第39話 死地へ
万有とミトラが1号を追いかけ始めた同時刻、山小屋に残ったアレンは起床する。
(……来たか、この時が)
三日前のあのやり取り以降で碧の信頼を得たアレンは、碧の拘束を受けない形で包帯を巻かれていた。
しかし念のためと言うことでアレンは碧と一緒のベッドで寝る事となり、さらに壁側に押し込まれるなど容易に脱出出来ないようになっている。
ただ碧は寝相がかなり悪く、両手両脚を大の字にして寝る癖があったためその隙間を縫うようにしてアレンは脱出に成功する。
そうして布団を抜け出したアレンはクローゼットを開け、ボロボロのローブと銃火器類を回収して着る。
(まさか本当に、あの時見たまんま事が運ぶとはな。ここに来て、ヤツが発した言葉の信憑性がグンと上がった)
遡る事六日前。世界進化計画の研究室で男の様子を静かに観察していたアレンだったが、集中力の低下を感じ、研究室を出る。
研究室を出た矢先に、アレンは銀髪の女性が壁にもたれかかっているのを見た。
「誰だ!!」
慌てて銃を向けるアレン。女性は慌てて両手を挙げ、地面に膝を突く。
「お、驚かせてごめんなさい! 私は佐々場万里、万有の元師匠! 貴方に伝えたいことがあって来たの!」
「万有の……? というより、どうやってここを突き止めた」
「未来視の能力を使ったの。その情報を伝えた上で、本題に入らせて貰っても良いかしら?」
「……まあ、いいだろう」
拳銃をしまい、万里に手を差し出すアレン。万里はその手を取って立ち上がり、一礼する。
「単刀直入に言う。六日後の夕方、ミトラちゃんと万有君は敵地で悲惨な目に遭うわ」
「は、はぁ?」
「私の口からはボヤけたことしか言えない。だから……」
両目を右手で覆い、それからその手をアレンの目に当てる万里。
「私の未来視を、五分だけ君にあげる。その五分で、その未来を変える準備をして欲しい。君が承諾した瞬間から共有とカウントが始まるけど、その前に一つ伝えさせて」
「何をだ」
「この未来を知ろうとすれば、君は惨いモノを多く見る事になる。それでも――」
「御託は良い。見るからさっさとくれ」
「……わかった」
万里の右手から赤い光が発されると同時に、万里はその場に崩れ落ちる。アレンの目は赤く光っており、その目には、確かに6日後に万有とミトラが敵地で経験する光景が映っていた。
「ああ、これは……確かにまずいな」
懐から拳銃を取り出し、マガジンから抜いた弾に次々能力を付与していくアレン。
(正直どういう経緯でそうなるのかを、今日これから起きる事から始め順序立てて知りたい。しかしそれはズルしてるみたいで気が向かんから、せいぜいその前日分だけ見るに留めよう)
マガジンを拳銃に刺し、懐にしまって再び立ち上がるアレン。片眼で今を見つつもう片方で未来を見る、そんなことをしながら研究室に戻るのだった。
そして現在。支度を終えたアレンはドアノブに手を掛けるが――
「どこ行くの?」
アレンが振り返ると、そこには上半身を起こして寝ぼけ眼を擦る碧の姿があった。
「……それは」
「話したら行って良いから正直に言って? そうやって言い淀める時点で、やけくそじゃないのは確かだし」
少し黙った後、アレンはドアの方を向いて口を開く。
「二人を助けに行く。だが上手く行ったとして、僕はもう、ここへは帰って来れないかもしれない」
「……それでも行くんだ」
「ミトラはここで死んで良い奴じゃ無い。街の人々の思いを背負って、幸せに天寿を全うする使命があるからな。僕の命一つでそれが叶うなら本望さ」
「なんとなく、近々こういう日が来る気はしてたよ」
「碧、お前には感謝してる。碧が無理にでも縛って休ませてくれたお陰で、しかもつきっきりで看護してくれたお陰で僕はここまで回復出来た」
「……死にに行かせる為に看病したんじゃ無いんだけどな」
「申し訳ない」
「いいよ、もう決意は固いみたいだし止めない。頑張ってきな」
「ああ、行ってくる」
アレンはドアを開け、山小屋を後にする。一人残された碧は枕元に置いたタバコの箱とライターを手に取り、布団を出てタバコに火を付ける。
(……分かってる。右目が見えない私が出ても、足手まといになるだけだって)
タバコを口から外し、煙を吐き出す碧。火のついたタバコを持つ手は震えており、パラパラと灰が地面に落ちていく。
(私はどうすればいいんだ! このままハブられてちゃ、心が持たないよ! 何か私にしか出来ない事はあるかな……)
その時、碧の脳内に数日前に食べた玄武鍋の味がフラッシュバックする。碧は咄嗟にタバコの先をズボンに押しつけ、ゴミ箱に捨ててから冷蔵庫を開く。
(……あった。心も体も疲れてない、私にしか出来ない事。そう言う事は随分やってないけど、まぁ、何とかなるよね)
シンクで手を洗い、シャツの袖をまくって包丁を持つ碧。
「そうと決まれば、レッツクッキングタイムだ!」
碧は換気扇のスイッチを押し、まな板の上に置かれた食材達に向き合うのだった。
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