第三話:行き倒れ女騎士(ノエル視点)①

 村を出て、一日が経った。私たちはまだ、街道をひたすら歩いている。右を見ても、左を見ても木しかない。ずっと景色が変わらないから、何も進んでいないように思えてならない。こうして歩くと、私たちの村が一体どれだけの田舎だったのかわかる気がする。田舎というか、秘境?


「ねえアイコ」

「ん?」

「あとどれくらいで竹下なの?」

「あと半日くらいかなあ」

「じゃあそろそろ野営?」

「んー、まだ歩ける」

「そっかあ」


 もうあたりは暗い。昨日はあまり歩けず、結局すぐに野営をした。おばさんの作ったサンドイッチは、それはもうおいしかった。隣のアイコは無表情だ。ひたすら、無表情で歩き続けている。幼なじみが、歩き続けるだけの人形になってしまった。どうしよう。ああ、せめて景色が変わればな。


「うつろ」

「なんだ?」

「変わんないね、景色」

「そうだな。木しかないな」

「そんなもんなんだよ、迷いの森が広すぎるんだって」

「どんだけ広いんだ……」

「私はこの道を何度も往復して、技師になったわけよ」

「頭が下がるぅ」


 そうか、アイコはお師匠さんのところに通う度に、こんな退屈な道を歩いていたのか。どおりで、歩き続けるだけの人形になれるわけだ。私にはまだ、その境地には至れそうもない。いや、至らないほうがいいのかな。


「何か変化でもあれば……ん?」


 何か、気配がした。人の気配だろうか。よく目を凝らしてみてみるも、人が歩いてくる様子はない。少し視線を下げてみる。


「ちょ、人が倒れてる!」


 私は思わず駆けだしていた。どこにそんな体力が残っていたのかは、わからない。だけど、助けなきゃ。そう思った。


「え、見えないけど!」


 アイコが後ろで叫んでいる。どんどん、倒れている人影に近づいていく。まだハッキリとは見えない。


 ようやく、人影がハッキリと視認できた。女性が倒れている。私よりも背が高いようだけど、どこか年が近いようにも感じる。黒髪が美しい。服にはところどころ橙色があって、なんだかかわいい。


 って、違う。そうじゃない。助けないと。


 私は倒れている女性の体を抱え起こした。


「ん……」


 女性から声が漏れ出る。ちょっと低めの声だ。よかった、息はある。生きている。


「大丈夫ですか!?」


 声をかけると、女性はゆっくりと口を開いた。


「み、水と食料を……」


 私は人差し指の先からゆっくりと水を出し、彼女の口元に近づけた。彼女がゆっくり、ゆっくりと水を飲んでいく。そういえば、魔法で出した水って飲めるんだろうかと一瞬思ったが、どうやら飲めるらしい。


「はあ……はあ……ふう」


 しばらく彼女は夢中で水を飲み続けた。私の心には少しの悲しみが襲ってきたが、これくらいなら問題はなさそうだ。飲まれることはないだろう。


 彼女は私の手を離れ、自らの意思で座った。どうやら、もう支えは必要ないようだ。回復が早いなあ。タフな人なのかもしれない。空腹と乾きには逆らえなかっただけで。


「ありがとうございます。助かりました」


 彼女が、弱々しく頭を下げた。


「あ、いえ。ええと、ご飯食べます?」


 私が言うと、彼女は今度は力強くうなずく。よほどお腹が減っているらしい。一体なにをどうしたら、ここまで飢えるんだろう。


 しかし、困った。今すぐ食べられるようなものは、特にない。作るしかないか。遅れてやってきたアイコに、食料を出すように伝えると、芋と道ばたで拾った山菜しかなかった。がっつりとした固形物は、今の彼女にはよくないかな。じゃあ、スープを作ろう。


 私は適当な枝をいくつか拾い、魔法で火をつけた。料理をするときにまで魔法を使うと、怒りやら悲しみやらが蘇ってきて正直しんどい。鍋と器を作るのに土魔法を使ったし、スープだから水も使うし……。だけど、便利なのだから仕方がないよね。


「こら、そんなことに魔法を使うな」


 まあ、うつろには怒られるんだけど。


「だって便利なんだもん」

「お前なあ、マイナス感情ばかり思い起こしてたら痛い目見るぞ」

「それはまあ、そうかもせんね」


 そんなことを話している間に、鍋が煮えてきた。まず芋を入れる。それから塩だ。しばらくグツグツと煮込んで、芋が柔らかくなったら山菜を入れる。最後に、アイコが持ってきたトマトと胡椒で仕上げ。トマトスープのできあがりだ。まあ、トマトを入れる順番を間違ったわけだけど。


