第36話

「乃愛さん」

「なあにー、静玖」

「乃愛さーん」

「なあにかなー」

「乃愛っちー」

「はいはい静玖っちー」

「……ふふ」


 ぼんやりした会話が続く。

 文化祭一日目。私と静玖は学校の敷地内にあるベンチで並んで座っていた。私も静玖も、魂が抜けかけている。

 なぜかって、それは。


「……いやぁ、わかってたけどすごいね。お姉ちゃんの妹効果」

「あ、あはは……」


 白水叶恋の妹だと隠さなくなった影響で、私は人に囲まれることが多くなった。お姉ちゃんとお近づきになりたい生徒は多いというか、この学校の生徒全員がそうなんじゃないかと思う。


 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。

 お姉ちゃんと仲良くしたいなら、一般人の私をまず仲良くなればいい。皆多分そんな発想なんだろうなぁ。

 ……はぁ。


「……でも、失礼ですよね」

「うん?」

「乃愛さんは乃愛さんなのに。会長と仲良くするためだけに近づこうとするなんて、ひどいです」

「まあ、それだけお姉ちゃんが魅力的ってことじゃない?」

「それはそうですが! 乃愛さんだって魅力的です!」

「……そ、そうかなぁ?」

「当たり前じゃないですか!」


 ずい、と彼女が迫ってくる。

 近い。相変わらずとてつもなく近い。


 静玖の押しが強いのは今に始まったことではないけれど、やっぱりちょっと気圧される。


「乃愛さんはまず優しいです! 今日も他の学校の生徒を案内してたの見ましたし、会長に負けないくらいかっこいいですし、ふとした瞬間に見せる笑顔がとっても素敵です!」

「も、もういいって! 恥ずかしいから!」

「駄目です! 乃愛さんは自覚してください!」

「えぇ……」


 自覚て。

 いや、でも最近は前よりも自分のことを好きになってきた気はするのだ。


 あのお姉ちゃんが私のことを好きだって言ってくれるのもあるし。それに、私らしくいようって最近は強く思うようになってきた。


 頑張るのも、それはそれで悪くないが。

 無理したらまた皆に心配をかけてしまうし。だから最近の私は、無理をせずに、より私らしく伸び伸び生きることを目標にしている。

 まだまだ色々と志半ばって感じだけど。


「そんなこと言ったら、静玖だって魅力的だよ」

「はい?」

「困ったときは力になってくれるし、人にちゃんと好意を伝えられるのもすごいと思うし、可愛いし!」

「え、えっと……」


 押しが強い割に、静玖は自分が押されるとすぐ照れる。

 もしかして私、今すごい恥ずかしいこと言った?


 いやいや、でも取り消すのもおかしいし。

 ……。

 き、気まずい。


「あ、ありがとうございます……」

「う、うん。どういたしまして……?」


 こんな日に私たちは何をしているのだろう。

 静玖はこれまで友達になったことがないタイプの人だから、色々と勝手が違うと言うかなんというか。


 でも、彼女のおかげで私も素直な気持ちを口にする機会が多くなった気がする。


 それは間違いなくいい影響で。

 むむ、しかし。


「あ、あの! 白水乃愛さんですよね?」


 噂をすれば。

 いやぁ、やっぱりお姉ちゃんってモテるんだなぁ。

 ……いや、別に?


 別に嫉妬してるわけじゃない。お姉ちゃんを閉じ込めちゃえ、なんて気持ちはもう私にはないわけで。


 皆の人気者のお姉ちゃんのこと、嫌いじゃないし。

 好きな人が皆から好かれるのは嬉しいし? べっつに何も思うところなんてないわけで?


 ……うぅ。

 やっぱりちょっと、もやもやする。


「えっと、お姉ちゃんのことですよね? 質問は三つまでで……」

「違います!」

「……む?」

「白水乃愛さん! 私はあなたのことが知りたいです!」


 はい?


「白水さんのこと、かっこいいって思ってたんです! さらっと校内のゴミ拾いしたり、困ってる人を助けたり! すごいって思ってます!」

「は、はぁ……」

「なので! 私とお友達から始めてくれませんか!?」


 な、なんかデジャブを感じる。

 私はちらと静玖を見た。


 彼女は腕を組んで、うんうんと頷いている。

 いや、どういう反応? 何キャラなんだろう、これは。


「え、えーっと。……じゃあ連絡先、交換します?」

「します!!」


 ……即答だぁ。

 私は変人に好かれる、と前に智友が言っていたけれど。ほんとかもしれない、とちょっと思う。


 いやいや、初対面の人を変人扱いは失礼にも程があるんだけど。

 ていうか、変人ってより押しが強い人に好かれるのでは?


