第52話 希望
俺たちは、倒れた人たちの間を縫うようにして先を進む。
例の管はきれいさっぱり消滅している。
生け贄にされていた人たちは、ゆっくりと肩で息をしているので、命に別状はないみたいだ。
ただし、かなり疲弊しているようで生命力のオーラが弱い。
玲奈も、彼らに対して回復魔法を使うが数が多すぎるので全員は無理だ。
玲奈自身も疲れているからな。
カミラに回復のポーションを頼もう。
ラフィーナたちも加われば問題なく対処出来るだろう。
★
ハンスにラフィーナ、クラウスにヨハネス。
カミラとビアンカ。クリス、アルマ、ケーラの三人娘たち。
新顔のクルト、アーダ。
ヘンリックさんとマーヤさんがいる。
「やったな、ラフィーナ」
「はい」嬉しそうなラフィーナ。
「ここまで上手くいくとはな。想像していなかったよ」
俺はしみじみとそう言った。
「これで勝ったも同然だな」
俺は残った二人と、出来損ないの繭を見やる。
「なあ、ユウトよ」
真面目な顔をしたハンスが、俺に近寄る。
「ん」
「ん、じゃねえ。おまえ、お前なあ」
ヤツは肩をブルブルと振るわせている。
「何だよ、一体」
俺は眉をひそめてハンスを見た。
「聖女様を、お姫様抱っこだと? ふざけんな」
「ん。ああそうか」
「エヘヘ。そうだね」と嬉しそうな玲奈。
「ちっ」あからさまに舌打ちするハンス。
「もう良いや。優兄降ろしてよ」
「あ、ああ」俺はそっと玲奈を床に降ろす。
「ん?」
俺を見詰める仲間たち。
男どもの視線が、ジト目に見えるのは気のせいだろうか。
「お、お二人の関係は」とヨハネス。
「ああ。幼なじみだよ。ただの」
「ええ、ただの幼なじみい?」と不満そうな玲奈。
「血縁関係じゃないのですね?」と詰め寄るヨハネス。
「そうだが?」
「なのに、兄貴と呼ばせているのか?」強い口調のハンス。
「はあ? それは昔からの口癖みたいなもんだ」
「兄貴、お兄様、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
ブツブツ文句を言うクラウス。
「ケッ、見せつけてくれるぜ」
クラウスは暗黒面を前面に押し出したギラギラした目で、俺を睨みつける。
「何が俺はモテないだ」大きく肩を落とすハンス。
「ラフィーナ嬢だけでなくて、聖女様も手籠めにしようと企んでいるとは……。
ユウトさん、貴方って人は……」食いつき気味のヨハネス。
と、野郎共に言われてしまう。
「だ、だからなっ」
俺は必死に野郎どもを説得しようと試みる。
「お前、幼なじみに兄貴呼ばわりさせるとは……。チクショウ、なんて羨ましい」
と、ハンス。
「やはりな。コイツはそんな男さ」
と、クラウス。
「ユウトさん、不潔ですよ」
と、ヨハネス。
駄目だ。コイツら人の話を聞きゃしねえ。
「あー、漫才は終わったのかな」
とヘンリックさんの助け船。
「漫才というか、言いがかりですよ」
ハンスたちからスルリと逃げ出して、ラフィーナの隣に向かった。
「そうなのですか?」
ラフィーナも何処となくお冠である。
何故だろう笑顔が怖い。
「とにかく、話を進めるぞ。玲奈、言いたいことがあるんだろう?」
俺は救いを求める眼で玲奈を見やる。
「あっと、そうだった」
玲奈は俺の方へ駆け寄ると、俺とラフィーナの間に割り込んできた。
「ども」とラフィーナに軽く会釈。
「はい」ラフィーナも微笑む。
女の子同士の他愛の無い会話。
……俺の周りの温度が、少し下がったような気がする。気のせいだよな。
「と、兎に角今は倒れている人たちを助けようぜ」
俺はそう切り出す。
「そうだね」「そうですね」と二人の和やかな対立は終わったみたいだ。
カミラが回復ポーションをみんなに配った。ある程度回復した全員で魔法を使う。
倒れた人たちも目を覚ましていく。
喜ぶクラウス。知り合いが居たみたいだ。
そう言えばコイツの親父さんも洗脳されていたんだよな。
クラウスが狼狽えていない所を見ると、親父さんは元々捕まってはいなかったのだろうな。
生け贄にされていた人たちは、意識を取り戻すとガヤガヤと騒ぎ出す。
生命力を吸い取られて死ぬだったのだ、当然だろう。
早く連れて行かないとパニックになりそうだ。
「少しの間、失礼しますよ……」マーヤさんは再び魔法を唱える。催眠の魔法だ。
再び操り人形と化した人たち。
ヘンリックさんの指示で、彼の部下たちは、大広間に居た人たちを誘導して、外に連れて行った。
★
大広間に気味の悪い静けさが訪れた。
そろそろ大詰め、最後の戦いが始まるのだ。
「そう言えば……」
俺は玲奈を見やる。クソ王子について何か言いたいようだったから。
玲奈はコクンと頷き
「それでテオドールの事なんだけどね」と話を切り出した。
「マーヤ様、言っても良いですか」
玲奈はチラリとマーヤさんを見やる。
「……レイナ様。聞かれたのですね、初代様から……」
真剣な眼差しのマーヤさん。
「うん、全部ね」
「そうですか」押し黙るマーヤさん。
「玲奈。お前、何を知っているんだ」俺は玲奈に声をかける。
「夢でご先祖様に会ったんだよ。この国の初代聖女様にね。
