第十話:足りない覚悟(ルミ視点)①
ノエルを宿のベッドで寝かせた。昨晩見た穏やかな寝顔とは違い、苦しそうな表情を浮かべている。私はどうしたらいいんだ。何も、できなかった。うつろに外に弾き出され、中に入ることもできず、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。あのとき、奴と対峙して、あろうことか私は恐怖で動けなかったんだ。
「ノエル、すまん」
ノエルは一人で戦っていたんだ。ノエルを運んでくる道中、うつろも「手を出せなかった」と言っていた。その結果が、あのノエルの涙と言葉だ。私たちの無力さが、ノエルの心の奥に眠るあの言葉を引き出したんだとしたら、私はどうしたらいい。何をしてやれる。
この、死にたがりの命の恩人に。
「目、覚ますかな」
「わからん」
「わからない? わからないって何よ!」
アイコがうつろに詰め寄る。私は「よせ」と、それを制止した。うつろも平気でいられるわけがないんだ。悪魔と契約者は、心が繋がっているんだから。
「わからないんだ! ノエルの心が届かないんだよ!」
うつろが、声を荒げた。思わず、面食らってしまう。
「魔法の反動ではないのか?」
「違う。反動ではああはならない」
「じゃあ何だって言うのよ」
「ノエルは私との契約なしで、魔法が使える。それも、私よりも強い魔法が」
待てよ、それはどういうことだ。ノエルはうつろと契約したから、魔法を使えるようになったんだろう。じゃなかったら、父親が殺される前に魔法を使っているはずだ。力を持っていたら、出し惜しみするはずが……。
いや、ノエルであって、ノエルではないのかもしれん。
「ノエルの深層心理、か」
「ああ」
「ちょっと、二人だけで納得しないでよ!」
私はアイコに、昨晩のことを話した。話すなと言われていたが、緊急事態だ。許してくれ、ノエル。
私が話し終えると、アイコは床にへたれこんだ。「知らなかった」と、ぽつりと呟く。ショックだろうな、色々と。家族同然に育ってきた幼なじみなのに、気づけなかったことも、それを私たちに先に知られていたことも。
「もしかしたらノエルは……一度悪魔になったのかもしれない」
うつろが、ノエルの目を見る。相変わらず、苦しそうだ。冷や汗をかいている。私はせめてこれくらいはと、手ぬぐいでその汗を拭った。
「一度悪魔に? そんなことがあるのか?」
「あり得る。ノエルの記憶には鍵がかけられている」
「深層心理と共に、か」
「ああ。記憶は人格を作る要だ。記憶を封じるのと同時に、悪魔であるノエルも封じられた可能性がある」
記憶は人格を作る要、か。確かにそうかもしれないな。幼少期の経験が人を作る、と騎士学校の教官が言っていた。経験は記憶そのものだ。過去にたくさんの人に優しくされた思い出があれば、自然と人に優しい人間に育つだろう。逆に、人に虐げられて生きてきたら、人を虐げるようになるのかもしれない。
記憶を封じたときに、悪魔であるノエルが封じられたというのは、あるのかもしれない。記憶が人格であり、魂の形を作るのであれば。
「だが、そもそもなぜ鍵が」
「わからない。救世主は何者かがかけた可能性があると告げていた」
「救世主……」
「昨晩、寝ていると思わせて会っていたんだ」
「なるほどな」
「その際、救世主はノエルの心の鍵を外すためにノエルの心に干渉したと言っていた」
なるほど、昨晩ノエルが取り乱したのはそれが理由か。酒はトリガーに過ぎなかったんだろう。救世主が何をしたかは知らんが、救世主が蒔いた種を酒が開花させたんだ。酒酔いは、その者の本質を暴くというからな。
「どうしたらいいの?」
「恐らく、今は体の負担が大きいだけだろう」
「そうか、かなり無理をしたんだな」
「待つしか、ないんだね」
アイコが立ち上がり、ノエルの眠るベッドに座る。
「いや、待つだけじゃダメだ」
「というと?」
「私は、あの教会を調べに行こうと思う」
特に何もなさそうではあったが、奴に気を取られてじっくりと調べる余裕がなかった。ノエルなら、もう一度調べに行こうとするんじゃないか。短い付き合いだが、そう思えた。だからノエルが眠っている間に、私たちがそれをやらなければならない。
「そうだね」
「頼んでいいか?」
うつろが俯く。
「私はノエルのそばをあまり離れられん。契約悪魔なんでな」
「わかった。むしろついていてくれ。目が覚めたとき一人にさせちゃいけない」
「……ありがとう。助かるよ」
「アイコは? どうしたい?」
「……私も行く。オーパーツの建物だし、私がいなきゃ」
アイコが立ち上がった。私はただ頷き、部屋を出る。そのまま宿を出て、再び教会へと向かった。
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