置にいるのも、彼女に影響を与えられるのもレオンハルトである。
「……やはり囲い込むか」
彼女の情緒に訴えるよりも周囲の認識を操作して逃げ道を無くしたほうが手っ取り早そうだ。
幸いなことにもうすでにこれまでレオンハルトがそのように誤解させるような行動を取っていたこともあり、一部の者はミモザとレオンハルトはそういう関係だと認識しているようだ。
(まぁ、最初は多少不本意に感じるかも知れないが……)
しかし問題ないだろう。レオンハルトにはミモザを幸せするだけの財力も地位もある。
方針を固めればあとは手段を淡々と講じるだけである。レオンハルトはやっと少し落ち着いた気持ちになると、明後日の夜に時間を作るため、仕事を片付けに書斎へと向かった。
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