#56 大歓声、南高校パソコン部の後悔
「あの、パソコンをやる部活、それがパソコン部なわけですが、こうしてステージに出てきたのは、ステージで演奏もやるわけです。ここはまるで荒野だ」
事前に用意していたセリフが全て吹っ飛び、しどろもどろの挨拶を続ける順。
その泳ぐ目に、体育館後方の扉から入って来る、南高校パソコン部一行の姿が入った。ステージ上の順たち、さらにそこに直子さんまでがいることに驚愕している様子だ。
いや、違う。探してるのは彼らじゃない。
彼は改めて観客席に目を遣った。いた、ちゃんといる。方面の後ろのほうに、葵ちゃんがクラスの友達と一緒に立って、こちらを見ていた。
意味不明なことを口走ったあとに黙り込んでしまったメインボーカルに、観客のざわめきが高まる。これはステージに出しては駄目なアレではないのか。
「太川部長、曲の紹介を」
どうにもまずい空気に、思わず直子さんが口を出す。
「ええと……すみません。そういうわけで、今はコンピュータを使った音楽、つまりシンセ音楽が人気なわけですが、僕らはシンセにもチャレンジしてたりします」
危ういところで、順は持ち直した。葵ちゃんが見ているのだ。おかしな姿は見せられない。
「では、そのシンセでの演奏を聞いてください。一曲目、シャカタクの『ナイト・バーズ』です」
よし、と舞台袖の先生はガッツポーズを取った。太川くん、まずはMCを乗り切った。この曲はコーラスも少しあるが、そこはキーボードの二人の担当だ。
始まった、実紅ちゃんと直子さんの演奏に、体育館の聴衆は愕然とした。度肝を抜かれたとはこのことだ。
エレクトリック・ピアノの音色で奏でられるそのスタイリッシュなメロディーは、小さな町にある高校の体育館の空気を瞬時に変えた。もしやここは東京? いや、マンハッタンか。
ギターソロのパートは直子さんがホイールを駆使して手弾きで強引に再現し、実紅ちゃんのエレピへ返す。
その鮮やかさに、ステージ袖で待機中のギター部ガールズ・バンドは目を丸くした。本物のギターの音とはかけ離れてはいるものの、たった二台のシンセキーボードでそんなことまでできるのか、という驚きがあった。
モニター画面の前に座ったマニュピレータ役の一関くんは、これ見よがしにキーボードを叩いて、CX7の音色を切り替えてみせる。なぜかサングラスをかけているが、これはYMOの有名なマニュピレータの人がかけていたのが格好良かったので真似してみたのだった。
演奏が終わった後、ステージ前の聴衆は、なぜパソコン部などという人たちがここへ出てきたのかを完全に理解していた。なるほど、シンセというのはこういうものなのだ、まさにコンピューターそのものなのだと。
すさまじい歓声が巻き起こった。北高校の歴史に残るライブだと、その場に立ち会った全員が感じていた。
南高校パソコン部の面々は「してやられた」という顔をしてステージ上の実紅ちゃんたちを呆然と見ている。本来なら彼らが先に、この歓声を浴びることができたはずなのだ。直子さんという最強の切り札を手にしていながら、その活躍の舞台を用意できなかったのは、大失敗と言わざるを得なかった。
鈴木部長としても、どんどん本格化していくパソコン内蔵シンセによるゲーム音楽には強い興味があったのに、ライブをやるなどということは全く思いつきもしなかったのだった。
もっともこれは、実紅ちゃんといういわば全くの部外者が加入してくれたのが幸運だったのだ。元「軽音部」の部室を使うことになったその時に、運命は変わっていたのかも知れない。
万雷の拍手の中、手持ち無沙汰にステージの端に立っていた順は、小走りにセンター位置に戻ってきた。
「ありがとうございました。あの、こんなんやってますいうことでね、今日はパソコン部の名前と僕らの顔だけでも覚えて帰ってもらえれば。いや、僕のはええんで、女性メンバー二人の顔だけでもね」
演奏のあまりの大受けにまたおかしなテンションになっていて、なんだか売れない漫才師のようではあるが、少し笑いが起きた。葵ちゃんも微笑んでくれていて、順としてはエネルギー充填120%だ。
簡単なメンバー紹介を終えて、
「それでは、次の曲。YMOの『希望の河』です!」
と彼は叫んだ。
やはりシンセならYMOやりたいね、ということで入れた曲だ。ただ、この曲はユキヒロさんたちの歌が入る。つまりはそれが順の担当、彼のボーカルデビューというわけなのだった。
(#57「感動のフィナーレ、そして土下座」に続く)
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