第14話:女装は礼儀
バスターとカトリアはヒュージンに連れられ、闇ギルドのアジトの奥深くへと進んでいく。大量の扉と、扉と同じ数だけの警備兵とぬいぐるみのような物体があった。またか、闇ギルドの皆が集まるロビーのような場所にもぬいぐるみのようなものがあったが、これは一体なんなのだろうか?
「クージン、事情は分かっていると思うが、会わせたい奴らがいる」
アジトを進んだ先、その最奥に宝石の散りばめられた石板が埋め込まれた大きな扉があった。警備の者が二人、扉を守っている。ヒュージンはこの扉の奥に存在するだろう人物、クージンに語りかけた。
「わかりました」
扉の向こう側から女の声が聞こえた。それと同時に扉は一人でに動き出した。扉の先、部屋の中は大量のぬいぐるみらしきモノと大きなベッド、そして、車椅子の少女がいた。目に光のない、白髪の少女、その顔はヒュージンとよく似ていた。
「あんたがダークウォッチャーってことか……ああ、オレは──」
「──ドランボウ・サイモア・グラム・バスター様ですよね。話さずとも事情は分かっています、全て見ていましたから」
少女はバスターの言葉を遮るように口を開いた。言葉や触れ合いは求めていないと、突き放すような態度だった。お前を歓迎していない、そんな感じだ。
「お? そうなのか。じゃあもう一度、オレはドランボウ・サイモア・グラム・バスター。オーグラム領主の息子にして真なる勇者、今は如何にして跡継ぎを兄貴に押し付けるかを考える男だ! あんたに話を聞きに来た。よろしく頼む」
「あの……話聞いてます? 話さずとも事情は分かっていると……」
「知ってるだけだろ? 確かにオレはこの闇ギルドで自己紹介をしたことはある。けどあんたに対してじゃない。それってさ、全然違う意味だろ? 例えばオレが今日誰かにおはようと言ったとして、それをあんたに言ったことにはならない。言葉は向けられて、初めてちゃんと意味を持つんじゃねぇのか?」
バスターの言葉に少女は一瞬、ハッとするがすぐに不機嫌そうな顔つきに変わる。
「あぁークージン、そう機嫌を悪くしないで……おいバスター! 気をつけろ、お前は複雑な乙女心というのを理解する必要がある!」
「兄様うるさいですよ? 大体、いい年して結婚どころか妹にべったりで恋人も作らない男に、乙女心がどうだのと言われたくありません。不愉快です」
「んなぁ~~!? そんな、ごめんなぁ……お兄ちゃん、不愉快だったねぇ……」
「なるほど、シスコンか」
なるほど、シスコンか……バスターと俺のヒュージンに対する評価がシンクロする。まぁ見た目も似ているし察してはいた。
「そうですね。そちらがワタシに名乗ると言うのなら、ワタシもあなたに名乗る必要がある。ワタシはノーブラッド・クージン、領地を捨て、今は地下に身を隠す元令嬢、足は不自由で目も見えず、性格も良くない。あぁ、あとワタシの見た目に騙されないでくださいね。大層賢そうに見えるでしょうが、実際の所はあまり頭が良くない。記憶力だけはいいですけど。それでもよければ今日はよろしく」
「おいおい最悪だな! ははは、体弱くて、性格悪くて、頭も良くないのか? でも見た目はいいし、お前の兄貴はお前が生きてて随分嬉しいみてぇだぞ? どうしてそんなに不機嫌なのか、オレにはよくわからねぇなぁ」
おま、バスター!? こ、こここ、これで正解なのか? 分からない……このクージンという少女も癖が強そうだからなぁ……どう対応するのがいいのか……
「ふふ、ワタシが不機嫌なのはこの地下暮らしは退屈でツマラナイからですよ。さらに言うなら、この闇ギルドも、その外も男が多い。まぁ人が普通に暮らしていれば、そりゃあいるでしょって程度の数ですが……ワタシにとってはとても多い。男が嫌いなんですよ」
「えっ!? そうなの……? どうしようもねぇな……お前のご機嫌の為にこの街の男を全員どっかに移すわけにはいかねぇし、オレも女にはなれねぇ……いや、待てよ? じゃあ、オレ、女装して来ようか?」
「ば、ばばば、バスターが女装を!??????」
目をギラつかせるカトリア、そうか……お前は見たいんだな。バスターの女装を……まぁ顔は女装しても問題ないかもだが……バスターは結構筋肉あるからな、似合わんと思うが……似合う似合わないの話じゃないのかもな……好きな人の色んな姿を見てみたい、そういう感じなの……か? 自信がない……
「ふふ、ふふふふ! 分かってはいましたが変な人ですねあなたは。それではワタシの予備の服があるのでそちらを着てください。さぁどうぞ」
えぇ!? 乗り気!? このクージンという少女、やはり只者ではない……しかも自分の服を……いいのか?