「ほら、どうぞ」


 私は器によそい、これまた土魔法で作ったスプーンと一緒に彼女に手渡す。彼女は「すまない」と言って、それを受け取った。それからすごい勢いで、彼女はあっと言う間にスープを飲み干した。思わず見惚れてしまうほどの食べっぷりに、私たちも思わず何度もおかわりをしてしまった。


「馳走になった。ありがとう」

「あ、いえ、気持ちの良い食べっぷりでした」

「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」


 うつろが切り出すと、私はハッとした。たしかに、まだ名前を聞いていなかったし、私たちも一切名乗っていなかった。というか、お構いなしに魔法を使っていたし、うつろもこうして出てきているけど、良かったんだろうか。緊急事態だったし、仕方が無いよね。うんうん。


「私はルミ。京都騎士団に所属している」

「あー、騎士団の制服なんですね、それ」

「その通り。まあ正直ださいとは思っているが」

「そうなんだ」

「私はかわいいと思います」


 私が正直に思ったことを伝えると、彼女ははにかんだ。かわいい。


「私はノエル。魔法使い。十八です」

「ノエルさんの魔法には助けられた。ありがとう」

「いえいえ」

「あ、私は二十歳だ」


 年上だったのか。あまり変わらないのかもしれないと思っていたことについて、少し申し訳ない気持ちになってしまう。


「私はアイコ。オーパーツ技師。十九歳です」

「ほう、オーパーツ技師か……」

「ええと、なにか?」

「ああいや、最近オーパーツについて知りたいと思っていたところでな。少し驚いてしまった」


 あ、これはいけない。アイコが目を輝かせて、身を乗り出している。アイコの前でオーパーツへの興味を見せると、こうなるのだ。これは話が長くなるだろうなあ。アイコがルミさんの手を取っている。


「興味あります!? いやー、うれしいなあ。異世界から来たものってことで、結構奇異の目で見られることも多いんですよ。だけどそれを生活に取り入れることで、私たちの文明は発達してきたわけで! 言わば源流! 私たちの技術の元になったものも多くてですね! たとえばこれ! 精霊術士が力をこめることで数ヶ月使えるランタン! ずっと明るいままなんですよ。本来は明るいのと暗いのとを切り替えられるようで、動力も全然違うものなんですけどね? それを精霊術を使って倭大陸でも使えるようにしたということで、この功績は大きいと思うんです! え? 私ですか? 私はまだまだそんな、功績だなんて……まあこのランタンは私が調整したんですけどね! でもゆくゆくは精霊のエネルギーを使わなくても、オーパーツを動かせるようにしたいなあなんて思ってまして! いやあうれしいなあ! こんな話ができるなんて! ノエルなんてこのロマンをわかろうとしないんですよ? ひどいですよね! こんなに面白いのに! それでそれで――」


 本当に長い! ずっと聞いていたけど、もう耐えられない。何度も聞いた、その話は。しかも結局自慢話! 聞くに堪えない。私はオーパーツに興味がないんじゃなくて、アイコの話が長すぎて嫌になっているんだ。私だってそのロマンというのは、なんとなくだけどわかる。


「長い! 短くまとめて!」


 ルミさんは笑って聞いているけど、初対面の人に対して聞かせる話の長さじゃない。きっとこの笑みも、苦笑に違いない。アイコは私の言葉にムッとしているようだけど、誰でもそう思うんじゃないかな。


「要は! オーパーツっていいよね!」

「それだけの話をあれだけ膨らませるんだから、ある意味才能だね」

「でしょ?」

「褒めてない」

「ハハハ、二人は仲がいいんだな」


 ルミさんが大きな声で笑った。いや、お笑いをしているつもりはないんだけどな。それでも、まあ、笑えるだけの元気が出てきたってことで、ここはよしとしておこう。それは本当にいいことだからね。


「おい、お前らの話が長いから私が自己紹介できんだろうが」


 うつろがアイコと私を影の手で叩いた。


「ごめんごめん」

「そうだな、君のことも知りたいものだ」

「私は見ての通り悪魔だ。ノエルと契約している。名前は……うつろだ」


 私はその自己紹介を聞いて、なんだか少し誇らしい気持ちになった。私と会ったときはいろいろな呼び名を言っていたのに、今ではうつろとしか言わない。気に入ってくれているのだろうか。そう思ってうつろを見たら、そっぽを向かれてしまった。

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