第8話 現れたのは?

 目的地に近づくにつれて、先行するドローンビートルからの映像にも、はっきりと湖の様子が映し出されてくる。


 山に向かった方が太く反対側が細くなった茄子みたいな形で、木々に覆われてはいるものの、細くなったその先からは川が流れ出している様子も見える。


 都合が良いことに、太くなっている山側の湖岸は、周囲を高木のない草地が囲むように広がっていて、これならキャンプを張るのにも問題はなさそうだ。


 それに何より、何時間歩いてもほとんど変わらない木と草と土だけの風景にはもう飽きてしまっていたので、違う景色が見られるというだけでも気持ちが晴れる。


 それまでよりも明らかに軽い足取りで湖を目指し、残り500m程の所まで進んだだろうか、ドローンの映像では分からなかったが、いきなり視界が開けた場所に出た。


「これって……道か?」


 幅はおよそ3m。


 それほど広くはないし、アスファルトやコンクリートで舗装されている訳でもないが、しっかりと踏み固められていて、多少の雨でぬかるんだりはしないだろう。


 湖の外周を囲むように作られた道らしく、川の流れ出す下流側へと続いているようだ。


 ただし使われなくなって長いのか、丈の短い草が一面に茂り、ここ最近に何かが通ったような形跡はない。


 それでも、この世界で初めて目にする文明の証だ。


 漣はしゃがみ込んで草を手でかき分け、地面の状態をじっくりと観察してみた。


 道の両側が窪み、真ん中の部分が盛り上がっている。


「轍だ……」


 これはもう疑いようがない。この世界には車輪のある乗り物が存在する。


 しかも轍の幅から考えて、元の世界とほぼ変わらない大きさの物だ。


 それならば、この世界に住む人々も姿形はたいして変わらないだろう。


 髪の色は? 目の色は?


 どんな家に住んで、どんな街を作っている?


 内燃機関はあるのか? 電気は? 文化レベルは?


「そういえばメビウス少年、この世界のお金をくれたんだったな」


 使う場面もなかったのですっかり忘れていたが、貨幣を見ればおおよそ文明のレベルが分かる。


 そんなことを想像するのに夢中になっていたせいで、周囲への注意を完全に怠ってしまっていた。



【ENEMY!】


【ARERTⅡ】



 突然の警告。


 背後から、しかも木の上だ。


「アラートⅡだって!?」


 漣が立ちあがり、振り向いて上を見上げようとしたその時。


 

【ENEMY!】【ENEMY!】


【ARERTⅡ】【ARERTⅡ】



 更に二つの警告が表示された。


 前方左右に二つ、後ろに一つ。前方の二つも木の上らしい。


 目を凝らしてみるが、どこにも生物らしきものは見えない。


「まさか……擬態してるのか? 透明ってことはないよな……」


 グランゼイトに変身すれば視覚を赤外線モードにもできるのだが、今のところはまだレベルが足りない。


 漣は左手でサヴァイブダガーを抜き、歩く歩幅で足を前後に広げて軽く膝を曲げる。


 バスターガンを使うか、それともエレメントアサルトライフルか。


 相手は初めてのアラートⅡ、しかも正体不明。


 カマキリのような昆虫系だった場合、光弾を弾かれるかもしれないが、ライフルだと接近されたときの取り回しが問題だ。


 相手の姿が見えないとなれば、零距離まで接近される危険もある。


「どっちにしろ、このままじゃ不味いよな……」


 漣は警告の三体が左右になるよう、身体の位置を変える。


 ガサッ。


 ちょうどそのとき、右の上方から木の揺れる音が聞こえ、ほんの一瞬、【ENEMY!】の文字が重なる景色の一部が光ったように見えた。


「やばっ」


 何かが飛び掛かってくる。


 だが、大きさも形も能力も分からない相手と、まともにやり合えるとも思えない。


 漣は本能的に身体を捻り、ダガーを振りぬきながら後ろへ飛んだ。


「つっ」


 全く手ごたえがなかったところをみると、ダガーは空振りになったようだ。


 それなのに、相手の攻撃は掠ったらしく、左手の甲の皮膚が裂けて血が流れている。


 さらに、いつの間にか他の二体と合わせて、三方を囲まれる形になってしまった。


 これは非常に不味い。


「伏せてっ、伏せてください!」


 バスターガンに手を伸ばしたと同時に、今度は後ろから女性の叫び声。


 もう何だかわからなかったが、漣はほとんど条件反射のように身を屈める。


「エアカッター!」


 女性の声が響いた直後、空気を唸らせて三日月型の何かが頭上を飛び去り、肉を切り裂く音がしたと同時に消えた。


「な、なんだ今の!? 魔法っ?」


 ドサドサと地面に落ちたあたりに目を向けると、胴体を真っ二つにされた緑色の巨大な蜥蜴が姿を現した。


 頭の部分は鮫に似ているが、体全体が薄っぺらで横幅が広く、蜥蜴よりはサンショウウオに近い。


 前足と後ろ脚の間に薄い膜があり、これで空中を滑空するのだろう。


 透明になる理屈は分からないが、死んだら本来の色に戻るらしい。


 前足は異様に長く、鋭い爪が生えていた。


「ボサっとしないでっ。こちらに走って、早くっ!!」


 もう一度叫ぶ声がして、見ると一人の女の子が剣を構え、まるで飛ぶように地を駆けて漣とすれ違う。


 それと同時に突風が吹き、森の樹々を大きく揺さぶった。


 漣は言われた通りに走り、女の子から少し離れた位置で立ち止まる。


 何が始まるのか、見定めておきたかったのだ。


 さっきまで全く見えなかった蜥蜴だが、透明ではあっても、今はまるで揺らめく水のように見えている。


 女の子は、右上から飛び込んでくる一匹を縦に切り裂く。


 洗練された無駄のない動き。


 さらに左から襲うもう一匹を、彼女はまったく慌てることもなく一刀の下に両断した。




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