「いやお前男が苦手なんだろ? オレが自分の服着たら嫌なんじゃ……」
「大丈夫ですよ。あなたが着た服は捨てますから。丁度古くなっていたものですし、問題ありません」
「……嘘だろ……? クージンが……笑った? え!? もう一年以上、クージンの笑顔を見られていなかったのに……ああバスター、ありがとう。けど妹の服を着ることは許さん!! お前が着るぐらいなら僕が着るッ!! お前は自分で女物の服を買ってこい! それぐらいの金は妹の笑顔の礼にやる!」
嬉し涙目のヒュージンが金貨の入った小袋をバスターに手渡す。女物の服を買ったとしても、あまりある、というかあまりまくる額だ……そんなに妹の笑顔が見れたのが嬉しかったのか。
そんなわけで、バスターはカトリアと共に帝都の婦人向け洋服店に向かい、自分用とカトリア用の婦人服を買うと、その場で着替え、また闇ギルド、そしてクージンの部屋へと戻る。バスターに服を買って貰ったカトリアが終始ニヤニヤ、ご機嫌だったのは言うまでもない。
「よし、これでやっと、お前と話ができるな。聞かせてくれるか? ダークウォッチャーのことを」
「ええ、もちろん。礼儀の在る方にはこちらも礼を尽くすのが道理ですから。ダークウォッチャーとは、文字通り闇を見るもの、闇を監視する者という意味を持ちます。この闇とは、主に邪神や異界の神のことを指しています。闇を監視、つまり邪神や異界の神に対抗しうる者、抑止力。それがダークウォッチャーです」
「は? そうなのか? なんか説明聞いてるといいモノっぽいなダークウォッチャー。ジョブ適性診断所の奴は、ダークウォッチャーが邪神と関わる危ないモノみたいに言ってたけどよ」
「まぁ、それも一部分を切り取って見れば嘘ではないでしょうね。過去には邪神を監視し、見るうちに、邪神に魅入られ、人や神の敵となったダークウォッチャーも存在したわけですから。ですが、それはごく一部のダークウォッチャーがやったことであって、その他大勢のダークウォッチャーからすれば例外中の例外。まぁ、聖騎士……アレンコード教はその例外をさも全てであるかのように騙り、事実を捻じ曲げているのです」
ちょ、アレンコード教が悪党みたいなそういうことを言いたげだな。まぁアレンコード教と俺は無関係なんだけど、自分のこと言われてるみたいでモヤモヤするなぁ……
「ほーん、つまりダークウォッチャーは邪神や異界の神に対抗するのに必要な存在なんだけど、聖騎士はそのダークウォッチャーを嫌っていて、殺しまくってると……なんでだ……? なんで聖騎士はダークウォッチャーを潰す必要があんだ?」
「さぁ? 色々な説がありますから。例えばアレンコード教が崇拝してるのは、本当はアレンコードではなく邪神だとか、そもそもダークウォッチャーという存在が力の強い存在で権力構造の維持に邪魔だとか、昔弾圧してしまったから後戻りできなくなった説とか、まぁ色々ですよ……その、ワタシからも質問してよろしいですか?」
「ああいいぜ」
「バスターさんは真なる勇者らしいですが、真なる勇者というのは、あの伝承にある真なる勇者のことですか? 兄様のような通常の勇者、一つの共同体に三人までの勇者とは違う存在」
「ああそうだ。父様にはまだ外で言うなって言われているが、そんなことは知ったこっちゃねぇ。カトリアが生き残る方が大事だ。オレはこのことを偽って信用を得られる程、闇ギルドを低く見積もるつもりはねぇ。その内知られることになると思うが……オレの地元、オーグラムが謎の魔物達の襲撃を受けた。そいつらは新魔族と名乗り、新魔王を頭としてオーグラムの領民を殺した。新魔族はその数5000、ちょっとした軍隊レベル、強さは一匹が一般的な騎士長クラス、新魔王に関してはその1000倍いやもっとか? とにかくすげー強かった」
「新魔族? そんなの聞いたことないぞ……バスター、その話本当なのか? だがその言い方だとお前は……騎士長の1000倍は強い新魔王と、戦ったのか? いやそうなのだな……そしてお前は生きている。つまり、倒したのか? その新魔王を」
「察しがいいね、ヒュージン先輩。そうだオレが新魔族の3000と新魔王を倒した。残り2000は父様と剣聖賢者グランドが倒したらしい。まぁ新魔王と一部の新魔族に関しては戦意喪失で戦えなくなったから生け捕りにしたけど。オレ達は新魔王軍と戦い、勝利した。そんで……奴らには命令を下した神がいるようだった。我が神と、奴らは誰かに問うていた。その神ってのはよぉ、ダークウォッチャーの監視対象、つまりは邪神だとか、異界の神なんじゃねぇか?」
顔を青褪めさせるヒュージン、クージンも考え込んだ。オレもバスターと同じ考えだ。新魔王軍、新魔族達は、邪神か、あるいは異界の神によって生み出された種族。もし、そうなら……ダークウォッチャーはこれから先の未来で、重要な存在となるのかもしれない。
しかし、引っかかることがある。それは俺がダークウォッチャーという存在を知らなかったということだ。俺が天界に封印される前、1500年前にはダークウォッチャーなどというジョブ、力を持った存在はいなかった。
どうやら、この世界は俺が知っていた頃とは大きく変わってしまったみたいだ。
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