 思えば智友も静玖もそうだし。私が押しに弱すぎる的な面があるのは否めないけど。


 こ、こんな感じでいいのかなぁ。

 これが私らしさといえば、私らしさだったり?

 ……こんならしさはやなんですが。


「ありがとうございます! これからよろしくお願いしますね!」

「う、うん……」

「あの、乃愛さん。時間が……」

「え? あっ……ごめんなさい! 友達の劇を見に行かないとだから、また今度!」


 私は静玖の手を引いて、立ち上がった。

 演劇部の劇が始まる時間が迫っている。智友には絶対見に行くと言っているから、遅れるわけにはいかない。

 私は人混みを掻き分けて、体育館に向かった。





 劇の脚本は毎回一年生が作るらしく、今回の劇はラブストーリーだった。


 智友の役は夢に向かって日々努力しているヒロインの役。大女優になるのが夢というのが、ちょっと智友に被っている気がした。


 私は体育館の後ろの方で、劇の様子を眺めた。

 栄養バランスが適当になってしまうくらい頑張っていただけあって、智友の演技はかなり洗練されている。


 見入っている間に、劇はどんどん進んでいき、気づけば終わっていた。

 拍手の音が響いた頃、私はようやく現実に帰ってきた。


 劇が終わった後、舞台裏に寄ってほしいと言われていたから、私は静玖と一緒に舞台裏まで歩いて行った。色々とバタバタしていて、お邪魔じゃないかなって思うけれど。


 声をかけようとした時、私の後ろから足音が聞こえてきた。

 遅れて、爽やかで甘い匂いが。


「智友ちゃん」

「お、わんこちゃん」


 私の背後から姿を現したのは、お姉ちゃんだった。

 この前のことがあったから、ちょっと不安だ。


 お姉ちゃんが現れたことで、舞台裏は軽くパニック状態に陥っていた。どこから取り出したのか、色紙を持っている子もいる。

 ……それ、常備してるの?


「劇、すごいよかったよ。胸に響いた。自分らしく頑張ろうって最後に決めたヒロインが特にね」

「ならよかった。無理言って脚本担当した甲斐があったよ」


 え。

 ヒロイン役をやりながら、脚本も?

 そりゃ忙しくなるわけだ、と思う。智友も大概色んな才能があるなぁ。


「……誰かへのメッセージ?」

「物語なんて大抵誰かしらへのメッセージじゃない?」

「ふふ、そうかもね」


 一見和やかな感じだけど、やっぱりちょっとピリピリしているような。

 またこの前みたいに喧嘩にならないといいけど。

 いや、また同じことになったら、今度こそ私が止めよう。


「……私は、もう迷わないよ。これから先何があっても、乃愛と一緒にいる」

「……そ。じゃあ、私の目を見て誓いなよ。乃愛のこと、幸せにするって」

「乃愛のこと、幸せにする。絶対にね」

「……うん。及第点かな」


 ざわ、と周りがざわめく。

 これ、こんなところでしていいやりとりなのかな。視線が凄まじく突き刺さって痛いのですが。


 お姉ちゃんの言葉はすごい嬉しいんだけど、でも。

 むむ、むむむ……。


「ちゃんと乃愛のこと、見てなよ。見てないと、あたしが奪っちゃうから」

「大丈夫だよ。智友ちゃんに奪われるほど、乃愛と私の繋がりは脆くないから」

「言うじゃん。さっすがわんこちゃん。番犬だね。うん、安心安心」


 お姉ちゃんは私の方を振り返って、そっと手を握ってくる。


「青山さん。ちょっと乃愛のこと、借りるね」

「……はい! ごゆっくり!」

「え。まだ智友に挨拶できてないんですけど?」

「私が済ませといたから大丈夫だよ」

「えぇ……」


 有無を言わさず、お姉ちゃんは私を引っ張っていく。

 強引な。


 いや、まあ、お姉ちゃんが強引なのは今に始まった事ではないんだけど。しょうがないなぁ、と思いながら、私はお姉ちゃんと一緒に歩いた。


 どこに連れて行かれるのかという不安は、なかった。

 お姉ちゃんにとなら、どこだって。

 私はぎゅっと、お姉ちゃんの手を握った。

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