第三話:行き倒れ女騎士(ノエル視点)③

「ん……」


 明るい。私は寝ていたはずなのに、どうしてだろう。目を開けると、真っ白な空間が広がっていた。怠い体を無理矢理起こしてあたりを見る。一人、ぽつんと佇む女性の影があった。


 彼女はなぜか、私と似たローブを着ている。私と同じ白髪で、私より少し背が高いくらいの背格好。はじめて見るはずなのに、どういうわけか懐かしいような気がした。


 彼女は私に気がついたのか、向かってくる。立ち上がる頃には、目の前にいた。私は自分の顔を何度も見ていたわけじゃないけど、似ているな、と思った。私の家には鏡が無かったから、アイコの部屋に遊びに行ったときにたまに見るくらいだったけど、それでも似ているとわかるほどに。


「気がつきましたか」

「ここは? あなたは一体……」


 私が問うと、彼女はにこやかな笑みを浮かべる。


「ここは白教の人たちが言うところの天国。私は、彼らが言うところの救世主。神様とも呼ばれているただの女です」


 救世主。白教が崇めている神様だ。名前はなんていったか、覚えていない。救世主と呼ぶ人のほうが多くて、女神なんたら、とかなんたら神とか、そういう呼び方はされていないから。


 それよりも、どうして私がここにいるかだ。白教では、天国というのは死後の世界のこと。私、寝ている間に死んだ?


「あ、ノエルさんは死んでませんよ。私があなたの魂に干渉し、ここに呼んだだけです。一時的にね」

「ええと、どういうご用で?」

「あの子がお世話になってるようですから」

「ああ、うつろの上司……そういえばあなたでしたね」


 出会ったときに、うつろが救世主の命で動いていると話していたなあ。上司直々に、部下の契約者に挨拶に来たということなんだろうか。


「えと、こちらこそ、うつろにはお世話になってます」

「ふふ。なんだかおかしな気分です」

「まあ、そうですね」


 それは私も同じだった。というか、私の台詞だと思う。寝ている間に急に魂だけ呼び出されて、うつろの上司と面談させられているんだから。しかも、神様と。白教の信者さんたちが聞いたら、羨ましがるんだろうか。いや、嘘だと思われて「不敬だ」と言われそうだなあ。


「ノエルさん、あなたにはお伝えしたいことがあります」

「はい、なんでしょうか」


 どうやら、ただの挨拶ではないらしい。そりゃそうか。神様が、そんな暇なわけがないんだから。私は相手が神様ということもあってか、変に身構えてしまっていた。ごくり、と唾液を飲む音が何もない空間に響いている気がする。


「まずひとつ。魔法の使いすぎです」

「うっ」


 目をそらしてしまう。み、耳が痛い……。


 うつろにも、街道を歩いているときに釘を刺されたことだった。魔法を使いすぎて自分にかえってきてしまうことを、うつろも危惧しているようだ。救世主さんも、そう思ってくれているんだろう。だけど私は、そういう危惧とかはあまりない。どうしてだかはわからないけど、それもそれでいいのかなと思っている自分がどこかにいる。


「もうひとつ。もっと自分の感情に目を向けてください」

「えっと、それはどういう」

「感情を糧に魔法を使っているのに、あなたはその感情を気にしていない……いいえ、無碍にしているように思えます」


 そう言われて振り返ってみても、自分にはわからなかった。感情を気にしていないというのは、どういうことだろう。私はちゃんと、自分の悲しみにも怒りにも殺意にも目を向けていると思うんだけど。そうじゃなければ、私は復讐の旅に出ようなんて思わなかっただろうから。


「特に、あなたは自身の絶望に鈍感すぎます」

「絶望、ですか」

「あなたの心の魂の根底にある絶望に、気づいてください」

「そう言われましても……」

「どうして、お父様がお亡くなりになる前から、あなたは絶望していたのか」


 どくん、と心臓が跳ねた。お父さんが殺される前から、絶望していた? 私が? それは一体どういうことなんだろう。全く身に覚えが無いのに、私の心は何かを叫んでいるような気がする。


「とにかく、自分自身にも目を向けることです」

「あっはい……そうですね」


 救世主さんの言葉が、棘のように胸に突き刺さる。返しのついた棘。


「説教くさくなっちゃいましたね」


 救世主さんが、にっこりと笑う。


「まあ実際お説教でしたし」

「ふふふ」

「でも、神様から説教されるなんてなかなかないですからね」

「そうでしょう? 貴重ですよ?」

「ご自身で言うことじゃないと思いますよ」

「ふふふふ」

「へへへへ」


 私もなぜか、笑いがこみあげてきた。なんなんだこの人は。挨拶したかと思ったら説教して、かと思ったら今度は笑っている。よくわからないけど、面白い人なんだろう。神様なんて言葉が、似合わないと感じるくらいには。普通の人間と、同じに見えるなあ。


「あ、そろそろ時間です」

「時間?」

「お友達があなたを起こしてますね」

「ああ、私寝起き悪いからなあ」

「ならもう少しだけ、時間がありそうですね」

「ええ、お恥ずかしながら」


 救世主さんの顔が近づく。キスでもするのかという距離だった。え、急にどうしたんだろう。何をするつもりなんだろう。


 私が戸惑っていると、救世主さんは自分の額を私の額にくっつけてきた。その瞬間、じんわりと温かい何かが私の中に入り込んでくる。これは気のせいなんかじゃない、確実に何かが私の中に入った。


「何をしたんです?」

「おまじないです。これが一番の目的だったの、忘れてました」


 救世主さんが舌を出して笑う。


「おまじない?」

「効果が出るのは、まだ先です」

「んん?」

「いずれわかります。とりあえず、今日はここまでですね」


 その言葉に促されるようにして、私は自分の体を見た。消えかかっている。あ、目が覚めるんだな。そういえば、ここでの出来事って覚えていられるんだろうか。


「覚えていられますよ。またお会いしましょう」

「今度はお説教抜きでお願いします」

「ふふふ。あなたが良い子にしていれば、ね」

「無理かもなあ……」

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