第二話:異世界人と魔族(ルミ視点)③

「どうすれば、どうすればよかったんだ」


 思わず、声に出てしまう。ラインハートが肩を揺すっていいるのがわかるが、応える気にはなれなかった。


「ああ……たく、痛いねえ」


 ふと、声が聞こえた。視神経を通じて脳に、映像が流れ込む。血の中で倒れていた父の体が、なぜか起き上がっていた。


「どう、して」


 父は、私に笑顔を向けている。その額には、短い角があった。影が漏れ出るように、父の体にまとわりついている。たしかに、私は父の心臓を刺し貫いたはずだ。なのになぜ、立っているんだ。答えは私の見ている像の中にあったのに、すぐにはそれに気づけなかった。


 魔族。


「おいおい、悪魔つってたよな? お前」

「ああ。俺は人間であり、魔族であり、悪魔だよ」

「んなのありかよ……」

「まあ、もう人間じゃなくなっちまったがね。娘が殺してくれたおかげで、私は魔族としても悪魔としても覚醒できた」


 私が心臓を刺し貫いた瞬間、父に魔族の核が現れたのか。


 私はなぜか、安堵していた。


「流石は俺の娘だ」


 何度も聞いた、父の言葉。私が騎士学校の受験生のなかで成績トップだったとき、騎士学校を首席で卒業したとき、騎士になったとき。任務を成功させたとき。いつだって、私にかけてくれた言葉だった。いつだって、その言葉に胸が躍った。それなのに今は、ただただ、気分が悪い。私は悪夢でも見ているのだろうか。


「さて、と。娘はともかく、君はいただけないね」


 父がラインハートに向き直る。私の顔を横切る。影の刃。驚いて振り返ると、跳躍刷るラインハートの姿があった。ラインハートは空中で手をかざす。父の体が浮き上がる。そのまま高く浮く。勢いよく、地面にたたきつけられた。


「何が、どうなって……」

「ほう、君も魔族だったか」

「不完全だがな」

「つまり君も、英雄が連れてきた実験体というわけだな」

「お前が生まれるずっと前にな」

「限りなく成功に近い……予定を変更しなければ、な!」


 父が起き上がり、影を伸ばす。同時に、ラインハートに手をかざした。ラインハートの動きがぴたり、と止まる。影が伸びていく。


「ラインハート!」


 叫ぶも、ラインハートの体は動かない。額に汗をかいている。動こうとと必死になっているんだろう。それでも、ピクリともしていなかった。魔族の神通力。動きを封じられたラインハートに影が伸びていく。やがてそれはラインハートの首をつかみ、締め上げた。ラインハートの顔が青くなっていく。


 そして、首がガクリとなだれた。


「ラインハート!」


 叫ぶも、返事が無い。私は体を動かそうとしたが、動かなかった。神通力を食らっているわけではないのに、なぜだか私の体は微動だにしない。父がラインハートの体を担ぎ上げる。


「殺してはいない」

「父さん!」

「おっと、お前との勝負はお預けだ。まだ、そのときじゃないんでな」


 父の前に、黒い渦が現れた。あれは、たしか、悪魔の通り道。このままでは、父がラインハートを連れて行ってしまう。


「待って!」

「待たねえよ。悪党なんでな、俺は」


 動けよ、私の体。何を寝ぼけているんだ。何を呆けているんだ。動いてくれよ、頼むから。ラインハートを助けないといけないんだ。父を止めないといけないんだ。もうこれ以上、何かを失いたくはないんだ。


「待って、ねえ、待ってよ!」


 父が渦に身を投じる。


「パパ!」


 叫んだ次の瞬間、父の体は渦に飲み込まれ、渦とともに消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る