第十一話:要らない覚悟(ノエル視点)①

 目が覚めると、うつろが私のお腹の上に乗っていた。よかった、目が覚めた。あのまま固まって目が覚めないのかと思った。


「体が重い……」


 私がうつろをどかすと、うつろが「起きたか」と言った。うつろも寝てたでしょ、どうせ。人のお腹の上で寝るなんて、贅沢な子だ。まあ、迷惑をかけたんだろうから、それくらいは許さないとね。


「どれくらい眠ってたの?」

「一時間くらいだ」

「あ、案外短かった」


 寝ている間に見た記憶が気になるが、今は現実の今のことを考えよう。ルミやアイコがいない。二人は無事だったんだろうか。


「二人は?」

「教会に再調査に行ったよ」

「そっか。じゃあ行かなきゃ」

「待て、二人に任せておけ」

「そうはいかないよ」


 どういうわけか、私の腕の傷は既に治っている。肌が綺麗だ。ローブも無傷。影の腕へのダメージは、腕に直接返ってくるんだろう。


 だけど、どうして影の腕を使えたんだ? というか、私の意識が落ちてから何があったんだ。


「何があったか、道中聞かせて。影の中からさ」

「……どうしても行くのか?」

「うん。もしかしたらってことがあるからね」

「まあ、そうだな。敵の拠点だ。何があるかわからん」

「そういうこと」


 私は壁に立てかけられている剣を腰にさしなおし、宿を出た。教会までの道中、何が起きたかをうつろから聞いた。私は気を失った後、無数の影に飲み込まれ、その影を逆に飲み込んだらしい。何それ気持ち悪い。その後、一人で魔法を使って英雄と戦い、誰かがその戦いに介入。英雄は帰り、私はまた倒れたと。


「なるほどなあ……」

「なるほどなってお前」

「いくつか腑に落ちることがあってね。また後でみんなにも話すよ」

「そ、そうか」


 これまで見てきた記憶と、救世主さんとの面会。散々、突きつけられてきた。私の記憶と心の見えない部分。それが表に出たんだ。もしかしたら私は、昔悪魔になったのかもしれない。


 どういう経緯かは、どれだけ頭を捻らせてもわからないけど。


 答えは、きっと、あの記憶の先にあるんだ。救世主さんの言っていたことの意味が、わかった気がする。私は、私の心と向き合わないといけない。魔法を使うというのは本来、そういうことなんだ。だから、救世主さんのもう一つの警告は守れそうにないなあ。


「行くよ、うつろ」

「ああ」


 教会の中に入ると、像が動いていた。


「地下か」

「ルミとアイコ、何かを見つけたらしいね」

「行ってみよう」

「念のため、うつろは影に入ってて」

「わかった」


 何が起こるかわからない。今、うつろに危害を加えられたら私は何をするかわからない。今は、うつろを守ることで自分の心と体を守らなきゃ。そう思った。


 階段を降りると、無機質な扉があった。取っ手に手をかけて押すも、開かない。何度押しても開かない。ああもう、じれったいなあ。こうなったら、やることは一つだ。


「ファイアボール!」


 なんとなく、魔法の名前を叫んでみた。気合いが入るかなと思って。憎い英雄の顔を思い浮かべながら放ったファイアボールは、これまでよりもずっと大きく、扉を吹き飛ばした。爆音が鳴り響き、爆風が舞う。思ったよりも派手な登場になってしまった。これで誰もいなかったら、逆に恥ずかしいかもしれない。


 爆風から目を凝らして中を見る。


「……!」


 ルミが倒れている。近くにいるのは、黒いローブを着た男。額に角と紋章。間違いない。あれが京都の市長・ロイだ。許せない。ルミのお母さんをひどい目にあわせて、今度はルミを殺そうとしている。怒りが心の奥底からわきあがる。


 今度は「離れて」とだけ言って、炎弾を飛ばした。炎は命中したらしく、ロイの体を燃やしながら吹き飛ばす。


 ルミに駆け寄る。腕から血が流れている。切り傷じゃない。殴られて、血が出たんだろうか。魔族は身体能力が高く、怪力も持っていると聞く。そのうえ神通力まで使えて、しかもあいつは悪魔でもあるから魔法まで……ちょっと強すぎない?


「また命を救われてしまったな」


 ルミの言葉に、いつものような覇気も明るさも感じられない。


 命を救った、か。なんだかなあ、しっくりこない。むしろ私のほうが、ルミに救われている気がする。昨日のことだってそうだ。それに、うつろの話じゃルミは私をすごく気にかけてくれたらしい。そのあたたかさに、今も救われ続けている。


「何言ってんの。ルミも私を助けてくれたよ」


 それからしばらく問答した後、ロイが炎の中から姿を現した。ルミが起き上がろうともがいている。ダメだ、その体じゃ。今はただ、ゆっくりと休んでほしい。選手交代。次は私がルミを助ける番だ。


「今度はルミがゆっくり休む番だよ」

「ああ……そうさせてもらう」


 ルミが目を閉じ、意識を手放す。体がゆっくりと弛緩していった。


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