恋する天使のアナザーネーム 1
2月29日 3
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私には家族がいて、友達がいて、好きな人がいた。
でも好きな人ができた。
それだけだった。
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ヤマトは居間で布団にくるまったまま、意識を徐々に浮上させる。
(もう朝かなぁ)
枕もとの携帯端末に右手を伸ばす。
(まだ、3時前)
ディスプレイが吐息をあぶり出す。
(玄関からだ)
聴覚が捕まえたのは〝カチャ〟。
(風かなぁ)
カーテンと窓の向こうで、電線が揺れている気配はない。
(猫かなぁ)
動物の立てる物音に、起こされた試しはない。
(人かなぁ)
――
僕のつぶやきに、ヤマトが気づくこともない。
飛び起きたヤマトは明かりをつけた。
扉が乱暴に開かれた。
居間の東側、食器棚があるだけの薄暗いリビングが埋まった。
何で?
紺色のスーツ姿で身を固めた、三人の男たちで。
中肉中背、顔にも髪型にも特徴はない。
「なん」
ですかあなたたち、と部屋の主は続けようとするが、その唇は強張っていた。恐怖ゆえだろう。14歳の少年なのだから当然だ。布団の上に青い寝巻き姿で立つ、ボブカットの美少女そのものな彼は、後ずさることもできないまま声を絞り出そうと試みている。二階で眠る幼馴染に、異変を伝えなくてはならないからだ。
(もし、この三人以外にも、変なヤツらが入ってきてたら)
真空に近い意識の中で、冷静な思考が浮かんで消えて。
三人がこちらに眦を向け、板張りの茶色い床を土足で踏みつけて。
一歩、二歩、三歩。
敷居を超えて、一歩、二歩。
床と畳に泥が落ち、布団にも一つ、黒い足跡がついて。
(ココロが、危ない)
冷静な思考が、もう一度浮かんで消えて――午前6時に暖房が入る設定のフロアで、彼は踊った。
「ごぇ」
「あぉ」
ヤマトが振り回したこたつの天板の側面に、胴を薙がれた二人の声である。残りの一人は急所を左のつま先で抉られた。二人が布団へうつぶせに崩れ落ちるのと、一人がうずくまるのは同時。
小鬼の舞いは続く。
動けない三人の首が上から突き潰される。こたつの天板は重たい。ぐちゃん、に続いて、ぇお、が重なる。
「ふざけるなよ」
天井に凶器がぶつかって、それから硬いものが割れる音。
「人のうちに」
うめき声がはみ出して、布団が汚れて。
「こんな時間に」
天井に凶器がぶつかって、それから硬いものが割れる音。
「土足で入ってきやがって」
うめき声がはみ出して、布団が汚れて。
「これは、僕が」
我に返れば屠殺の後。
「う、うそだろ、僕は、一体、なにやって」
気温が10度を割った室内で、背中がベタリと濡れてくる。
(でも、やっちゃったモンは、しょうがない。襲われたのは僕の方だし。それよりも)
噴き出した脂汗が冷えて固まるその前に。
「ココロっ」
叫んで骸を飛び越えて、敷居も飛び越え板間を蹴って、開いたドアから飛び出して。
「さすがね」
薄暗い廊下に、こうこぼした一人の少女の姿を認めて。
「どうしたのよ、情けない顔しちゃって」
自分より頭一つ分ほど背の低い、黒髪黒目の愛しい彼女。
「こ、ココロ、怪我は」
「大丈夫。それよりヤマト、いきなりだけど逃げるわよ。早く着替えて外に来て」
中学校の制服である紺に金字のセーラーは、灰色のダッフルコートで隠れていた。
彼女は玄関前の路上に停められた黒くて大きなセダンの運転席を開け、何かを引っ張り出していた。
「なに、やってるの?」
「捨ててるの」
街灯が微かに照らす中、アスファルトに投げ出されたのは。
「さっきのヤツらと、同じような」
「そうよ。コレもアレらもみんな機構のエージェント、って言っても列島部の連中だから半人前だけどね」
乗って、と彼女はヤマトをドライブにいざなう。厚い雲の切れ間から時折満月が顔を出す、寒いの夜のできごとだった。
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