第九話:夢と精霊の剣(ノエル視点)

 目の前に、草原が広がっている。またこの夢だ。大人たちに黙って、アイコと一緒に森に入ったときの夢。幼い私の手には、精霊の剣が握られている。現実の私はどうなったんだろう。なんだかとても気分が悪い。


 幼い私が剣を持って目を輝かせていると、アイコが剣をふんだくってきた。


「ちょっとアイコ!」

「借りるだけ、借りるだけだから」

「もう……」


 アイコが剣をまじまじと観察する。


「これ、オーパーツみたいな作りをしてるよ。異世界の人が作ったのかな」

「そうなの?」

「うん、この引き金とか! でも引き金があるにしては、銃口がないのよね」

「へえ……」


 幼い私は何もわからず、ただ感嘆の声を漏らすしかない。私が剣を抜いたのに、と拗ねている幼い私の心の声が自分の内に響く。この後どうしたんだっけ。たしかアイコが剣を持ち帰ったんだったか。いつか解析するんだとか、分解してみたいとか言って。


 しかし、目の前の光景は私の記憶と違っていた。剣がバチバチと音を立てながら光りだし、アイコの手を離れる。


「いったぁ……」


 アイコが尻餅をついた。アイコに手を貸し、私はまた剣を握る。私が剣をしばらく持っていても、何も起こらない。


 アイコがまた剣に手を伸ばす。すると、また光を放ちながらアイコの手を弾いた。おかしい、これじゃアイコが持って帰れるはずがない。いやでも、これは夢なんだから、記憶との食い違いはあってもおかしくはないか。


 本当にそう思う?


 また、自分の内側から声が聞こえた。なんだろう、この冷たい声は。


『これはあなたの記憶です』


 ふと、どこかから声が響いた。さっきの声とは、違う優しい声音。この声は、救世主さん?


『あなたの深層心理にある記憶を私が再現しました。少しずつですが、あなたの心の引き出しの鍵が開いてきています』


 なるほど、救世主さんが私の心に介入しているんだ。前にこの夢を見たときも、恐らくそうだったんだろう。続きを見られなかったのは、私の心の鍵というもののせいらしい。ぷろてくと、と言っていたっけ。


 だけど、例のおまじないのおかげで、少しは続きが見れるようになったのか。


 幼い私は剣をどうしたらいいかわからず、ただ眺めている。綺麗だなあ、ツタが絡んでるのがもったいないなあ、綺麗にしたいなあと考えているようだ。


「ノエルだけずるい!」

「なんで弾くんだろうね」

「私も触りたい、分解したい!」

「んー……そら弾くかあ」


 この剣から、何か意思のようなものを感じる。幼い私も同じことを感じたようで、分解したいとか言ってる人の手には渡りたくないよねと剣に心の中で語りかけていた。


『なにこの子、超怖いんだけど』


 ふと、声が響く。救世主さん?


『私ではありませんね』


 違うらしい。誰の声だろう。もしかして、この剣の声とか? 幼い私にも聞こえたようで、目を丸くしている。


「ね、怖いよね」


 幼い私はすぐに事態を飲み込んで、剣に語りかけた。子供は変なことが起きても、すぐに順応するんだなあと、どこか他人事のように感心してしまう。


「分解されたりしたくないよね」

「え……ノエルあんた……」


 アイコが後ずさる。幼なじみが急に剣に語りかけだしたんだ。無理もないだろう。恐らく、アイコにはこの声が聞こえていないんだ。聞こえていれば、もっと違う反応になるはず。アイコのことだから「痛くしないから! ちょっとだけだから!」と、言うんじゃないかな。


「アイコには聞こえないの?」

「え、何が?」

「剣の声」

「ええ……あんた頭でも打った? 大丈夫?」

「いや、ちがくて。んー? 私にしか聞こえないのかなあ」


 アイコが心配そうに、幼い私の顔を覗き込んでいる。「熱でもあるんじゃない?」と、私の額に手を当てた。幼い私がそれをはねのける。


「ないよ!」

「んー……というかそれ、どうしようか」

「この子はどうしたいのかな」


『台に戻して。あなたにはまだ早いから。あと、この子怖いし』


「わかった、戻すね」

「え、戻すの?」

「この子が戻してって」

「はいはい……じゃあそうしよう」


 アイコがため息をつく。信じてはいないんだろう。ただ折れただけだ。台座に剣を戻そうとする私をアイコが見ている。まだ分解したがっているんだろうか。アイコは昔から、あまり変わらないな。


 私が台座に剣を戻した瞬間、目の前を影が通り過ぎる。その影は私を突き飛ばし、アイコを飲み込んだ。


 一体、何が起きた? 影がアイコと共に消滅する。幼い私は何が起きたかわからず、ただ放心していた。そのままの状態で、固まっている。何も動かない。木々さえ、制止していた。時が止まったようだった。


『どうやら、今はここまでのようです』


 本当に時が止まっていたらしい。じゃあ、目が覚めるのかな。


 そう思ってじっと待っていたけど、全然、目が覚める気配がなかった。私の幼い体は動かないものの、消えかかってはいない。私の体は、いつ目覚めるんだろう。この後、アイコはどうなったんだろう。今生きているってことは、誰かが助けたんだよね。どうして、こんなことを私は覚えていないんだろう。


 そんな私の思考すらも、やがて止まってしまった。

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