第50話 気まずい2人

 その後は仕事の話になり、ミモザはレオンハルトとアズレンの会話を聞くのみであった。話題にはやはり野良精霊の異常増殖と狂化の件がのぼったが、現在は小康状態であり以前の同時多発などは起きていないが継続はしていること、原因は相変わらず不明であること、そして人為的に引き起こされていることは状況証拠的にほぼ確定であることがやり取りの中で明かされた。

 最後に「では期待しているぞ!我が国の最強の精霊騎士よ!!」というアズレンの激励を受けて挨拶は終わった。

 そうしてマッスル王子との面会をなんとか無事に終えたレオンハルトとミモザだったが、その2人の間には今、

「……えっと、お食事でもお待ちしましょうか?」

「いやいい」

 微妙な空気が流れていた。

 原因は明白だ。

(好みのタイプ聞かれてとっさにレオン様の名前出しちゃったからなぁ)

 ミモザはぼんやりと斜め上方を見やる。シャンデリアが眩しい。

 レオンハルトの性格的に、あのような場であのような名前の出され方はきっと不愉快だったことだろう。王子の発言からするともしかしたらミモザがエスメラルダと話している間、彼は不機嫌な表情を浮かべていたのかも知れない。

(不機嫌な顔の何が面白いのかはわからないけど…)

 謝罪しなければ、と思いつつもどうにもタイミングが掴めず気まずい沈黙が流れていた。いっそのこと一発殴ってくれたほうが謝りやすいまである。

「ええっと、」

「君は」

 そこでやっとレオンハルトは重い口を開いた。ミモザは開きかけた口を閉ざして彼を見上げる。レオンハルトはミモザのことは見ずに、手にしたグラスを眺めていた。

「先ほどの発言だが」

「す、すみませんでした!」

 思わず土下座する勢いで謝る。

「ええと、とっさに思い浮かんだ男性がですね!レオン様で!つい!」

「……そうか」

 恐る恐る見上げる。彼は非常に微妙そうな顔でこちらを見ると、はぁ、と一つため息をついた。

「君のことだから、そんなことだろうとは思ったよ」

「は、はぁ、えっと、次からは同じようなことを聞かれたら、えっと、別の誰かの名前を……」

「それはやめろ」

 強い口調に身をすくめる。ちらりと彼を見るとその目は据わっていた。

「それは、やめなさい」

「……はい」

「俺でいい」

 ふい、とまた顔ごと背けてレオンハルトはグラスを見つめる。

「そういう時に出す名は、俺でいい」

「……わかりました」

 本当はよくわかっていないがわかったふりをしておく。レオンハルトは「それでいい」と頷いたのできっとそれでいいのだろう。またしばらくの間が空き、どうしようかなぁとミモザがもぞもぞ身じろぎをし始めたあたりで、

「あー、君は」

 再び気まずそうにレオンハルトが口を開いた。

「はい?」

「ああいうのが好みなのか、」

「好み?」

 見つめ合う。先に目を逸らしたのはやはりレオンハルトだった。彼ははぁ、とため息を吐く。

「もういい。少し鷹を撃ちに行ってくる」

「鷹?」

「手洗いだ」

「あー……」

 レオンハルトからグラスを受け取りその後ろ姿を見送る。いつもよりその背筋が若干しょんぼりして見えるのはミモザの気のせいだろうか。ふと途中でレオンハルトは何かを思いついたように足を止め振り返ると「筋肉とか胸とかの餌をぶら下げられてもフラフラついて行くなよ」と念を押した。

「………はい」

 極めて遺憾である。



「ねぇ、あなた」

 レオンハルトがお手洗いに立って少しした頃に彼女は訪れた。

(僕のことを睨んでいた……)

 ピンクブロンドの髪に緑の瞳をした令嬢、アイリーンである。彼女はにっこりと笑顔でミモザに話しかけてきた。

「レオンハルト様からあなたを呼んでくるようにと言われたのだけれど、一緒に来ていただけるかしら?」

(嘘だな)

 とはすぐにわかったが、ここで平民のミモザが伯爵令嬢を無下に扱うわけにもいかないだろう。それに彼女の思惑も気になるところである。

「わかりました」

 ちょっとレオンハルトに言われた「フラフラついて行くなよ」が脳裏をよぎったが、別に餌をぶら下げられたわけじゃないからいいだろうとミモザは1人がてんして、彼女の誘いに応じることに決めた。

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