里帰り

「お帰り! 待ってたよ!」

「お帰りなさい! ますます可愛くなって」


 出迎えてくれたのは5番目の兄と母だった。母は私をくるくる回して、流行のドレスを褒め、新しい髪型を可愛いと褒めリボンを結び直してくれる。


「なかなか帰ってきてくれないから、リスベンに何度もお願いしてしまったわ」

「俺達も王宮では会いにくいから何度も父さんに頼んだんだよ」


 兄はせっかく母がリボンを結び直してくれたのに、私の頭をくしゃくしゃになで回す。話しているうちに外が騒がしくなり父が入って来た。


「王宮を一緒に出ようと思ったのに、連絡が行き違ってしまった。馬車を急がせたけど、お前の方が先に着いてしまったな」


 外套も脱がずに父が「お帰り」と抱きしめる。私も強く抱きついて父の香りを吸い込む。


「リスベン、お帰りなさい」

「ああ、スサンナ」


 父は私を離して母を抱きしめ「会いたかった」と甘く囁いている。朝、家を出てから数時間も経っていないはずなのに、まるで何年も会っていなかったかのように大げさだ。


 これは、いつもの見慣れた光景だ。父は数多くある領地は叔父達に任せ、政治の世界に残っている。だから王宮近くにあるこの家と王宮を毎日行き来していて、当然、母とは一緒に暮らしている。それなのに毎日、熱烈に愛を伝えている。


 父のせいで、うちの家族はみな愛情表現が大げさなのだと思う。家族はみな数ヶ月も会っていないように私を歓迎してくれるけれど、最後に会ってからまだ一ヶ月も経っていない。両親も兄達も、末っ子でただ一人の女の子の私を、限りなく愛して甘やかしてくれている。


 すぐに他の兄やその妻と子供達も集まり、家の中が賑やかになる。特に姪っ子達は私がお土産として持って帰って来た、美しいリボンや髪飾りを大喜びで試している。


 いつものように皆で楽しんだ後、一晩泊まって帰るだけのつもりだったけど、翌朝、父の書斎に呼ばれた。話があるというのは家に呼ぶ口実だと思っていた。父の真剣な顔に胃が締め付けられるように緊張した。


(侍女を辞めて結婚するようにって話かな)


 結婚適齢になってから一年近くを王宮で過ごした。良い頃合いだと言われてもおかしくない。


「スヴェアヒルダ妃殿下へのご奉公は順調か?」

「はい。私信の清書まで任せて頂けるようになりました」

「⋯⋯妃殿下は、自国の方と頻繁に手紙をやりとりされているのか」

「え? お父様がおっしゃる頻繁がどの程度か分かりませんが、私からお母様への私信よりは多いでしょうか」

「お前からスサンナへの私信は少なすぎる。もう少し送ってやれ」


 父が呆れたように笑う。母は3日とあけず手紙を寄越すけれど、私は5、6通に一度しか返事をしていない。


「気をつけます」

「妃殿下は、自国のどなたに送るのだろうか。ご両親やご兄弟とは、うちのように仲が良いのかな」


 父は何気ない会話を装っているけれど、手紙の内容を知りたがっている。緊張で鼓動が早くなり始めた。


「すみません、私は不勉強ですから相手の方がどなたなのか文面からは判断出来ません。妃殿下のご兄弟の名前すら忘れてしまいました」


 ヴィオラならどう言い抜けるか、そう考えながら何でもないような顔を作ってみせる。でも、こういう事は得意ではない。父にはすぐに分かったのだろう。ため息をついて表情を緩めた。


「すまない。言えない事を聞きだそうとして。お前は妃殿下の侍女として優秀だな。心から誇りに思う」

「ごめんなさい」


 父は立ち上がり、机を回って私の前まで来ると頭をゆっくりなでてくれた。


 どういう人物が訪問して何を話したか。どういう私信をやりとりしているか。それだけではない、お好みや普段の会話など、どういう情報が妃殿下の不利に働くか分からない以上、妃殿下に関わる情報は周知の事実しか口にしないように心掛けている。


 例え家族といえども例外ではない。


「お前が楽しんでいるのも、役に立っている事も知っている。でも、そろそろ新しい世界に入ってもいいんじゃないか。ピレス家も、それを望んでいる」

「⋯⋯」


 答えたくなくて父から視線をそらす。カティは部屋に置いてきてしまった。今、側に居て欲しいのに。カティの代わりに上着の裾を握りしめた。


「ピレス家の奥方が領地に居を移したいそうだ。カティアス殿が暮らすこちらの屋敷をお前に任せたいとおっしゃっている」

「⋯⋯」

「カティアス殿の仕事も、これから忙しくなる。彼は優秀だから、当面は官僚を続けるだろう。ここでの生活を落ち着けた方がいい」

「⋯⋯」

「だから、侍女を辞める時期を決めてもらえないか。今なら、具体的な結婚の日取りについてお前の希望を聞いてやれる」

「五年後」


 父は私のふて腐れた顔を見て、ため息をついた。私だって子供じみた振る舞いだとは分かっている。それでもささやかな抵抗をしたくなる。

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