#34 新パソコンと新体制

 男子三人それぞれに機材の箱を持って、楽器店を出た。この状態で商店街をうろうろするのは厳しいが、せっかく都会に来たのにまっすぐ緑町に帰るというのも寂しい。というわけで、西郷の言う「敵情視察」を兼ねてマクドナルドに立ち寄ってから帰ることになった。

 ビッグマックはさすがに高級品ということで、西郷はチーズバーガーを頼む。みんなもそれぞれ、フィレオフィッシュやらアップルパイやらにLサイズのコークをつけて、憧れのアメリカン・シティライフを堪能する。


「うーむ。これはうちの百円チーズインバーガーでは太刀打ちできん美味さだ」

 と西郷はうなったが、当時のチーズバーガーは300円近かったわけで、マイナーチェーンの廉価版バーガーでは勝負にならないのは当たり前だっただろう。

「もし緑町にこんな店ができたら、セントレオうちはピンチだぞ。俺ら失業だ」

 そんなことを言って不安がる西郷だったが、全国で1000店舗を超えたマクドナルドが、ついに緑川バイパス沿いにまで出店することになるのは、さらに数年後の話である。

 心配しなくても、彼らの町における「セントレオ・ハンバーガー」の天下はまだ当分続くことになるのだった。


 念願の機材を確保し、それなりに都会の気分を味うこともできた彼らを乗せて、帰りの区間快速電車は田園地帯を疾走した。射し込む西日が彼らの姿をオレンジに染めて、車窓の空も夕暮れの色に変わりつつあった。

「これでいよいよ、本格的に活動開始、となるわけですね」

 一関くんが、足元に置いた「CX7」の箱を見つめる。この新パソコンは、彼と実紅ちゃんがメインで使うことになるわけだから、早くも愛着を感じ始めているのかも知れない。

「どんな音を聞かせてくれるのか、楽しみです」

 普通の女子高生に戻った実紅ちゃんが、隣で控えめに微笑む。

「でも、これを僕たち一年生が使わせてもらうということで、先輩方お二人は本当によろしいのでしょうか?」

「気にしないで、使いこなせるように頑張ってよ。僕には自分のパソコンがあるんだからさ」

 まだまだ「mkⅡ」でやりたいことのある順は、平気な様子だ。


「俺なんか、まだプログラムも何にもできんからな。一から勉強だから、むしろ君らに教えてもらわにゃならん。先輩というより、逆に弟子だよ」

 西郷がそう言って、豪快に笑った。彼は、旧型のほうのPC‐6001を使うことになっている。

 実際のところ、それぞれに違う方向で才能を発揮してくれそうな新入生二人だけに、順や西郷としても期待大といったところなのだった。


 緑町駅に帰ってくると、辺りはもう薄暗くなっていた。そのまま学校へと向かい、部室へとたどり着いて、男子三人はようやく重い荷物を下ろす。先に中信電気で手配してあったブラウン管モニターの箱と合わせて、部室には新機材の箱がずらりと並んだ。

「二人とも、今日はお疲れさま。セットアップはやっておくから、また月曜からよろしく」

 と新入生に声を掛けた順に、

「太川部長。もし構わなかったら、僕も明日、このCX7を少し動かしてみたいんですが」

 一関くんが手を挙げた。

「あの、部長。私も」

 実紅ちゃんも同じ気持ちのようだ。

「そりゃあ、そうだ。せっかくの新機材なんだから、さっそく使ってみたいってのが当然だ」

 うんうん、と西郷がうなずく。


「それじゃ、明日はまたみんなで集まろうか。あとさ、僕はまだ部長じゃ……」

「おいおい、他に誰がパソコン部長になるんだよ」

「太川部長しか考えられないと思います」

「よろしくお願いします、部長」

 こうして、特に正式な手順もなにもなく、なし崩し的に順の部長就任が決定した。もちろん、副部長は西郷だ。南高校のあの城崎副部長の役立たずぶりを考えると、副部長というポジションがそもそも必要かどうか、という疑問もあったのだが、順と二人で部の運営を進めていくためには、やはりちゃんと役職があったほうがやりやすかった。

 こうして、念願の新たなパソコンを確保した北高校パソコン部は、この新体制の下で本格的に活動を開始することになったのだった。


(#35「実紅ちゃんのつぶやき」に続く)

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