第14話 追手

 アイリスたちは、森の入口よりもいくらか奥へと入って、街から姿が見られないようにする。

 そこでようやく走るのをやめて一息ついた。


 全力疾走したはずなのに、全く息は切れない。

 体力を消耗した感覚もない。無限に動き続けられそうだ。

 リュカも同様だった。それどころか、レオとエリナを抱えて走っていたはずのリュカはそもそも呼吸すらしている様子が無い。まあ、考えてみればそれは当然のことだったが。


 雷撃によって消し飛んだレオの変装魔法は自然に復元し、エリナは美しい姿を取り戻していた。

 

「エリナ。大丈夫?」


 レオが心配そうにエリナをうかがう。

 エリナは声に元気がなかった。


「うん……体が、思うように動かない。さっき受けた雷のせいかな」

「そうだね。見た目は変装魔法が効いてるからわからないんだけど、本体のゾンビのほうは、さっきの雷攻撃を受けちゃったからね。不死身のアンデッドはあんなので死にはしないけど、受けたダメージが大きければ大きいほど、それに比例して活動不能時間が長くなる。その隙に聖騎士の退魔攻撃なんか受けちゃったら消滅しちゃうから、気を付けないとね」


 レオはアイリスとリュカをチラッと見ながら言う。どうやら二人への忠告のつもりのようだった。

 涼しい顔のリュカと、「わかってますよぅ」と小さい声で言いながら不機嫌そうにレオを睨み返すアイリス。

 エリナは、シュンとしながらリュカへ上目遣いした。 


「……ごめんなさい。一目だけでいいって言ったの、私なのに」


 アイリスには、エリナの気持ちが痛いほどわかった。

 一目見てしまったら、もう戻れない。

 最悪、仮にこの場で消滅することになっても愛する人の元へ行きたい、とまで思い詰めたのではないかとアイリスは思った。


 あれ? とアイリスは不意に思いつく。

 そしたら、イってもおかしくない気がする、と。

 イッたのか、イってないのか。

 一人だけよこしまな好奇心でエリナをチラチラ観察するアイリス。


「ああ。気にするな」


 エリナの気持ちをおもんぱかったのであろう、リュカは優しく微笑み、エリナの肩を抱いてなぐさめる。

 うつむき、たまらず涙を落とすエリナ。

 そのエリナを見て、切なそうにするレオ。


 レオの表情で胸がいっぱいになってしまったアイリスは、レオの肩を抱き、頭を撫でた。

 レオは、その手を比較的優しめに振り払う。

 母をウザそうに見上げて、「なんだよ」とエリナに聞こえないように小さな声で言った。


 と、その時。


 森の入口のほうから、ガサガサと音が。

 人の話す声も聞こえてくる。きっと複数人だ。


「誰か来る! こっちへ」


 リュカは小声で全員へ指示し、さらなる最深部へと森を進んだ。

 どんどん森の中へ進んでいく。


 どこへ向かっているのか、今がどこなのか、アイリスには全然わからない。

 でも、リュカは迷ってない。

 三叉路に突き当たると、進む方向をパッと選ぶのだ。

 間違いなく、目的地を意識していると思った。


 エリナは、迷いなく森を先導するリュカへと警告するように言った。 


「リュカ。こっちは、ハーミットバレーの方向ですよ」

「ああ、わかってる。後ろの奴らを撒くのはもちろんだが、いずれにせよ君を救うにはカーティスと話をつけなければならないだろう」

「……彼が納得するなど考えられません」

「しかし、そうしなければ君は永久に解放されない」

「……でも、私、あなたたちを犠牲にはしたくないです……」


 リュカは立ち止まり、不安そうにするエリナの頭を撫でて笑顔を作る。


「君は心配しなくていい。俺たちは、必ず君をそいつから解放する。俺たちは、君がそんな奴の言いなりにさせられているのを黙って放っておくなんて、もう耐えられないんだ」


 リュカは強めに言ったが、エリナは引き下がらなかった。

 強い意思を宿したような眉毛をして、表情はキッと鋭くなり、声が大きくなった。


「いや。いやです。死なせたくない。彼は強い。魔王死霊軍の武将まで務めた彼が、そう簡単に言うことを聞くとは思えない。強力な魔物たちが、何匹も簡単に殺されたんです。きっと殺される。私だって、もう、あなたたちが死んでしまうことにきっと耐えらない。私なら大丈夫です。だから、ここで別れて、ゾンビの街『ゾンピア』へ向かってください」


「声が聞こえなかったか?」

「ああ、向こうのほうだ。間違いない、こっちに逃げたんだ!!」


 追手たちの声が、アイリスたちの会話をはたと止めた。

 言い争いをやっている場合ではなくなった。

 アイリスたちは、さらなる奥へと進まざるを得なくなった。


 後方をチラチラと振り返りながら走る。

 後ろから来る何者かが、まだ追ってきているかどうかを確認するためだ。

 その何者かは、いつまで経ってもアイリスたちの向かう方向へとついてきた。


「……俺たちの気配を感じ取られるわけはないのだが。何かの魔法を使っているのかもしれないな」

「でもリュカ、そうだとすると、カーティスのところまでついて来ちゃうかもしれないね……」

「それはあまり良くないな。もしカーティスと戦いになったりすれば、俺たちを追ってきている後ろの奴らのことも護りながら戦わないといけなくなってしまう。いったん、アルテリアのほうへ逃げるか」

「でも、もうハーミットバレーに着いてしまいました」


 暗くて気が付かなかったが、アイリスたちは森を抜けていた。

 空には大きな満月が見える。

 森から続く道の先に、壮大な峡谷が姿を現していた。

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