第三話:行き倒れ女騎士(ノエル視点)②

「それで、ルミとやら。お前はどうして倒れていたんだ?」


 うつろが問うと、ルミさんは姿勢を正した。背筋を伸ばして、食べ終わっても離さなかった器を地面に置く。そうして、語り始めた。


 ルミさんが言うには、京都の市長が黒教の教団員で、恐らくはそれなりに立場のある人物だそうだ。そして、二十年前に京都に魔族を引き込み、裏切った。それが二十年前の戦争の真実だったと。ルミさんのお母さんの話は、あまりにもひどすぎて、聞いていて目眩がしそうだった。


 それら一連の事実を突き止めたはいいが、相手は魔族であり悪魔であり、その力の前に為す術無く倒されてしまったらしい。ルミさんは生き残ったけれど、もう一人、ラインハートというルミさんの同僚は連れ去られた。


「私は奴の力に対抗するため、精霊に力を借りようと思ったんだ」

「精霊に?」

「ああ。精霊術でも使えれば多少、状況はマシになるだろうと思ってな」

「それで、精霊の力は借りられたんですか?」

「いや、会えなかった。何日も森を彷徨い、食料と水が底をつき、森を出た」


 なるほど、森を出てしばらく歩いたはいいが、飢えと渇きで倒れてしまったと。だから竹下に向かっているかのような向きで、倒れていたんだ。村の人間でもないのに変だなとは思っていたけど、そういうことだったとは。


 しかし、何かが引っかかる。何かは、わからないけれど。何か、ルミさんには隠していることがあるように思えた。だけど、それも当然の話だろう。彼女からしたら私たちは命の恩人ではあるのかもしれないけど、胡散臭くもあるはずだ。それに、出会ってすぐだというのに、全ては話せないよね。


 私はそれ以上追求するのをやめて、代わりに自分たちの話をした。


 なぜ、うつろと一緒にいるのか。なぜ、街に向かおうとしているのか。父の死から全てを。ルミさんは時折相づちを打ちながらも、静かに聞いてくれた。全て話し終えると、ルミさんが膝を打つ。


「協力させてほしい」

「え?」


 私は思わず、目を丸くしてしまった。ルミさんは目に涙をためながら、私の手を取る。私はそれを呆然と見つめてしまう。木々がざわめく。風が湿った空気をどこからか運んできて、木々の少し土臭いような匂いが鼻まで届いた。


「命を救ってくれた恩を返したい」

「いやいや、それはいいんだよ。当然のことだから」


 思わず、ため口になってしまった。


「その答えで、ますます協力したくなった」

「でも、ルミさんも自分のことで大変でしょ? 恩なんて今返してもらわなくてもいいから」

「む。強情なんだな」


 ルミが眉根を下げて、笑う。そんな困ったな、みたいな顔をされても困る。気持ちは嬉しい。だけど、今は自分のことを優先してほしい。


「では……友達になってくれ」

「え!?」


 どうしてそうなるの! と声を荒げたくなったが、ぐっとこらえる。その代わりに口から出たのは、素っ頓狂な声だった。


「友達として協力させてくれ。恩とかではなく!」

「いやいやいやいや」

「もう……協力してもらったら?」


 アイコがため息をついた。


「というか、目的が黒教なら協力し合えばよくない?」

「あ」

「あ」

「あ」


 アイコ以外の全員が、似たような声をあげた。


 たしかに、アイコの言うとおりだ。私たちの目的も黒教にあり、ルミさんの目的も黒教にある。それなら、互いに協力し合ったほうがいいだろう。私たちには魔法の力がある。精霊ではないけど、ルミさんの「対抗する力」という目的に近いところにいるはずだ。ルミさんには、剣の腕と知識がある。騎士としての立場や繋がりも。


 お互いに無いものを、私たちは持っていた。


 どうして、こんな簡単な考えが抜け落ちていたんだろう。


「そうだね。協力しあおうか」


 私が言うと、ルミさんの顔がパァッと明るくなった。こういう魔物がいたっけな。たしかワンキャットだ。愛玩用として、よく金持ちに飼われている愛くるしい魔物。ご主人が寄ると花が咲いたように顔が明るくなり、嫌なことがあるとすぐ顔に出る。なんか、ルミさんってそういう感じに見える。


 なんだか面白くて、友達になりたいなと心から思った。


「友達として、お互い協力しよう」

「いいのか!? ありがとう!」

「その代わり、全員タメ口で、さん付けもなし!」

「わかった。ノエル、アイコ、よろしく頼む」

「こちらこそ、ルミ」

「まあ、ルミは普通にタメ口だったけどね」


 アイコが言うと、ルミが声をあげて笑った。私もつられて笑ってしまう。たしかに、ところどころでしか敬語を聞いていなかった。ルミが一番の年長者だから、違和感がなかったけど。


「うつろも、よろしくな」

「ああ。こちらこそだ」

「よし! 話がまとまったところで……寝よう!」


 そうして私たちは、街道の隅っこに寝床を用意して、少し談笑しながら眠りについた。

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