聖女様の名前は、神月咲夜。
その時教えて貰ったんだ。この国の、聖女の秘密をね」
「夢で教えて貰った?。……お告げか」
ああ、そう言えばアーダもそんなこと言っていたっけな。
霊感の高い玲奈ならば、女幽霊さんと会話出来てもおかしくないのか。
俺はマーヤさんを見やる。唇を真一文字に引き締めて押し黙っている。
どうやら夢のお告げとは、話す内容は、面白い類いのものでは無いみたいだ。
「分かりました。では、私の口から言いましょう」
マーヤさんから語られること。
初代聖女が、俺たちの居た世界に戻ることを拒んだのには理由がある。
それはこちらの世界で生まれ、そして亡くなった自分の娘をよみがえらせる為だった。
娘を蘇らせるために編み出した秘術。
それは外法と呼ばれる類いの禁断の秘術だった。
秘術は成功して赤子は蘇った。だがその代償として、初代聖女自身も命を落としてしまったのだ。
大抵、失敗してしまうのだが、稀に成功してしまうのだ。
幾ら成功率の低い未完成の魔法とはいえ、人を蘇らせるのは魅力的だったのだ。
しかも術者のレベル次第では被害は増加したにも関わらず、秘術を使う者は後を絶たなかった。
ペテン師が語る内容に近い、胡散臭い話と高すぎる報酬が飛び交う。
人間の弱みに付け込む輩の、闇取引。
恐らく王家も教会も、加担した者が少なからずいただろう。
初代聖女である神月咲夜が、幽霊としてこの世界に留まったのは、この未完成の秘術に対する心残りが原因なのだ。
「それで、その禁断の秘術をマーヤさんは知っているんですね」俺は問いかける。
「はい」頷くマーヤさん。
「でも、クソ王子……、テオドールのヤツが何故関係してくるんです?」
「テオドールは、王家は初代聖女様。
蘇った神月咲夜様のご息女の血筋でもあるのです」
「初代聖女の血筋か……」
「だから、アタシはこの世界に呼ばれたのよ。
亡くなったテオドールの弟であるアルトー王子を蘇らせるためにね」と玲奈が補足する。
俺たち――。
いや玲奈を召喚したのはそういう理由があったのか。
つまり、亡くなったアルトー王子の復活のため。
弱った王家の力を増幅させるために。
「それで、あの王子サマの力を借りて、どうするつもりなんだ?」
「もしかしたら、もしかしたらなんだけど……」
玲奈は言葉を区切る「
ローマンさんを蘇らせることが出来るかもしれないんだ」
「それは」
俺はラフィーナを見やる。
「本当ですか!」ラフィーナは喜色の笑みを浮かべる。
「成功する確率は、とても低いんだよ」
玲奈はゆっくりと俺たちの顔を見回す。
「だけど、やってみる価値はあると思うよ」
「分かった。その作戦乗ってやろうじゃないか」
クソ王子が、この先どうなっても構わないが、アイツの力が必要なのだ。
「後一つ条件が有ります」
マーヤさん
「あの仮面の男の身体が欲しいのです。
蘇ったローマン殿の器としてね」
あの繭の中には、仮面の男が居る。
アイツを媒介にすることで、再びローマンさんを蘇らせることが出来るようなのだ。
「ラングヤールと仮面の男は私たちが対処します。
その間にユウト様は、テオドールを説得してください」
「分かりました」俺はラフィーナを見やる。
「大丈夫か?」
「はい」ラフィーナは力強く頷く。
「父上と再び会えるかも知れない。希望が生まれましたから」
「ああ。俺はクソ王子を連れてくるよ」
俺も頷く。ラフィーナの力になってやりたいのだ。
「あ、待って。
優兄、アタシも一緒に行くよ」
玲奈は俺の隣にピッタリと近寄る。
「……」
無言のラフィーナ。
「あらら、少し面白展開になってきたかも」
と喜ぶカミラ。
「何言ってるんだよ。……後何人か来てくれるか?」
俺はハンスたちを見やる。
「ケッ、誰がノロケ野郎に付いて行くかよ」
と冷たい目をしたハンス。
「……クソ王子に刺されて来い」
と真顔のクラウス。
「ハハ。お暑いのは苦手なんですよ」
と作り笑いのヨハネス。
「つれないなあ。まあ良いよ
欲ぼけ貴族は、お前達に任せるぜ?」
「オッサンの相手なんて朝飯前だ」
とハンス。
「ハッ自惚れるな、お前がいなくても楽勝だ」
と闇クラウス
「まあまあ、ユウトさんも自慢したいんですよ。レイナ様の前だから」
と含みのある発言をするヨハネス。
「お前ら、なんか棘があるぞ?」
「キミたちの茶番は置いておいて」
と一つ咳払いをするビアンカ。
「確かに王子は心の弱さに付け込まれ、あってはならない過ちを犯した。
だが、王家の権威が無ければこの国は成り立たないのだ。
例え名前だけの王であっても、二千年続いた家名は、この国の民の心の奥底に根付いているのだよ」
ビアンカ真剣な顔で俺を見やる。
「テオドールを上手く説得して欲しい。彼はこの先に『使える人』だからな」
「……何だか怖い台詞だな」
何か引っかかる言い回しだが、まあ良いだろう。大貴族ご令嬢の考えることは分からん。
「了解した、行ってくるよ」
俺と玲奈はクソ王子の元へ向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます