第9話 真打は姫騎士?

「凄い……」


 漣は感嘆の声を零した。


 きらきらと輝くブルーシルバーの髪をなびかせ、舞のように優雅に、神楽のように力強く、風を纏って剣を振るう美しい姿に見惚れて。


「怪我はありませんか?」


 あまりに呆けていたため、彼女か掛けてくれた声に反応ができなかった。


「あの、大丈夫ですか……?」


「あ、ああっ」


 漣は先ほど切られた左手の甲にちらりと目を向ける。


 すでに血は止まっていて、傷のほとんどが塞がりかけて元の状態に戻りつつあった。


 もちろんこれも、体内に存在するナノマシンの効果だ。


「大丈夫……あの、御ありがとうございます、です」


 敬語で返したのは、相手も敬語だったからだが、ここで一つ重要なことに気付く。


〝日本語が、通じる……?〟


 いや、そうではない。


 彼女の話す言葉は明らかに日本語ではないし、発音も聞いたことのないまったく知らない言語だ。


 そして、漣が彼女に返した言葉も同じく日本語ではなかった。


 ごく自然に日本語として認識し、何の違和感もなく日本語として話す。それなのに実際の言葉は日本語ではない。


 どう考えても不思議な現象だが、これもメビウス少年の与えてくれた能力なのだろう。


 ステータスを確認すると【オールリンガル:全言語同時翻訳会話機能】とある。


「人の話聞かない割には、いい仕事するな少年……」


「はい?」


「あ、いえ。何でもありま、ません。御助けてくれてありがとうござ、います、ます」


「いえ。これも私の使命ですから」


 左腰に下げた綺麗な装飾を施した鞘に剣を納めながら、女の子はほんの少し口元を緩めた。


 使命? 人を魔物から助けることが、という意味だろうか。


 見たところ、漣よりは若いようで、顔には少しあどけなさが残っている。


 さらさらのブルーシルバーの髪に、切れ長でぱっちりとした翠の瞳。


 鼻筋の通った小ぶりの鼻と、両端が上向きの上品な唇。


 前髪が右目にかかりやや冷たい印象だが、紛れもない美女だ。


 女優やモデルの中にもこれほどの美女はそういない。


 一見華奢に見えるが、露出している腕や太ももにはしっかりと筋肉もついている。


 光を反射して輝くビスチェのような銀のブレストプレートに、同じ素材のオーバーニーブーツと腕を保護するガントレット。


 プレートの下はパフスリーブの白いドレスシャツ、そして膝上のスカート。


 その姿は、ゲームやアニメに登場する姫騎士を連想させる。


 驚いたのは、彼女がアラートⅡの魔物三体を一瞬で倒したことだ。しかも一体は魔法のようなものを使ったと思えば、一体は見事な剣さばきで胴の中央付近を横に、もう一体は頭から尻尾までを縦に真っ二つ。まるで豆腐でも切ったかのように、骨まで綺麗に切断されている。


 適当に剣を振り回しただけでは、こうも見事には斬れないだろう。ということは、女の子にはこの蜥蜴が見えていたのかもしれない。


「ディスアザードです。見るのは初めてですか?」


 蜥蜴の死体を物珍しそうに見ていたからか、その姫騎士は首を傾げて漣に尋ねた。


「あ、ああ、そうです、ございます……」


 姫騎士は口元を押さえてぷっと吹き出した。


「無理しなくて大丈夫ですよ」


「え?」


 漣には彼女の言葉の意味が分からなかった。


「話し方です。他国の方なのでしょう? 語尾が少し変だわ。難しい言葉を使う必要はありません、もっと気軽に話してください」


 漣自身は気付かなかったが、細かい部分が上手く言葉になっていなかったようだ。


「どうもありがとう。そうさせてもらうよ」


 これは少しづつ慣れていくしかない。姫騎士はこくんと頷いた。


「ディスアザードはそれほど強い魔物ではないのだけれど、姿が見えない上に必ず複数で狩りをするので、非常に危険な相手です」


「でも……君は見えていたんだよね?」


「ええ」


 姫騎士の説明によると、ディスアザードは体色を水のように透明にできる。ただそれだけなら、よく目を凝らせば見つけることはできる。一体目が倒された後、漣が見た二体が正にその状態だった。


 だが、最初に襲われたときは、完全に透明でまったく見えなかった。


「ディスアザードは透明化して獲物を取り囲んだ後、視覚を鈍らせるガスを吐いて辺りに充満させるの。そうなると、ガスに包まれた人からは完全に見えなくなります」


「えっと、じゃあ、君がみえていたのは……もしかして、そのガスの外だったからってこと?」


「はい、正解です」


 姫騎士はぴんっと人差し指を立てた。


 少しだけだが、声が弾んだように聞こえたのは気のせいだろうか。もしかすると、見た目ほど冷たい性格ではないのかもしれない。


「でもいくつか疑問もあります。聞いてもいいですか?」


「疑問? いいけど」


「貴方はあの状況の中で、それでもディスアザードが少しは見えていたのでしょう? どうしてですか?」


 姫騎士は、漣が上を警戒しながらダガーを構える様子を見て、木の上のディスアザードに気付いたという。


「そういう探知系のスキルをお持ちなのですか? それとも相手のレベルかステータスが見える、とか?」


 漣はどう答えるべきか迷った。


 彼女は戦闘だけでなく、洞察力もかなり鋭いようだ。


 隠す必要があるかどうかは分からないが、今はまだ自分が異世界からの転生者だということは、黙っている方がいいような気がする。


「ああ、ごめんなさい、不躾でした。スキルとかそんな重要なこと、そう簡単に他人には明かせないですね」


「い、いや、そういうわけじゃなくて。なんというか、気配みたいなものを感じただけっていうか、その……ごめんっ」


 すまなそうに頭を下げる姫騎士の態度に、漣は逆に恐縮して咄嗟に謝ってしまう。


「いえ、気にしないでください。私の方こそごめんなさい」


「や、君は助けてくれたわけだから、そんなっ」


「いいえ、それとこれとは話が別ですから」


 二人の謝罪合戦は、その後しばらくの間続いた。


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